【連載版】昔交通事故で亡くなったと思っていた幼馴染がこの学校に存在している話 〜誰が俺の幼馴染か、知る人は誰もいない〜

XIS

第1話 月待颯と美少女

 駅の改札を通り、背中を春風に押されながら余裕を持って乗り込んだ電車の中。熱くも寒くもない、あー春だなって思うような気候に満足しながら俺は腰を降ろす。


 余裕を持ったのは満員を避けるためでも、こうして座るためでもない。ただ、ギリギリなのが嫌いなだけだ。余裕があればそれだけ多くの時間を好きなことに、有意義なことに費やせる。


 当たり前って言ったらそうかもしれないが、大抵の人は共感しかねるかもな。


 そもそもこの電車は、朝方ですら満員にもならない。駆け込み乗車をする人すら珍しいような、過疎った駅だ。田舎なのかって?いや、普通に都会だとは思う。


 満員になる電車なんて大都会って言われるような、そんな街でしか起こり得ないことだろう。都会なんかでは、ぎゅうぎゅうに詰めて入ることは滅多におこらない。


 SNSで拡散されるような変人や、義務教育に敗北した人間もこの目で見たことはない。見てみたいとは思うが、出会いたいとは思わないな。


 そんなこんな、なんで今思ったか意味も分からぬことを考えながら、俺は本を一冊カバンから取り出し黙読する。


 趣味かと聞かれればNOと答える。電車で本を読むのは時間潰しであり、少しでも賢そうな生徒に見せるためだ。本当はスマホをイジりたいが、人目を気にする俺は必死に脳内のスマホ依存症に抵抗していた。


 そんな俺の名は――月待颯つきまちはやて、高校2年生だ。ここから電車で20分のとこにある高校に通っている。朝は強い方なので早起きは当たり前。しかし、早寝ではない。しっかりと学生らしく夜ふかしをしている。


 ショートスリーパー……ではないな。学校で寝てるし。


 始発なのでまだ発車まで時間はある。集中力のない俺は、ずっと黙読も疲れると思い1度本を閉じて真っ直ぐ前を見る。


 それならもっと遅めに読みだせよ、なんて言われるが、集中力が切れるのは日によって違うので無理だと答える。1度も中断しない日もあれば3回とかもある。


 結局は自分にしか分からないから、他人にどうこう言われたくない。


 ふぅぅ、と息を吐くと再び視線を落とす。いや、落としたかったのだが、それを阻止された。理由は目の前に座る人によってだ。


 俺と同じ高校の制服を着た、初めて見る顔。一瞬だが二重でくりっとした大きな目。吹き通るほど白い肌に吹き出物は一切存在しない。白髪しらがの一本もない真っ黒な艶のある髪を、後頭部でしっかりとまとめている。


 キレイだ。


 これが美少女という存在なのかと、あまりのキレイさにそのままのことを思う。自然と惹かれる俺の目は、彼女から気付かれる前に逸らされる。


 この時間に通うようになって早1年と少し、そこで初めて見る顔なので俺は不思議で信じられなかった。今年の1年生にしてはもう入学式をとっくに過ぎていたし、入学早々長期休みをするなんてこともないだろう。


 なにより、俺たち2年生と同じ赤色のネクタイを着用していたのだ。同じ学年で間違いない。


 なら……。


 俺は頭の中で1つの答えを導き出した。それが――転校生なのではないか、ということだ。


 可能性あるんじゃないか?だって同じ学年でこの場所で初めて乗ってるのを見た生徒。それにこんな美少女だ、俺が知らないわけがない。いや、これはもう間違いないだろ。


 可能性だったものが徐々に絶対に近づく……が。


 ってか……俺同じ学年でも全員の名前と顔覚えてないな。知らない人もいるし、噂とかも疎いって言われるからな……やべっ、なんだが自信なくなったし、それよりも引っ越しの可能性が出できたから分からなくなったわ……。


 2年生は7クラスあり、統一して40人が在席している。つまり280人が同じ学年として、学科は違えど勉強しているということだ。


 その内女子は、160人ほどで1クラス分男子より多い。


 俺は7組に在席しているが、玄関側から7組6組……と横並びで教室があるので、1組から6組までの教室を横切ることすらない。なので特定の用事が無い限りは知る由もない。


 それなら見たこともない人だって居るはずだ。現にクラスの女子しか思い出せないし、隣の6組すら半分も思い出せない。俺はそういう人間だ。


 多分、引っ越しか知り合いの家に泊まってそのままこの電車に乗り込んだってことだろうな。転校生の可能性はあるかもしれないが、低いことには変わりない。


 にしても、これほどの美を纏った少女の話が耳に入らないで覚えることもないなんて、意外と美少女に興味のない男ばかりなのかもしれない。うちの高校は。


 そんな、どの立場から男子批判してるんだって言われそうなことを思うといつの間にか時間は過ぎていたらしく、扉が閉まろうとする。


 誰も吊り革に腕を伸ばす人はおらず、全員が座って発車を待つ。そしてすぐ、ピピピピピと扉は閉められた。


 もちろん、そこに手を挟んで遅延行為をするおじさんも、閉まった後に、その心笑ってるね?と超能力で心を見透かすおばさんもいない。


 いつもと変わらない乗り心地。俺は目の前の美少女に視線を向けることは、もうすることはなかった。


 名前を聞いてお近付きになれるならなりたい。でも俺に勇気はないし、何よりも心の奥底で昔から止まない、このよく分からない感情や気持ちが騒がしくて、俺は動こうにも動けなかった。

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