三、極上の生贄
三、極上の生贄①
シェルは人間国の馬車に揺られて獣人国の王宮へと到着していた。あくまで『極上の
「よくぞ参られた! 私がこの国の王、ヴェルデ・ガルフだ。まさか『極上の生贄』に人間国、一の姫がやって来てくれるとは! 歓迎するぞ!」
獣人国の国王と名乗った『ヴェルデ・ガルフ』はそう言うと、ガハハハハ、と豪快に笑った。口数の少ないゼールの父王が一体どんな性格なのか、きっと厳格でにこりとも笑わないのだろうと想像していたシェルはその明るさに拍子抜けする。
「私の息子であるゼールの次のレイガーはまだ始まっていないのだが、次いつ始まるのか全く分からないのだ。そのため、一の姫には常にゼールの傍にいて
「え?」
思ってみなかったヴェルデ王からの言葉にシェルは思わず声が出てしまった。慌てて両手で自身の口を
ヴェルデ王は柔らかく目尻を下げると、
「そんなに驚かないでくれ。今まで生贄で来てくれていた人間たちも、最初は私やゼールの傍に置いていたのだ」
そう説明してくれた。シェルはその言葉を聞いて、はっ、とする。
「ヴェルデ王様、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
シェルの脳裏によぎったのは、今まで人間国から送り込んだ生贄たちの現在の様子だった。
一体彼女たちは今、どこで何をしているのだろうか?
もしかして、最後は獣人族の餌に……?
そんな最悪な事態をも考えてしまう。もし餌になってしまうと言うのなら、自分もゼールの餌となる未来が待っていることになる。
シェルのそんな不安まではさすがの獣人国の国王にも見抜けなかったようだが、やわらかな声音で、
「気になることを申せ」
そう言って先を促してくれた。その言葉にシェルは意を決して口を開く。
「今まで送っていた
シェルからの言葉を聞いたヴェルデ王は予想していなかった言葉に目を丸くしている。シェルは真剣にそんなヴェルデ王を見上げていた。
「誰一人、戻っていないのか?」
ヴェルデ王から出た言葉は心底驚いているようだった。それからヴェルデ王は自身の額に手を当てると、やれやれ、と言ったように首を左右に振った。
「そうだったのか……」
ヴェルデ王は脱力したように
「生贄の人間についてだが、こちらはレイガーが終了したと同時に人間国へ帰るよう促している。しかし、誰一人戻っていなかったとは……。分かった、彼女たちの消息についてはこちらでも探しておこう」
ヴェルデ王からの返答はシェルの予想を超えたものだった。しかし王はシェルに生贄の行方を追ってくれると確約してくれた。それだけでシェルは満足だった。
「他に聞きたいことはないか? 一の姫よ」
「今のところ、大丈夫でございます。ヴェルデ王の温情に感謝致します」
王からの言葉にシェルは頭を下げて答えた。それを見たヴェルデ王は小さく
「では、姫の部屋へと案内しよう。フォイ!」
「はい」
話を終えたところで、ヴェルデ王はずっと
「シェル姫様、こちらですよ」
フォイはそう言うとシェルを案内するように前に出た。シェルはヴェルデ王にもう一度頭を下げると、前にいるフォイの背中を追うのだった。
ヴェルデ王との
「極上の生贄に、シェル姫様が選ばれて
しばらく歩いているとフォイがそう、シェルに言葉をかけた。思わずシェルはフォイの顔を見上げる。そんなシェルの視線を受けてフォイは相変わらずのニコニコ笑顔で言葉を続けた。
「人間国の中で、もっとも『極上の生贄』にふさわしい血筋をお持ちのシェル姫様なら、きっとゼール王子のレイガーも抑えることが出来ましょう」
「そう、ですか……?」
「えぇ」
フォイの真っ白なふさふさの尻尾が左右に揺れる。シェルはその尻尾を見ながら、相変わらず獣人族は不思議な生き物だなと思った。
シェルがフォイの尻尾を眺めながらその背を追っていると、大きな扉の前でその背中が立ち止まった。シェルも続いて立ち止まる。フォイは扉をノックすると中からの返事を待たずにその大きな扉を開いた。
「さぁ、シェル様。こちらへ」
フォイはそう言ってシェルを中へと招き入れる。シェルは初めて入る部屋に緊張した。もしかしなくても、この部屋こそがパーティーで一緒に踊ったあの、ゼール王子の部屋なのだろうと思うと、どうしても緊張してしまったのだ。
(大丈夫、大丈夫よ、シェル……。いつも通りにしたら、大丈夫なはず……)
シェルは自分に暗示をかけるかのように内心で繰り返すが、そう思い込もうとすればするほど高鳴る鼓動はどんどんとその速さを増していく。めっきり口数が減ってしまったシェルの様子をチラリと見やって、フォイは広い部屋の奥へと声をかけた。
「王子、ゼール王子。新しい世話係を紹介致します。出てきてください」
フォイの言葉を受けて部屋の奥からガタガタと音がした。シェルの緊張がピークに達したとき、褐色肌の大きな
(……!)
相変わらず美しい顔立ちのゼール王子の様子に、思わずシェルは息を飲む。しかし驚いたのはゼールの方も同じだったようだ。
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