第9話 ダンジョンマスター
ダンジョンの入口に立っていた。入口と言っても、そこには今通ってきた帰りの扉があるのみで、別段特徴はない。
どこからどこまでがそのダンジョンの領域かを決めるのは、完全に経験則によるものだった。コアを中心として円形に広がっているのは確かだが、その直径はダンジョンの規模に由来する。
二人が通った≪転移扉≫には、ランプがついていて、今は青だがこれが赤になっていると使うことができない。≪転移扉≫を使うには、その≪転移扉≫が設置されている≪回転扉≫のダイヤルがその≪転移扉≫の座標に合っている必要がある。
ダンジョン屋には日々多くの冒険者が訪れるので、一つの≪回転扉≫を何人もで共有することになる。ダンジョンから抜け出たいときは、ダンジョン屋にその旨を伝え――遺物≪伝書鳩≫がこれを可能にする――≪回転扉≫のダイヤルを合わせてもらうことになる。
ダンは今回、目当てのダンジョンを探すために、ダンジョンと〈ボンド堂〉とを何度も行き来することを見越して、一つの≪回転扉≫を貸し切りにしたのだった。
では異なるダンジョン屋にある同じ座標をもつ≪転移扉≫同士が、同時に使用されている場合、ダンジョン入口はどのようになるのか。興味深い話だがこれは起こりえない。もしそうなった場合でもランプによって行き来が制御され、快適に動作するだろうが、原則として同じ座標の≪転移扉≫は、その≪転移扉≫が破壊されない限り、作られない。
これは、混雑を避けるためでもあり、無用なトラブルを避けるため――違うダンジョン屋の客同士でのトラブルがあった場合の責任の所在が分かりづらい――でもあったが、なによりダンジョン屋ごとの特色を出す目的もあった。
例に漏れずダンがうんちくを垂れていると、ロッタはあることに思い至った。
「それってつまり、おじいちゃんの行ったダンジョンと同じものは、当時と同じ≪転移扉≫を探さないと行けないってこと?」
「まったく同じダンジョンって意味ならそうだ。でも白い竜だけがお目当てなら、話は別。ようは同じような環境のダンジョンであればいいわけだ。山岳系の高レベルダンジョンに竜が生成されうるっていうことが事実なら、それはどこのダンジョンであろうと同じ」
ダンジョンのコアは共同意識的ななにかで緩い繋がりを持っていると考えられていて、同じような環境のダンジョンには同じような生態系が生成される。例えば暗い洞窟環境が必ずと言っていいほど≪発光虫≫を擁する、というように。運よく天井だけが開いた空洞を見つけることができれば、そこが竜の巣になってる可能性があるといえるだろう。もちろん一部レアモンスターは存在するが、レアモンスターであってもこの法則は適応される。
「でも、どうやって竜がいるダンジョンかどうかを判断するの?」
「ダンジョンマスターを探すんだ。ダンジョンマスターはそのダンジョンで一番高い割合でコアのエネルギーを占めている魔物と定義される。マスターが竜より小さいだろうと思われる大きさなら、そこには竜はいないだろうってこと」
「竜より大きくて強そうなダンジョンマスターがいれば、そこに竜がいるかもしれないってことね」
「そう。もしくは竜自体がダンジョンマスターか、だけど」
「でもそれってかなり危険じゃない?白い竜はたまたま交渉に応じるだけの理性と知能を宿していたけれど、すべての大きいモンスターが賢い訳じゃないわ。竜より大きくて、凶暴なダンジョンマスターと対面したらどうするの?」
「その時は、君が倒すか逃げるかだね。大丈夫だよ、君のレベルで相手にできないようなダンジョンは、うちにはないから。もしうちで探してだめなら王都のもっと大きい店とかに紹介状を書くよ」
ロッタは「う、うん」と言いながらも、乗り気じゃない様子。
「というか、おじいさんに当時使ってた≪転移扉≫の場所を聞かなかったの?それかダンジョンの座標だけでもあれば手がかりになるんだけど」
「おじいちゃんは今はもう意識がないから……。白い竜の話を聞いたときにもっと詳しく突っ込めてれば良かったんだけど」
「あ、ごめん」これは気まずい。ダンはデリカシーがなかったと謝る。
ダンは「とにかく」と仕切りなおして、「ダンジョンマスターはコアに近いところにいるはずだから、とりあえずはコアを目指そう」と言った。
