かわいそうなキリン

 ――小学四年生の春、母が亡くなった。


さくらちゃんは、泣かないね』


 葬儀に参列した友達から、投げかけられた言葉。

 私が泣いたら、きっと母は悲しむ、

 病弱だった母の代わりに、生前から家事は引き受けざるを得なかった。

 売れない小説家の父は、残された私達のために、

 寝食も惜しんで執筆に励んだ、そんな父の背中を見て私は誓った。


 強くならなきゃ、私は泣かない。

 そう誓ったはずなのに……。


『ここは泣く場面じゃないよ、さくらんぼ』


 彼は覚えてくれていた!! 私が涙を堪える理由わけも。


 小学四年生の夏休み、彼と出会ったんだ、

 押山真司おしやましんじくん、私の大好きなキリンさん。


 でも彼との出会いは最悪だったな。


 *******


「――なんで子ども向けコーナーなのに、本棚がこんなに高いの!!」


 読みたい本を探しに、私は図書館に来ていた、

 猛暑のためか、冷房の効いた館内は混みあっていた。

 

「んしょ、よいしょ、あと少し!!」


 本を見つけたのに、本棚に手が届かないなんて!?

 つま先立ちで背伸びするが、お目当ての背表紙は触れそうで触れられない。


「……おい、そこのチビ助、何やってんの?」


「……えっ!?」


 私の背後から、頭を越え長い腕が伸びる、

 本を掴む人差し指と親指が、まるでキリンさんの角みたいだ――


「かわいそうなキリンって、お前、なんか読むの?」


 本のタイトルを読み上げられ、恥ずかしさで耳まで真っ赤になる、

 亡くなった母が、幼い私の寝物語に読み聞かせしてくれた絵本、


『わたし、きりんさんがだいすき、

 おっきくなったら、きりんさんのおよめさんになりたい……』


 亡き母との大切な思い出に、傷をつけられた気分になった。

 先ほどまでの恥ずかしさが怒りに変わった。

 慌てて振り返ると背の高い男の子が立っていた、

 こちらの懐に、するりと入り込むような人懐っこい笑顔に戸惑ってしまう。

 男の子は取ってくれた本、かわいそうなキリンを私の前に差し出した。

 

「え、絵本なんかって、小学四年生が読んじゃ駄目なの!!

 べ、別にいいじゃない!! キリン可愛いんだから……」


 怒りと戸惑いで、自分で何を言っているのか分からなくなる。

 

「……そんなにキョドるなよ、別にけなしたわけじゃないし、

 お前、本好きなの?」


「……う、うん、お話の世界に入ると気分転換になるし、結構好きかな」


「……ちょうどイイや、お前の名前は?」


香月桜かつきさくらだけど……」


「どこ小、行ってんの?」


「……大糸小おおいとしょう、四年三組」


「おおっ!? 同じ小学校じゃん、

 クラスは違うけど、よろしくな!!」


「……名前、聞いてないから、

 私、よろしく出来ないよ」


「お前、出来ないって、面白いこと言うね、

 俺は押山真司おしやましんじ

 よし!!さくら、俺と今日から付き合わない?」

 

 ええっ、いきなり名前呼びに恋の告白って、こいつ馬鹿なの!?





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