第2話 ダンジョン屋


 当日はダンの上司であるミリダ・パリメラ女史も同行した。ミリダは小さな州の貴族の令嬢で、女学院を出た後、社会勉強も兼ねて〈ボンド堂〉に身を置いている。その理由がどこまで本当かは分からなかったが、なにか訳ありなことには違いなかった。深く詮索はしないのがダンの信条だ。


「新入りをこんなとこまで連れてくるなんて、親方もとうとう焼きが回ったか?」


 彼女はダンを見るなり口汚く罵るが、服の着こなしや姿勢、所作の一つ一つからその隠しきれない育ちの良さが見て取れる。ミリダは出自や性別による決め付けを極端に嫌った。


 一行は王都パッフェルベルクにあるダンジョン協会本部の正門前に立っている。王都は、〈ボンド堂〉のある街ドラクセンから三十三キロメートルほどの距離に位置し、往復に三日ほど要する。彼ら以外にも何組か近隣の街から買い付けに来ていた。


 その中には知った顔もいる。名前は憶えていないが、ダンジョン屋の資格試験で一緒になった連中だ。ダンは目が合った何人かに適当に挨拶をした。


 ダンたちと同じくドラクセンを拠点とする店の者も見かけた。彼らとは同じ街に暮らす仲間でもあり商売敵でもあった。街で会ったことのある人物たちと、この特別な場所で会うのは少し奇妙な感じがした。


 一同がそれぞれに馴染みの者と仕事の話をして暇を潰していると、それまで誰が何をしても固く口を閉ざしていた大きな正門が、いきなり口を開いた。門が口を利くというのは比喩で、正確には門から出てきた小太りの男が言ったのだった。


「やあやあ皆さんお待たせしました。扉ハンターの一人が売り渋りましてね。なんでもその扉を手に入れるのに大変骨を折ったとかで、いやあ困ったものですよ」


 ダンジョンは通常、最初に発見したものがその位置を座標で記録し、その特徴と共に協会へ申請する。協会はその座標を僅かな謝礼金という形で買い取り、それをもとに遺物≪転移扉≫を作り出す。


 ≪転移扉≫は座標とそれとを瞬時に行き来するための道具で、これも≪回転扉≫同様数少ない人類が複製に成功した遺物だ。人類はこの二種類の代表的な遺物を駆使してダンジョン屋のシステムを形成するに至った。


 それは今日では駆使というより依存というほうがより近かった。


 〈ボンド堂〉には三つの≪回転扉≫があり、そのそれぞれに百の≪転移扉≫が設定されている。もっと大規模な店になると五十もの≪回転扉≫が並列されて壮観な光景を作り出していたりもした。だが一つの≪回転扉≫が許容する扉の量は最大で百なので、品揃えをよくしようと思えば、遺物の力をもってしてもやはりそれ相応の土地が必要になる。また≪回転扉≫自体も高価なもので、いくらドラクセンで一番の売り上げがあるからといっても、〈ボンド堂〉のような小さな店舗には三つで十分だった。


 扉ハンターとは、わざと危険な渓谷等に足を踏み入れ、偶然には見つけにくい位置にある未発見のダンジョン入口を探し出し、高額な謝礼金を吹っ掛ける連中のことだ。


 こいつらが富豪に裏ダンジョンの横流しを行っているのではないかと一度問題視されたこともあったが、≪転移扉≫の生成は表向きには協会でしか行われていないため、その嫌疑は晴れ――結局、疑いをかけた協会側が自ら墓穴を掘ることとなった。どんな協会も、長く続けば必ず腐敗を産むものだ。





 ダンジョン協会本部に併設されてある扉倉庫には、全部で三万もの扉が保管されていた。ダンジョン屋に卸す新作の扉の他にも、緊急用に座標を入れずにおいてある空の扉もある。もし、万が一ダンジョン屋に置かれた扉が破壊されてしまっても、新しく同じ座標の扉を用意することで、冒険者がダンジョン内に取り残されることを防げるからだ。


 門を開けたあの如何にも役人面の小太りの男が言った。


「それで、ボンドさん。本日はどのような扉をお探しで?」


「こっちの新入りに、下見役の経験を積ませたい。それに適したやつはあるか?」


 ダンはすかさず口を挟んだ。


「ちょっといいですか、親方。下見役は僕の得意中の得意の仕事なんですから、もうちょっと信頼して頂けませんか?経験ならもう十分です」


 そう言い終わると同時に例のミリダ・パリメラ女史がダンの首を脇で絞める。硬派なダンにはその程度のスキンシップでも刺激が強すぎたが顔には出さない。ミリダは性別を意識されることを好まないからだ。ダンジョン屋という男社会に馴染もうと、似合わない男勝りな態度をとる。


「いいか新入り、お前みたいなやつが失敗するところを私は何度も見てきた。お前にあるのは頭でっかちな知識だ。経験じゃない。入って半年でなにが学べるってんだ?」


 ダンは心外だった。ダンには決して経験が足りないなどということはない。ダンは辺境の生まれで、ダンジョン近くの村で育った。


 通常、ダンジョンは人口密集地とは離れて存在する。なぜなら渓谷とまではいかなくとも、森や山などの非可住領域に位置することがほとんどだからだ。


 ダンの育った村は森の深くにあり、それはほとんど人類種と魔物の居住区の境界とよべるほどだった。ダンジョンに入ることはいわば日常で、遊びの延長だった。なぜ彼らがそのような土地に腰を落ち着けていられたか、それはまた別の話。


 ダンはこの場の誰よりもダンジョンに精通しているつもりでいた。ボンド親方もミリダもそのことは承知していたが、遊びで潜るのと仕事は別と考えていた。


 親方がミリダを諫めつつ同意する。


「まあまあそう新入りを虐めるな。だがな、ダン。お前は将来有望なんだ、未熟なまま危険な仕事をさせて台無しにするつもりはない。うちでは長く働いてもらうつもりなんだからな」


 結局その日はダンの為の練習用ダンジョン三つと、他に常連客が喜びそうな新作の扉をいくつか見繕って宿に戻った。


 宿に戻る途中で、王族の馬車が城に入っていくのを見ることができた。道に出ていた人々は端に避け跪き、街路沿いの家々では二階の窓から王族を一目見ようとする人々が恐る恐る顔を出す。ダンたち一行もそれに倣って膝を折る。


「みて!王女様だわ」


 群衆の中の誰かが言った。ざわつきとともにみな顔を上げずに横目で馬車を見る。ダンの目も興味深々でそちらに吸い寄せられる。ミリダのほうは興味なさげ。


 夕方だというのにやけに日差しが強く、しかも逆光でよく見えない。ダンの目の前を黒い巨大な影が通り過ぎていった。


 ダンは思った。この先決して王族と関わることなどないと了解しながらも、その過ぎ去った後姿を、未練がましく見つめ続けるのは愚かだろうか。

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