コンセトレイト-concentrate

アキラ

プロローグ

 ネオンが輝く夜の繁華街にひっそりと佇む一棟のビル、その屋上から眼下の眩い通りを見ると、路上駐車したタクシーや歩道を歩く者を邪魔するかの様な看板が続く路地が目に入る。

 湿度の高いその路地を闊歩するのは、酔っ払いや客引きでは無く、人間世界に居るべきでは無い存在、化け物モンスター達だ。


 俺がさも当然と言わんばかりに歩く奴等の姿を手に持つ狙撃銃のスコープ越しに伺っていると、耳に着けたインカムに無線が入る。

 

『ブラボー00。此方、アルファー00。新人が雑魚を五頭程、逃がした。現在、そちらに向かって移動中。そっちで処理できるか。』 

『アルファー00。此方、ブラボー00。敵の接近、了解した。此方で対処可能です。』

『ならさっさと片づけてこっちを手伝ってくれよ。』

『交代が来るまで無理です。』


 どうやら、今見えている奴等におかわりが来るようなので、さっさと片付けるとしよう。

 スコープに捉えている化け物は四頭、その中でも先頭を進む奴の頭へ十字の照準線を合わせ、そいつに意識を集中する。


 呼吸を落ち付ける事で心肺と手が起こすブレを小さくし、自分の部屋に入る際に電気のスイッチを入れるかの如く、普段の何気無くする動作の様に引き金を引くと、軽く設定された引金を伝わり、撃鉄が撃針を、撃針が銃弾の雷管を叩く。

 叩かれた雷管は一瞬で燃え上がり、弾薬内の火薬に衝撃と熱を与え、その内に秘めた力が弾頭を加速させる。


 銃身内で適切な回転と速度を加味された弾丸は、銃口から燃焼ガスと共に吐き出され、化け物に向かって轟音を引き連れながら飛翔した。

 夜の繁華街を駆け抜ける殺意の塊は、モンスターの首に据えられた凶悪な犬顔を捉えて、鱗の生える人型の身体からそれをもぎ取った。


 俺の銃声を合図に路地に潜んでいた二つの存在が、唖然としている近くの化け物を背後から襲い掛かる。

 背中に飛び掛かり体重でモンスターを無力化したその存在は、鱗で多少守られた首に容赦無く噛み砕き、哀れな二頭のモンスターを屠った。


 惨劇の主役は二頭の小型肉食恐竜達で、身の丈は俺よりも少し高く、手足には殺傷に最適化された爪を持ち、体表は頑強で石灰の様な白さを持つ鱗で覆われ、口にはステーキナイフの様な凹凸が有る歯が並んでいる。

 それらには尻尾や首に革製のベルトが取り付けられており、誰かの所有物であることが示されている。

 

 一頭は縦に長い瞳孔を持つ眼を此方に向けており、モンスターから興味を失った様で、次の指示を待つ態勢に入っている。

 だが、もう一頭は真逆の状態で、首の骨を圧し折って殺しただけで収まらずに、背中を凶悪な鍵爪でズタボロにしている。


 残った犬顔のモンスターは、仲間の惨状にショックを受けたのか、その動きを停めて仕舞い、背負っている剣すら抜く事が出来ていない。

 俺は、棒立ちになって股に尻尾を抱え、眼を見開いて震えるそいつの胴体へ照準を合わせて引き金を引いた。


 先程と同じ様に打ち出された弾丸は、化け物の身体に生えた鱗を物ともせずに食い破り、その衝撃力を持って自身の仕事を熟す。

 着弾の衝撃は内部に詰まっていた臓腑を完全に機能不全へ導き、犬顔は地面に崩れ落ちた。

 

 流血の中に沈んだ犬顔は、驚愕の表情のまま空を仰ぎ、人よりも長く伸びた口を必死に開口している。

 何とか流れ出る液体を止めようと破孔を手で押さえるが、損壊に興味を示さなかった方の捕食者が、まるで作業と言わんばかりに犬顔の首をその足で圧し折った。

 

 肉食恐竜以外のモンスターが制圧された辺りは、それらの成れの果てから流れ出た黒いタールの様な液体が、ネオンの光を反射し、ヌラヌラと汚している。

 俺は狙撃した地点から体に付けたハーネスと固定したロープを頼りに地上へ飛び降りると、モンスターの死骸まで歩み寄り、腰のポーチから取り出した試験管の封を開けた。


 モンスターの残骸と流れ出た液体は、まるで水分が完全に抜かれて風に運ばれる様に、試験管の口に集められ、辺りは弾痕や破損した看板以外は元の通りと成った。

 吸い残しが無い事を確認した俺は、試験管に改めて封をし、それを元の場所に戻す。


 モンスターの死骸を片付け、辺りを見渡すと犬顔のモンスターに襲い掛かった恐竜達が、此方を黙って見詰めているので片手を挙げて何時もの合図をしてやる。

 すると、先程までの完璧な捕食者の表情と打って変わり、眼を細めた甘える様な表情をして近寄って来た。


 黒い液体で汚れた口周りや鉤爪を用意していた専用の手拭いで綺麗にしてやると、嬉しそうに頭を擦りつけてくるので、わしわしと両手で二人を撫でてやる。

 彼女達が満足するまで撫でると、連絡に有った追加のモンスターがやって来るので、心を鬼にして離れる様に命じると、名残惜しそうに離れて行く。


 彼女達に改めて隠れる様に命じた俺は、捕食者の顔に戻った彼女達を見送くり、ビルの狙撃地点へと戻った。

 今夜の仕事はまだまだ掛かりそうだ。

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