山岳ダンジョンの多くは、山肌に崖のように突き出た細い道と、山の中の洞窟とを行き来する非常に入り組んだ構造をしている。山岳というもともと危険な環境もあって、モンスターとの戦闘以外で命を落とす者も多い。それ故、ダンジョンコアに溜まるエネルギーも多くなる。
洞窟降下と同じで――方向こそ逆だが――ここでも≪粘着ロープ≫が大活躍する。
ダンは迷路のようなダンジョンの中を迷うことなく進んでいく。ロッタも恐る恐るそれに続く。
「なんでそんなに道が分かるの?」
「僕の得意仕事は下見役だからね。未知のダンジョンを少ない危険で調査することが仕事だ。それに、コアはダンジョンの中心にあると言っただろ?つまりコアに近づくほどその影響は大きいんだ。モンスターや生態系の密度が高いほどコアに近いと言える。生命エネルギーを目で見れるわけではないけれど、慣れればある程度感覚で分かるようにはなるよ」
ある程度まで進んだところで、ダンは一つの壁を指さし、ロッタに「ここに穴を開けることって出来る?」と聞いた。
「出来るけど、なにするの?」
「こっちの方にコアがある気がするから、穴を開けたら近道かなって」
ロッタは「なるほどね」と言って構えた。
「ファイアボム!!!」
魔力が手のひらに集中する。徐々に空気が震え、やがて魔力が実体をもって、ダンジョンの壁の厚みをゼロにした。
「すごい威力だ。天井が崩れたりしなければいいけど」
「その辺は加減したわ」
「さすが!」
ダンジョンの攻略は普通なら二、三時間ほど、高レベルともなると半日かかる。ダンの神がかり的な案内はそれを半時に縮めた。
コアは山頂近くに位置していた。洞窟内にぽっかり空いた部屋の中央に鎮座しており、まさにボス部屋といった様相。
二人がコアに近づいていくと、奥の暗闇から大きな豚のようなモンスターが現れた。大きさからして、彼がダンジョンマスターで間違いないだろう。豚は人間のように二足歩行で歩き、重厚な鎧を身に纏っていた。手には大きな包丁。
「ブヒヒ、久しぶりの人間だぜ」
「驚いたな、言葉を話すのか。これは期待できそうだ。ロッタ、どう思う?こいつは竜より大きいエネルギーを占める魔物と言えるだろうか?」
「うーん、どうかしら。なんか見た目も喋り方も賢そうとは言えない感じだし、大きさほど強くないかも」
豚男は自分を無視して会話を続ける二人に憤慨した。二人めがけて勢いよく包丁を振り下ろす。
「よそ見するんじゃねぇブヒ!死ねぇええええ!」
ダンは「じゃあさっさと倒してしまおうか」と、豚を横目に言った。「そうね」とロッタが同意するやいなや、豚男の脳天に光の矢が突き刺さる。
「ホーリーアロー」
「ブヒ……いつの間に……」
豚男はそのまま消滅して、そのエネルギーの半分がコアに還元されるのが、青い閃光となって見えた。残りの半分のエネルギーは報酬の遺物となって地面に転げ落ちた。ダンの見たことのない遺物だったが、持ち帰って鑑定に出せば使い道が分かるだろう。冒険者はこの報酬遺物を求めて、ダンジョンマスターを狩るのだ。
「私の得意魔法なの、ホーリーアロー。設置型の魔法で、敵意をもって近づいてきた者を一瞬で貫く」ロッタは得意げに説明した。
「恐ろしい魔法だね……」
倒されたダンジョンマスターは、約一日で復活する。しかし死亡時に約半分のエネルギーを失っているため、弱体化している。余りにも同じダンジョンマスターがやられてしまう場合、コアは別の種族をダンジョンマスターにしたりもする。マスターといえどコアの奴隷だった。
コアは破壊しないで残しておく。そうすればまたダンジョンが勝手に成長し、他の冒険者を楽しませるだろう。なにより、コアを無断で破壊し、ダンジョンを消滅させることは、法律で固く禁じられていた。ダンジョンはダンジョン屋の所有物であり、器物破損にあたる。それに、ダンジョンは国の持つ重要な資産でもあった。
二人はそれでダンジョンに見切りをつけ、その場を後にした。
その日は他に四つのダンジョンを見て回ったがどれも外れだった。
夕方になって冒険は打ち切りとなった。
「それじゃあ、今日は本当にありがとう」
「ああ、また来てよ。明日にでも」
「明日はちょっと別の店にも行ってみるつもり。他にも手がかりを集めたり……でもまた来るわ。そのうちにね」
ダンはそれを社交辞令だとは思わなかった。
しかし一週間経っても彼女が店に顔を出すことはなかった。
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