真夏の夜の邂逅夢/B.A.D.×ヴィランズテイルコラボ小説

綾里けいし

プロローグ・Side O

「そうだ、小田桐君。こうなったら、肝試しをしようか」

 誠に残念なお知らせだが、突然、繭墨あざかは壊れた。


 扇子を振る手を止め、僕は顔を上げた。革張りのソファーに横たわった繭墨は、気だるげな様子で、窓の外を眺めている。黒のゴシックロリータに包まれた体は、夕暮れの濃密な橙色に照らされていた。陶器のように白い頬にも、鮮やかな朱が射している。まるで、絵画のように美しい光景だ。だが、その口から出た言葉はというと肝試しである。

僕は顎を伝う汗をぬぐった。彼女にならい、遠い空へと視線を投げる。


「肝試し、……ですか」

「そう、肝試しだとも」


夕日の中には、巨大な入道雲が浮かんでいた。室内はうだるように暑く、重い湿気に満たされている。隅から隅まで夏だった。今まで、この部屋には一度もなかった異常事態だ。


一定の温度に保たれ続け、季節を忘れた繭墨霊能探偵事務所に、夏が来ている。

今朝、事務所の空調が故障した。それが夏の訪れの原因で、全ての元凶だった。


 不幸は重なるものである。修理業者の到着は、予定より遅れた。更に部品在庫がなく、修理は不可能と伝えられたのだ。そこから何のかんのと揉め、新品を手配したのがついさっきだ。撤去と取りつけは、繭墨の財力を駆使しても翌日以降となる。僕が省エネに拘ったことが手配の遅れた一因だった。不必要と言われた値切り交渉をしたのも悪かっただろう。他にも色々と思いつくが、こうして反省の意をこめ、繭墨を扇子で仰いでいるのだから意味不明なことを言いださないでもらいたかった。


 しかも、よりにもよって。


「いったい、なんで肝試しに話が飛ぶんですか?」


 試しに想像をしてみよう。繭墨あざかと、肝試し。恐ろしい展開以外、思いつかない。不吉すぎる。既に疲れきった僕の言葉に、繭墨は顔を傾けた。彼女は長い睫毛を伏せる。


「……………………いや、小田桐君。これは必要なことなんだよ」


依頼は来ず、クーラーは壊れる。考えてもみたまえ、今までになかったほどの最悪な事態さ。


いや、最悪な事態なら、もっと他にもあっただろう。アレとかコレとかソレとか。


心の中でツッコミながらも、僕は言葉を飲みこんだ。不機嫌な繭墨に口答えをするのは、獅子の尾を踏みつけることと等しい。懸命に沈黙を守る僕の前で、繭墨は緩やかに体を起こした。レースの重ねられた、豪奢なスカートを揺らし、彼女は優雅に足を組む。


まるで、探偵映画のワンシーンさながらに、繭墨はビシッと僕を指さした。


「そうとも、小田桐君。この最悪な事態を打破する方法は一つだけだよ」

猫に似た目に真剣な光が浮かぶ。彼女は実に力強く、その先を続けた。


「ここは、陰惨な事態の一つや二つ呼び寄せて、気を紛らせるしか方法はないのさ!」

「呼び寄せる気ですか! なにかが起こること前提で、肝試しをするつもりですか!」


 むしろ起こすつもりなのか。なぜ、唐突に胃が痛い展開になるのか。なぜ、繭墨は時たま意味不明なところでアグレッシブになるのか。泣きながら実家に帰らせてもらいたいが、そうもいかない。僕は頭を抱える。


「……わっ、かりました……やりましょう、肝試し」

「肉屋に連れて行かれる子牛のような表情だね」

「そう思うのなら、かんべんしてくださいよ」

「諦めたまえ、小田桐君」


 言われて、僕は乾いた笑いをもらした。嘆いても仕方がないことは、学習済みだ。

 所詮、悲しいかな、僕は雇われの身なのである。



 かくして、僕と繭墨の無駄に長く。

 そして、不条理な夜は、始まった。

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