第3話 体を休める弟子
「ん……ぐぅ……」
だるくて仕方ない体を優しく包み込むこの感触……。それに安心感を覚える甘い匂い……。ここは自室のベッドの上みたいだ。目を開けなくたって毎日寝起きをする場所はわかる。
このベッドは俺がこの隠れ家に来てから師匠が新たに取り寄せてくれたものだ。だから、他の家具に比べて新しく、それだけ機能も優れている。シーツや布団、枕もすべて俺のために用意されたもので、とても肌触りが良い。
それに師匠が定期的に洗濯してくれている。洗濯に使う洗剤は、この隠れ家がある山で採れる木の実から作られていて、衣服の洗濯にも同じものを使っている。
だから、このベットからは師匠の服と同じ匂いがする。おかげでいつも気持ちよく、ぐっすりと眠ることができる。
目覚めたばかりだけど、まだまだ眠くて仕方がない。ここはもう一寝入りしようかな……と思いつつ、妙な気配を感じてチラッと目を開ける。すると、師匠が俺の顔をまじまじと覗き込んでいた!
「し、師匠……!?」
「おはよう、クロム」
「あっ、おはようございます、師匠」
「少々手荒な真似をしてしまったからな。呼吸と顔色を確認していたんだが、この分なら問題ないだろう」
「はい! ちょっと体はだるいですけど大丈夫です!」
「うむ。だが無理はするなよ。夕食の時間までゆっくりしてるといい」
「ありがとうございます。それで、あの……」
「なんだ?」
「俺、自惚れてました。もう師匠に勝てるんじゃないかと思ってたんです。いや、もっとハッキリ……今日の手合わせで勝つつもりでした。でも、師匠にはまだまだかないません。それが今日わかりました。だから、これからもお世話になります!」
これは自分なりのケジメだ。気持ちを新たに修行を続けるために必要なことなんだ。
それと同時に、今日の俺の戦いについて師匠がどう思っているのかも確かめたかった。失望されてなければいいんだけど……。
「ああ、これからもよろしく頼むよ。私は学ぶ気のある弟子を途中で放り出したりしない。それに私が本気を見せたと言うことは、それだけクロムが強くなっているということだ。自信を持って明日からの修行に励むといい」
「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「うむ。だが今日はもう安静にしてるんだぞ。回復の魔術を使ってあるとはいえ、失った体力までは戻らない」
「はい、わかりました」
師匠は静かに部屋から出て行った。
それと同時に体から力が抜け、ベッドにすべてを預けるように深く沈み込んだ。
俺にはわかる……。今日の師匠はかつてないほど上機嫌だ!
まず間違いなく失望はされていない。その言葉のすべてが真実かまではわからないけど、少なくとも今日の戦いは師匠にとって満足のいくものだったみたいだ。
内容は俺が一撃で吹っ飛ばされるだけだが、その一撃を引き出したことがかなりの高評価なんだろうな。とにかく、これで本当に安心して休むことができる……!
夕食にはまだ早いし、もう一眠りして体のだるさを完全にとるか……と思ったけど、俺は妙にドキドキして眠りにつくことができなかった。それもそのはずだ。意図的か、無意識か、師匠はベッドの俺に話しかける時、ギュッとその手を握っていてくれたんだ!
師匠は背がとても高いから、手も他の女の人と比べて大きい。それと修行によって手のひらの皮膚が少し分厚くなっている。すべすべとか、ぷにぷにとか、そういう感触ではないけど、体温が高くって力強い師匠の手に触れていると本当に安心できる。
隠れ家に来たばかりの頃、俺は家族や故郷のことを思い出して落ち込むことが多かった。そんな時、師匠は黙って俺の手を握ったり、頭を撫でてくれたりした。今でもその温もりを忘れた日はない。
最近は落ち込むことがなくなったので、そういうスキンシップもなくなった。だからこそ、久しぶりの感触に胸は高鳴って仕方がない!
でも、師匠に休めと言われたのだから休まなければならない。平常心、平常心……。魔力は感情と密接な関係にある。感情が不安定だと魔力の制御も不安定になる。
特に気持ちが
体の傷の方は、師匠の世にも珍しい炎属性の回復魔術であらかた治っているし、汚れてしまった服も着替えさせられている。本当に後はゆっくり寝るだけ……。
「……ん? 服を着替えさせられている?」
つまり、師匠に脱がされたってこと……?
まさか下着も……変わってる!?
ま、まずい……!
落ち着きかけた感情がどんどん昂っていく!
まさか眠っている間に裸を見られていたなんて……!
も、もちろん仕方ないことではある。俺や師匠の着ている服は特殊な生地で作られた炎に強い服ではあるけど、まったく焦げないわけじゃない。それに今回は岩壁にめり込んじゃったから、破れたり砂埃を被ったりもしているはず……。
師匠は俺のためにわざわざ着替えさせてくれたんだ。師匠だって別に俺の裸なんて見たくないだろ……。でも、見たくないということは異性として見られてないってことだから、それはそれで悲しいことではあるなぁ……。
じゃあ逆に、興味津々でじっくり見てほしいのかと言われると……恥ずかしい! 想像するだけで顔から火が出そうだ!
「平常心、平常心……!」
上がっていく体温を抑えるんだ。顔から火が出ると思えば本当に出てしまうのが炎の魔術師。恥ずかしいと思わず、ただただ介抱してくれた師匠に感謝するんだ。
そして、俺も師匠に何かあった時には、やましい心など持たず全力で介抱するんだ。もし師匠が倒れるなんてことがあったら大ごとだから、きっと純粋な心で服を脱がせられるだろう。
今回の師匠だってそうだったんだ。異性として見ているとか、見ていないとかじゃなくて、ただ純粋に傷ついた俺を介抱してくれたんだ。手を握っていたのも、なかなか目覚めない俺を心配してのことかもしれない。機嫌が良かったのも、俺が元気に目覚めたからだと考えられる。
……いや、機嫌が良かった理由だけは、今回の手合わせの結果が良かったということであってほしいな。もちろん、男として意識してもらえるのは嬉しいけど、弟子としては修行の成果を評価してもらえるのも嬉しい。
我ながらわがままな話だ。まるで師匠にすべてを認めてほしいように聞こえる。でも、それが本当の気持ちだ。俺は男としても、弟子としても師匠に認めてもらいたい!
「だからこそ……寝る!」
休息は大事だ。修行を始めたての頃は、無理をすれば結果が出ると思っていた。そんな俺に師匠は『無理は禁物』とよく言い聞かせてくれた。今もその言葉は俺の胸にある。
願わくば、次に目覚めた時も師匠が上機嫌でありますように……。彼女がたまに見せる笑顔が、なにより俺に元気をくれる。
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