二、王子と姫のはじめまして⑦

 それから一つのことを心に決める。


(やっぱり私、『極上の生贄』になる……!)


 それは当初のような浮ついた気持ちからの決意ではなかった。

 国民のことを考えたとき、獣人国の配下に人間国が置かれることは良いことではない。しかし、獣人国へと行かない限り分からないことも多い上、お飾りの王きさきとなるよりも自分にやれることが多いと思ったからだ。


(私は私のやり方で、国民を守ってみせるわ)


 シェルはそう固く決意すると、翌日もまた王宮に行くことを心に誓うのだった。

 翌日の昼過ぎ。

 シェルは王宮への道を歩いていた。道中、前回のように父王とけんわかれにならぬよう、自分の意見をまとめていく。

 そうして王宮に辿たどいたシェルは、前回同様に父王へのえっけんを側近に伝えた。側近は前回のおやげんを一部始終見ていたため、シェルからの訪問に快く取り次ぎをしてくれる。


「姫様、こちらへ。王も待ちかねております」


 シェルは側近からそう言われ、父王の待つ謁見の間へと通された。大きな椅子に座っていた父王は、最愛の娘の来訪に思わず腰を浮かせる。


「来てくれたのだな! シェル!」

「お父様。お話があります」

「『極上の生贄』の件ならば、話は終わっている」


 父王はシェルの話に取り付く島もない。しかしシェルは諦めなかった。まっすぐに父王を見上げ、そうして昨晩から考えていた自分の意見を伝えていく。


 人間国の発展のために獣人国を支配しようとする父王の考えには、やはり賛同しかねると言うこと。

 人間国と獣人国、双方の民が安心して暮らせる世界を望んでいること。

 そのためには自分の目で、獣人国の民たちが何を考えて生活しているのかを知りたいと思ったこと。

 最後に、今まで生贄として送った人間たちが帰って来ない、その本当の理由が知りたいと言うこと。


 これらをシェルは感情的にならないように伝えていった。

 真っ青なシェルのぐな瞳を受けながら、まなむすめの必死の訴えを聞いていた父王も徐々に冷静さを取り戻してくる。しかしシェルの思いを聞き入れた父王の言葉は相変わらず、


「ならぬ。お前にはゼール王子の妻となってもらう」

「お断り致します。用意されたかりそめの妻になど、なりません」

「王の命令だぞ?」

「イヤです」


 王の命令を即答で断れる存在など、この広いティエリーク大陸でもきっとシェルしかいないだろう。それだからこそ、断られた父王は苦虫をかみつぶしたような何とも言えない表情をしている。


「父上、失礼致します」


 その時、この親子のきっこうを破ったのはまだ声変わりの済んでいない少年の声だ。シェルと王の視線を受けたその人物は、昨日、シェルに獣人国への行き方を教えたヴァンだった。


「ヴァンではないか。どうしたのだ?」


 突然の第一王子の登場に、さすがの王も驚きを隠せない。そんな父王の前へヴァンはゆっくりと歩み出た。


「父上、シェルは本気ですよ。このままでは、歩いてでも獣人国へと行ってしまいます」


 真剣なヴァンの声音に父王の目が丸くなる。いつの間に、ヴァンとシェルがこんなにも仲良くなっていたのか。いつの間に、子供たちが親交を深めていったのか。日々の業務に忙殺されていた父王は知るよしもなかったのだ。

 そのため、父王はヴァンがシェルをかばうように進言した言葉に驚いたのだった。


「山賊の多く出る、あの道のりをシェルに歩かせるおつもりですか?」


 ヴァンになおも言い募られ、父王は頭を抱えてしまう。

 しかし目の前に立っている子供たちの目は真剣で、もちろんその声音も真剣だ。このままではヴァンの言う通り、シェルは一人で歩いてでも、獣人国へと向かってしまうかもしれない。

 父王はたっぷりと時間を置いて考える。それから大きく息を吐き出すと、


「分かった。獣人国からの『極上のいけにえ』は、シェル、お前に勤めてもらう」


 諦めたようにそう言うしかなかった。




「ありがとう、ヴァンちゃん! お陰で助かったわ」


 えっけんの間を出たシェルは、すぐに一緒に出たヴァンに礼を言った。ヴァンはシェルの笑顔に寂しさを覚える。そのヴァンの様子に気付いたシェルは、


「どうしたの? ヴァンちゃん」


 そう尋ねるしか出来なかった。ヴァンはしばらく考えた後、


「王妃様に続き、シェルまでいなくなるんだな……」


 そうぽつりと漏らす。あまりにも切なそうなその声の響きに、シェルの胸がズキンと痛んだが、シェルもまた、一国の姫として決断したのだ。だからシェルは膝を折り、ヴァンと目線を合わせると、


「ヴァンちゃん、私たちは別々になるかもしれないけれど、やることは一緒だと思うの。それは、この国と獣人国を、本当の平和にするってこと。民なしで、国は存続しないわ。だからヴァンちゃんも、民の生活を考えられる王になってね」


 ここで道は分かれてしまうけれど、生きていたらお互いの道が再び交わることもあるだろう。だからその時までのしばらくの別れである。

 シェルの言葉を受け、ヴァンも顔を上げる。そう、今回の別れは今後の始まりでもあるのだ。次に再会したとき、お互い成長した姿を見せ合いたい。

 シェルの前向きな言葉に沈んでいたヴァンの心も軽くなっていく。


「そう、だよな。シェルも、姫として決めたことだもんな」


 最初の動機は不純だったが、シェルの中でも少しずつ『一国の姫』としての自覚が芽生え始めていた。ヴァンはそれを良しとすることにしたのだった。

 シェルの獣人国への出立は、準備期間も含めて一ヶ月後となった。シェルは親しい人々への別れの挨拶を済ませていく。

 そうしてあっという間に獣人国へと旅立つ日を迎えるのだった。

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