七、獣人国主催のパーティー⑥

 レイガーの衝動に襲われていた時のゼールを知っているからこそ、シェルは純粋に疑問に思ったのだ。あの時、ゼールは最初かたくなにシェルを拒んでいた。それはゼールの中にある『人』の部分がいけにえを抱くことを拒絶していたからだ。

 それはシェルにも分かっていた。

 しかし結局ゼールはシェルを抱いた。シェルはゼールがレイガーの衝動に負けてしまったのだと思っていたのだが、


「喜怒哀楽を思い切り出すお前に、いつの間にかかれていたんだ」


 ゼールはそう答えた。

 悲しかったり悔しかったりしたら泣き、嬉しかったら全力で喜びを表現する。そんなシェルのことが気になっていったのだと。

 それからいつか、ゼールはシェルを嫁にすると心に決め、レイガーの衝動と闘いながらシェルを抱いたのだ。


「レイガーの衝動に任せていたら、俺はお前を傷つけていたに違いない」


 そして、ボロボロにしていたことだろう。そんなことは絶対にしたくないと思っていたものの、本能に逆らうことはなかなかできなかった。気付けば、本能が欲するままにシェルを抱いていたのだ。


「悪かった」


 ゼールはレイガーの時のことを思い出し、シェルに謝る。そんなゼールの様子にシェルが慌てた。


「や、やめてください! 私はあの時、ゼール様の腕の中にいるのが幸せでした」


 そして、自分を見失うほどにゼールに溺れてしまった。その過去を思い出し、シェルは恥ずかしくなってしまう。

 シェルが自分に盲目になっていたことに気付いたゼールは、このままではシェルが人間としてダメになってしまうと感じた。だからこそ、人間国に返すことをヴェルデ王に提案したのだった。


「シェルが、人間国に帰ってから頑張っていることを聞いて、俺は今のシェルになら言えるって思ったんだ」


 だからこそ、あのタイミングでプロポーズをしたのだという。

 シェルは人間国に返される前から、ゼールに愛されていた事実を知って驚いた。しかし驚きと同時に喜びもこみ上がってくる。


「ゼール様、ありがとうございます。こんな私のことを、選んでくださって……」


 そしてあの時、いけにえとしてそばに置くのではなく人間国へと返してくれたことに、シェルは感謝の意を示すのだった。


「これからは、人間国にとっても、獣人国にとっても、本当の意味での平和を築いていけるように、私も頑張りますね」


 シェルはそう言ってほほんだ。そのほほみは、以前のいけにえとしてこの中庭で泣いていたシェルからは想像の付かない、人間国の姫としてのものだった。ゼールはその笑顔のまぶしさに目を細めるのだった。

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