第2話 愛を燃やす師匠
「ここから出ていくのは私を倒してからにしろ」
いつか私はそう言った。
私の弟子となった少年――クロムに目標を持たせるために。
3年前、私は偶然居合わせた街で『竜が出た!』という叫びを聞いた。出現場所はその街から少々離れた場所にある村……。私は誰に頼まれたわけでもなく、自然とその村に向かっていた。
当時はすでに人間関係に疲れ、隠居を考えていた頃合いだったが、流石に竜の出現は見逃せなかった。
竜はこの世界に存在する魔獣の中でも最強の種だ。普段は人間が立ち入ることができない大自然の奥深くに潜んでいるが、ごくまれに若い竜が人間の生活圏に接近し、
魔獣学者の話では、凶暴ゆえに竜のコミュニティから追い出された個体らしいが、とにかくこいつが馬鹿みたいに強い。並の兵士では竜の姿を見ただけで心が折れ、立っていることすら出来ない。
しかも、今回現れた竜は炎を操るらしく、これもまた私を現場に向かわせる理由になった。なぜなら、私の魔術も炎属性だからだ。同じ属性ならお互いに攻撃の効果は薄くなるし、その特性も身をもって理解している。人命救助を優先するなら、できることは多い。
無論、竜を倒すとなれば多くの属性の魔術師がいるのに越したことはない。しかし、竜が現れた場所は田舎も田舎……。戦力が豊富なわけもなく、街から距離があるため急には人員が集まらない状況だった。
炎の魔術による加速で村にたどり着いた私は、致し方なく竜の討伐を優先した。戦力は私1人だ。災いの元凶を放置した状態で救助活動は行えない。
結果、竜を単独で討伐することはできたが、救えた命はあまりにも少なかった……。
そんな中、クロムは救うことができた数少ない命の1つだった。家族をみな焼かれた後だというのに私に感謝の言葉を述べる少年を、私は放っておけない気持ちになった。もう、人と関わるのはうんざりだと思っていたのに……。
その後、私はクロムを引き取ることにした。彼自身の怪我は軽い火傷程度で、元気になるまでそんなに時間はかからなかった。しかし、彼の帰る場所はもうない。元からさほど人が多くなかった村は、今回の事件を機に廃村になってしまった。家族も亡骸が見つからないほどに焼けてしまった。遠くの街に親戚もいない。彼は12歳にして天涯孤独の身となった。
クロムを引き取ったのは、彼の境遇を哀れに思ったからなのかもしれない。でも、きっと……それだけじゃない。魔術を広める過程で哀れな人々をたくさん見てきたけど、こんな気持ちは初めてだった。
私は彼を守ってあげたいと思った。いや、理由なんて本当は必要ない……。特に意味もなく一緒にいてあげたいと思った。しかし、見ず知らずの少年を引き取るという行為には、私の中で理由を作る必要があった。だから、私は彼を弟子にした。もう取るつもりはなかった最後の弟子に……。
とはいえ、それは形だけの話だ。
私の魔術は炎……。修行をするとなれば、私の炎を嫌というほど見ることになる。それは炎によってすべてを失った少年に対してあまりにも酷い仕打ち……。だから、最低限身を守るための体術を教えて、クロムが大きくなったら彼の生きたいように生きればいいと思っていた。
それなのにある日、クロムの方から魔術を教えてほしいと言ってきた。自分にその力があれば村を、家族を救うことができたんだと……。失ったものは戻らないけど、もう失うことがないように魔術を身に付けたいと……。
その気持ちは痛いほど理解できたが、私は反対した。体の傷はすぐに治っても、心の傷はそうもいかない。私の魔術のせいでクロムが苦しむ姿を見たくなかった。
しかし、クロムは諦めなかった。おとなしい彼が初めて見せた強情な一面に押される形で、私はまず彼の魔力の属性を調べてみることにした。
属性は……炎だった。
あまりにも運命的だと思った。それでいて必然だとも思った。
クロムが空間を焼き尽くすような竜の炎の中で生き残った理由は、自身の中に眠る炎の魔力のおかげだったのだ。
私はクロムに魔術のすべてを教えることにした。本当は私もこうなることを望んでいたのかもしれない。30歳手前で夫はおらず、子どももいない。別にそれを気にしたことはなかったが、鍛え上げた自らの魔術のすべてを受け継いでくれる存在を心のどこかで欲していた気がする。
炎の竜を目の前にしても心が折れず、他者に対する感謝の気持ちを失わなかったクロム……。彼は私のすべてを受け継ぐにふさわしい人物だと思った。
クロムは私の教えをみるみる吸収し、この3年で見違えるほど成長した。それは魔術だけでなく、肉体の方もだった。年齢的に成長期だったというのもあるけど、魔術と体術を同時に教える私の方針は、彼の肉体を見違えるほど立派に育てた。
それでいて、表情には少年の頃の雰囲気が残っていて……愛らしかった。私みたいな人間にも母性があるんだなと思った。でも、私の中にある気持ちは母性だけではなかった。
私はクロムのことが好きだ!
