【短編】都会の喧騒から離れて

お茶の間ぽんこ

都会の喧騒から離れて

 私はA山の麓にある集落に向かっている。


 都会から離れたいと思ったのだ。


 そこに向かう前に廃れたトンネルがあり、中を進む。


 トンネル内には不気味な者達、つまり幽霊達がわんさかいた。


 私はこういうのには慣れっこだ。幼い頃から見えていたので、悲惨な死に方をした悍ましい見てくれの幽霊などを何度も見てきた。ここにもグロテスクな幽霊がいたが、可哀想だという感想しか思い浮かばない。しかし、よく薄気味悪いトンネルに棲みつけるものだ。


 私の方を見る幽霊達を無視し、早々にトンネルを抜けると、目前には白い煙を沸かせた大きなA山と集落があった。


 人の手が加えられていない広大な自然と落ち着いた雰囲気を醸し出す村、私が求めていたものはこれだ。


 集落の中に入ると、村民が畑仕事に夢中になっていたり、家畜の世話をしている。


 そして、六人の女が道の真ん中で談笑していたのに目を取られた。


 その女達は人間ではなく、幽霊であった。それだけであれば日常茶飯事であるが、彼女達は着物を着飾っていたのだ。この時代の者ではないようだ。


 私がまじまじと見ていると女達はこちらに気づいて声をかけてきた。


「あんた、どこから来たの」


「あ、都心からやってきました」


「そうかい、旅のお方?」


「まあそんなところです」


「へーわざわざこんな何もない田舎にねぇ。あるといえばあの山だけさ。あんた、名前は?」


「佐藤明美と言います。あの、あなた達は昔の方ですか?」


「昔の方って言い方は失礼じゃないかい。まあ二百年ぐらいこうやって暮らしてるわけだけど」


「ということは江戸があった時代ですか」


「江戸とかあったねぇ。もう大分昔のことだから朧気だけど。あたし達、あの火山が噴火して埋もれて死んじゃったのさ」


「それはお気の毒に」


「まあでも皆一緒に死んじゃったわけで、昔、井戸があったこの場所で楽しくおしゃべりしているわけよ。今はその井戸も埋もれちゃってるけど」


「何だか楽しそうですね」


「あぁ楽しいよ。そりゃ生きてた頃のような生活はできないけども、最低限の話のネタもこの村に住んでいる村民のテレビで仕入れることができるし」


「あんたの夫が生きてる女の裸を覗き見してるって話も聞けるしね」


「ちょっと、それはおよし」


 女達が幽霊トークで盛り上がる。


 そして、再び私に話を回してくれた。


「明美ちゃんはどうしてこっちに来たんだい?」


「都会に疲れたからです」


「何でよ。ここに比べて便利で刺激的で居心地が良いんじゃないの?」


「確かに便利ですし面白いこともあります。でもしんどいです」


「どうしてしんどいんだい?」


「都会って、私には刺激的すぎるのです。皆、大きな夢や希望を持って都会に越してきて期待を胸に頑張るんですが、その夢半ばで諦めて病む方が多いんです。彼らの負の感情に刺激されて、それが辛くて辛くて堪りません」


 私は思いの丈をぶちまける。


 笑い飛ばしてくれるのかと思ったが、女達は静かに聞き入っていた。


 そして、女の一人が口を開く。


「夢って思い通りにならないもんだね。でも、思うに今の子達は高望みしすぎてるんじゃないか」


「高望み?」


「そう、あたしの感覚でしかないがね。あたし達は『生きること』を全うするために日々汗水流しながら家事をやってきたんだ。その子たちだって、本当は生きていけるだけで満足じゃないかい?」


「生きること… 」


「夢を叶えることってのは、その次の話で、別に叶えなくても死ぬわけじゃない。その人の幸せが全て消えるわけじゃない。あたし達だって今こうやって井戸端会議に花を咲かせる、こんな小さなことでも幸せに生きていけるのさ」


「まあ、あたし達は死んでいるけどね」


「ああ間違えた。幸せに幽霊できているのさ」


 横から別の女につっこみを入れられ、女達が笑い声をあげる。


「良かったらあたし達の話し相手になってくれないかい?」


 私は了承し、女達と話し込むことにした。


 話の内容は仕様もない話ばかりだった。テレビに出ている誰々がかっこいいだとか、夫が火山にダイブして半月帰ってこなかっただとか、現代の子はお洒落だとか。


 しかし、私は彼女達と話しているこの場が実に居心地よく感じた。


 そして、私は決心した。


「決めました。ここに棲みます」


 女達は意表を突かれた顔をする。


「急だね。そんな簡単に決めていいのかい?準備とか碌にしていないだろ?」


「だって私、幽霊ですし」


「それもそうか」


 幽霊達の笑い声が集落に響いた。

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