第4話 夕暮の海岸通り
「あの人、何で鳥頭なの?」
「赤毛が
「確かに、そう言われればニワトリのイメージがありますね」
「だろ。何か飲み物いる。オレがおごってやる」
「じゃあ遠慮なく」
夏美さんが自動販売機にコインを入れる。俺はボタンを押し、ホットの缶コーヒーを取り出した。
二人で縁石の上に座りホットコーヒーを飲む。熱いコーヒーが胃の中にしみわたり、暖かさが広がっていく。先ほどのダメージは殆ど癒されたようだ。
「正蔵、悪かった」
「いえ。あれはあれでものすごく刺激的な体験でした」
「そう? もっと体験したい?」
「いいえ。遠慮させていただきます」
「だろうな。じゃあ帰ろうか」
「はい」
夏美さんは飛行帽とゴーグルをつける。俺はフルフェイスのヘルメットをかぶる。
「帰りはゆっくり走ってやるよ。またゲロ吐かれちゃかなわんからな」
「お願いします」
俺は夏美さんの後ろに跨った。彼女はギアをシフトペダルを蹴り込み、ギアをローに入れた。そしてゆっくりと発進する。今度は非常にスムーズだった。
道の駅を出て右折し、萩方面へ向かう。
概ね制限速度で走る夏美さん。
他の車両はドンドン追い抜いていく。
ゆっくり走ると色々なことが分かって来る。
カムチェーンの音、カムシャフトがタペットを叩く音。ドライブチェーンの音。排気ガスのにおい。トンネルに入ると途端に大きく反響する排気音。
そして完璧に上手い夏美さんのランディング。
普通にキープレフトしているだけなんだけど、それだけで俺とは次元が違うのが分かる。加速、減速、体重移動。全てが高次元だった。リアブレーキの使い方が秀逸なのだろう。姿勢の安定感はただ者ではなかった。ゆっくりでも技術の差が明白に現れる。やはり二輪は面白い。そう思った。
須佐の大刈峠を過ぎると海の匂いがしてくる。
唐突に潮の香りが漂う。
岩の上に海鳥がいる。
名前は分からない。
西へ向かう俺達は夕陽に向かって走り続ける。あと一時間もすれば日が暮れるだろう。夕暮時の海岸通りは何故か物悲しい。
どうしてなのか。この感覚は昔から変わらない。
他の人もそう感じるのだろうか。それとも自分だけなのだろうか。
そんな事を考えていると、対向車線にけたたましい排気音をまきちらす小型トラックが近づいて来た。その白いピックアップトラックは激しくライトを点滅させクラクションを鳴らしながらすれ違った。
スキール音を響かせながらスピンターンを決め、猛ダッシュして俺達の前へ出ると急ブレーキをかけた。
夏美さんも急ブレーキをかけ、そのピックアップのすぐ後ろに停車する。
ピックアップには〝綾瀬重工修理部萩出張所〟と記載されていた。
その、危険運転をしたピックアップから降りてきたのは色白で髪の長い少女だった。
「私は
「はい。俺が綾瀬正蔵です」
佳乃椿と名乗った少女は夏美さんよりは背が高く、体も一回り大きい。胸まわりは夏美さんより豊かで、これは多分1メートルでGカップの巨乳だ。ジーンズにスウェットのパーカーを羽織っている。
先程名乗った佳乃姓から、夏美さんの姉妹だと直感したのだが、それなら彼女もアンドロイドなのだろうか。
「そこの危険なZよりサニトラの方が安全です。さあ、こちらに乗り換えてください」
「何だよ椿姉さん。オレのデートの邪魔するなよな」
「デートって言ってるなら思いっきり邪魔します」
「融通利かせろよ」
「利かせられません。そのままラブホへ直行されるのは見え見えなのです」
「ちっ!」
夏美さんはそっぽを向いて舌打ちする。非常に残念そうだが、待て、今ラブホとか言わなかったか? もしそうなら、俺にとっても非常に残念な話だ。
「正蔵君、悪いけど降りて」
「分かりました」
俺はZから降りてヘルメットを脱ぐ。
「またツーリングしような。早く大型二輪免許取っとけよ」
手を振りながら走り去っていく夏美さんだった。集合管の甲高い排気音が遠ざかって行った。
俺は椿さんの勧めるままサニトラの助手席に座る。椿さんも運転席に座りサニトラをスタートさせた。
足回りをガチガチに固めているせいで乗り心地は悪く、体が上下に揺さぶられる。爆音と言っていい排気音も普通じゃない。
こんな改造ピックアップは初めて見た気がする。
「このピックアップって、相当いじくってますね」
「ふふふ。私の力作なのです」
「椿さんが改造したのですか?」
「改造プランを作ったのが私です。実際の作業は頼爺のスタッフが行ってます。エンジンは1500ccのターボを乗せてますよ。5速のクロスミッションと合わせて加速性能はピカ一です」
「なるほど、足回りもガチガチですね」
「峠仕様ですからね。ゼロヨンと高速でなければあのZには負けません」
「そんな対抗意識を燃やさなくても」
「ふふーん。これは人生における高揚感といったものですよ。私達姉妹は仲良しですから」
「やっぱり姉妹だったんですか?」
「ええそうです。まだ試作機ですが最新型ですよ。同系のボディは三体制作されています」
「その中の二人が夏美さんと椿さんなんですね」
「そういう事です。今夜は紀子博士のお宅に泊っていかれませんか?」
「ああ、そうですね。お邪魔しましょうか」
紀子博士とは俺の叔母の綾瀬紀子さん。世界一のシェアを誇る綾瀬ブランドのアンドロイド開発者として有名な人だ。廃業したホテルを改装して自宅兼研究所としている変わり者である。俺は中学高校時代、この紀子博士の自宅に入り浸っていた。勿論、自分の大好きなメカが此処にはゴロゴロ転がっているである。
椿さんは正にルンルン♪といった表情でサニトラを運転していた。
サニトラは国道を右折して笠山方面へと向い、明神池の横を通り過ぎて坂道を登っていく。
空は茜色に染まり、赤い夕陽が今まさに水平線の向こうへと沈んでいく所だ。
その後すぐに、笠山の中腹にある紀子博士の自宅へ到着した。
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