もうどこにも行ってほしくない!
いつからかクロムのことを異性として好きになっていた……。いや、もしかしたら出会った時から……う、ううん! 流石にそれはないと思うけど、彼と過ごす時間が長くなるにつれて、この時間を失いたくないという想いがどんどん強くなっていった。今では修行を終えてもここにいてほしいと心から思っている!
だけどクロムは私を倒して修行を終え、外の世界に旅立つことを夢見て今まで頑張ってきたのかもしれない。その想いを
ここ最近、クロムの魔術が極まりつつあることに気づいた。もしかしたら、もう私よりも強いかもしれない。次の手合わせでそれがハッキリすると思った。それでも、手合わせをやめようとも、修行を終えても一緒にいてほしいとも言えなかった。
だって……は、恥ずかしくて!
でも、今日という日が来てしまった。
その手合わせの日が!
私は……覚悟を決めた!
クロムに負けたら、本当の気持ちを伝える!
ずっと一緒にいてほしいと言う!
歳の離れた私に引き留められても心に響かないかもしれない。クロムは私から離れたくて仕方ないかもしれない。それでも……言うんだ! 私はクロムが好き!
「いきますよ、師匠!」
「……こい!」
クロムの体から一気に魔力が放出される。以前なら放出して終わりだったけど、修行を経て魔力をコントロールする術を身につけた彼は一味違う。ほんの一瞬で発せられた魔力は右の拳の一点に集中する!
なるほど、炎の拳で私を吹き飛ばそうというわけね。あの圧倒的な魔力を受け止められるかはわからない。でも、彼がここまで行ってきた努力に応えるためにも、全力で受けて立とう!
そして、負けた時には本当の気持ちを……なんだけど、いざその瞬間が近づいてくると緊張と恥ずかしさで顔から火が出そうだ!
いや、これはもう本当に火が出てるかも!?
顔が熱い……! 思わず目をつむってしまうほどに……!
「いっけええええええええええええ……えっ? ぐええっ……!?」
……?
クロムの雄たけびの後、バゴッという鈍い音。さらにうめき声。
恐る恐る目を開けるとすでにそこに炎はなく、遠くの岩壁にクロムがめり込んでいた!
「クロム!?」
一体何が起こったの!?
クロムの自爆……!?
いいや、それはない。炎は安定していたし、意図的であってもあの状態から自身が遠くに吹っ飛ぶような自爆を起こすのは不可能。だとすると……私? 私の反撃がクロムをあんなに遠くまで吹っ飛ばしたってこと……!?
「ありえない……!」
あれだけ爆発的な魔力の炎を一瞬でかき消しただけじゃない。その上で威力を失うことなくクロムを吹っ飛ばすほどの炎なんて人生で一度も出せたことがない。
でも、この場には私とクロムの2人しかいない。考えられる可能性は1つだ……!
「私も成長している!」
いつからか自分の限界を決めつけていたのかもしれない。魔術と正面から向き合うことにも疲れていたんだと思う。しかし、クロムとの修行の日々が若い頃の純粋な精神を思い出させてくれた。
そう、自分の選んだ道を極めるという武道に連なる体術、そこから発展した魔術の精神を……!
「……って、納得している場合じゃない! クロムを助けないと……!」
急いで岩壁にめり込んでいるクロムを救出し、状態を確認する。気を失っているが目立った外傷はないし、呼吸も眠っている時のように安定している。
流石は私の弟子……と言ったところか。こんな状態でもなんだか安心したような顔をしている。その顔を見ていると私もホッとするし、同時に抑えきれない愛情が湧いてくる。
本当の気持ちを伝えることは出来なかったけど、これからもクロムとの修行の日々が続くと思うと嬉しい。でも、いつかは師匠と弟子としてではなく、異性として愛しているという気持ちを伝えたい!
今日は言えなかった「好き」という言葉を、いつかは……!
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