第8話 電車内睡眠

 「いい加減寝ないと中途半端に起きて気分悪くなるぞ」


 「発車したら寝る」


 「何もすることないから今すぐ寝た方がいいって」


 「そんなに早く私の寝顔を拝みたいのかい?」


 「拝みたいし、ドキドキが止まらなくてバレる前に寝てほしいでーす」


 「んー、月待さんのドキドキの解釈は絶対に間違ってますよ?鼓動は聞く限り正常ですし、頬も赤く染められてませんが?」


 「それは特異体質のせいでーす。なので分かったら早く寝ろー」


 何故俺が早く寝ることを催促するか、それは俺もだんだんと眠くなってきたからだ。乗り込んでからは全く眠気は無かったが、早乙女と話し始めると、若干当たる西日に気持ち良くされ、いつの間にか睡魔と脳内でボクシングを始めたいた。


 いつ殴り倒されても可笑しくない睡魔のストレートに、ギリギリ見切って躱しながら耐える。


 絶対に寝顔を見られたくない俺は、早乙女より先に寝るなんてことはしたくない。これは俺だけのプライド勝負だ。


 「そんなに言うなら寝てあーげる」


 「感謝」


 嘘は付いてなさそうで、全く俺を気にすることなく、あっさり眠りについてしまった。俺ってそんなに、ブラックリスト入りした加害者として意識されてないのかって思うが、別に好意を持たれるために肩を貸したわけでもないので悔しいとも思わない。


 しばらくして完全におとなしくなった早乙女を確認し、俺もアラームをかけ、イヤホンとスマホを接続して寝ることにする。


 電車での睡眠はお手の物で、肘さえつければそこに顔を載せるだけで簡単に夢の中へと誘われるので、これは癖つけておくといいかもしれない。


 そして、ガタンゴトンと音が聞こえなくなった時、同時にアラームが耳の中で響く。ほんの少しうるさいのは仕方ない。嫌な音の方がキリッと脳が覚醒する感じがしていい。


 あまりにも早い起床かと思ったが、40分とは睡眠の中ではあっという間だった。時計も次停車する駅も完璧にいつも通り。今日もお疲れさまです。


 早乙女はまだ目を覚ましていない。どうやって起こそうか考えたが、自分の肩で寝る早乙女が可愛すぎて起こすのを躊躇った。が、起こさないと俺も帰れない。名残惜しくも頬を軽くペチペチ叩いて起こす。


 モチモチとした感触は細身の早乙女からは想像つかなかった。


 女子って案外柔らかいんだな。早乙女の頬しか知らないけど。


 「……んっ、起きてま


 何か言うまでペチペチしてやろうと、無心にペチペチしていると回らない呂律の中で何とか発した起きてるよアピールの言葉はグッと来るものがあった。


 「おはようございます。次降りるので起きてください」


 「……もう?」


 「もう」


 目をギュッと顰めて夕方の明かりに抵抗する。頭も肩から離して今度は背もたれに全身を預ける。


 「ふぁぁ〜どうだった?私の寝顔は」


 「それはもう満足。認めたくないけど流石は美少女だな」


 「でしょー、何か報酬を貰ってもいいレベルだよね」


 「そこまではいかないけど」


 「はい、減点。好感度が下がりました」


 「朝から好感度ゼロなんだから下がることないだろ」


 「あー、それもそうだね」


 寝起きはいい方らしい。機嫌を悪くすることもなく、気持ちよく脳を覚醒させることに成功したようで何よりだ。


 「朝と比べるとめちゃくちゃ落ち着いてるよな」


 「朝は今日から新しい学校!ってワクワクしてたからそのノリで月待と会ったからね。今はもう相手にしてあげるだけで疲れるから、これ以上疲れないように刺激してないの」


 「上から目線なのウザイな。ちゃんと刺激するのもポイント高いぞ、ウザイポイントのな」


 「そう言う月待こそ、朝より大人じゃん」


 「子供相手には大人になるのが1番だからな。我儘しか言わない早乙女ちゃんの扱いには初日にして慣れてきたし」


 「ウザ過ぎる。一生我儘言ってあげましょうか?」


 「無視するので問題なし」


 お互い目を合わせることなく適当な会話で残り2分程度を乗り切る。この車両にはやはり俺たちだけで、会話が止めば電車の音しか聞こえない。それもエモいと思えば心地いいが、あいにく俺の感性は豊かではない。


 そんな中で、欠伸を交えながら不思議と、会話が途切れることはなかった。


 降りる準備をするのも、立つタイミングも、動き出すタイミングも全部がバラバラ。朝のはどちらかがマネしたと思えるほどだった。でも早乙女は何も言うことなく電車から降り、改札を通った。


 それも、ルーティーンのように1番右の改札を通っていた。何かこだわりがあるのか?それなら今度聞いてみるのもありだ。


 「ここから右?左?どっちに帰るんだ?ってか方向音痴なら朝どうやって来たんだよ」


 駅を出た俺たちは帰る方向まで同じなら一緒に帰ろうとしていた。


 「駅までは迷わず来れるよう練習したの。だから自宅から駅までは問題ない」


 「そっか、なら1人で――」


 「待って待って、話しを聞いていたかい?月待さん。自宅から駅までは問題ないけど、駅から自宅までは問題があるんだよ。つまり?」


 方向音痴とはこれほどまでにバケモノなのか?絶対に早乙女澪という女子限定だろ。普通に帰れる俺からしたら、信じられないんだが。


 「……分かったけど……お前、明日から絶対に困るぞ」


 「大丈夫、私には月待という友人が居るから」


 「都合よく言うな、そして使うな」


 「ごめんよ」


 気持ちは少しこもっていた気がする。照れ隠しでそうなったのなら俺も満足だ。


 今日の帰宅は一段と疲れそうだ。いや、今日の帰宅か?

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