第2話 爆走タンデムライディング
俺と握手を交わしたその少女、佳乃夏美は事務所の奥に引っ込んだかと思ったら、今度は襟回りにもふもふの毛皮が付いた革ジャンを着て出てきた。手には皮手袋と大昔の飛行帽とパイロット用の四眼ゴーグルを掴んでいる。
「なあ、正蔵君。キミ、大型二輪免許持ってないんだろ?」
「ええそうですけど」
「このZに乗りたいよな」
「まあ、そうですけど」
「じゃあ、オレが乗せてやる。
頼爺は笑いながら頷いている。
「え? タンデムですか?」
「免許が無いんだからしょうがないだろ」
「まあそうですけど」
彼女は話しながら手袋をつけて飛行帽を被りゴーグルを当てる。そしてライムグリーンのZに跨ってサイドスタンドを蹴り上げた。
飛行帽?
それは革製だぞ?
「あの、夏美さん? ヘルメットは?」
「ああ、オレはアンドロイドだからヘルメット不要」
「へ? アンドロイド? ヘルメットはいいの?」
頼爺は笑いながら頷いている。
チョークを開けクラッチを握ってからセルを回す。すると、グオーンと轟音を立てエンジンが始動した。
アクセルをあおると、排気音は低音から高音に変化する。集合管がついていた。
「オリジナルはカーカーだがこいつはモリワキだ。性能はピカ一だから安心しろ」
モリワキだとかヨシムラだとかどっちでもいい。俺は人型アンドロイドの運転するバイクの後部座席に乗るという未知なる体験について、巨大な不安感を抱えていた。
夏美さんはアクセルをあおりながら暖機運転をする。チョークを戻してアイドリングが落ち着いてきたところでポンポンとリアシートを叩く。
「さあ乗った乗った」
俺はタンデムステップを引っ張り出し、それに足をかけてリアシートに跨る。
「オレの腰をしっかりとニーグリップしろ。両手でオレのベルトを掴め。落ちるなよ」
俺が彼女にしがみついたところでタイヤを軋ませながら急発進する。そのまま国道191号線を北東方面へと向かった。
急発進に急加速、急減速に右左折でのフルバンク。
市街地でこんな走りをしちゃダメでしょうという見本市のようなぶっ飛ばし方だった。
海沿いの道。北長門海岸国定公園を眺めながらゆったりとしたツーリングになる……はずがなかった。狂ったように、タイムアタックするかのように攻めまくる夏美さんだった。
そう言えば、夏美さんはアンドロイドだって言ってたわけだが、まさか、エディ・ローソンのライディングテクがインストールされているのかと信じてしまう程の凄腕ライディングだった。
タンデムなので基本的にはリーンウィズ。派手な体重移動はしないものの、適度にリアタイアをスライドさせながら鋭角的にコーナーをクリアしていくテクニックは、とても免許取り立ての俺には真似できないものだった。
そのホンダは見る見るうちに追いつき、並走してきた。斜め後方に張り付いて来る。右コーナーではセンターラインを跨がない慎重な走りだったが、次の左でポンとインに飛び込んできた。そのままこちらのラインを塞ぎ、立ち上がりの瞬発力を生かして前に出る。
パンパンという破裂音は聞こえていたのでまさかとは思ったが、そいつは2スト400ccのNS400Rだった。
三本出しのチャンバーから白煙が吹きあがる。
長い直線で再び前に出たZだが、突っ込みではNSに負ける。軽量で運動性の良いNSに対し、Zで二人乗りは圧倒的に不利なはず。しかし、それと対等に戦う夏美さんの技術は並外れていた。
交通法規をきれいさっぱり無視している二人だが、何故か赤信号では律儀に停止した。お互いが相手を確認する。ヘルメットのスモークシールドに阻まれて顔は見えないが、どうも夏美さんはこのNS乗りを知っているようだ。二人は左手と右手の拳をぶつけて挨拶を交わした。
信号が青になり、再び二台のバトルが始まる。
一進一退、抜きつ抜かれつの攻防が果てしなく続くかに思えた。公道でこんな馬鹿な運転は止めて欲しいと心底思う。
道の駅「ゆとりパークたまがわ」正面の信号で並んだまま減速する。この勝負は引き分けだったようだ。そのまま左折して駐車場に入っていく。
トイレの前に並んで駐車した二台。しかし、俺はすぐさまフルフェイスのヘルメットを脱ぎ、トイレに駆け込んだ。
※公道ではルールとマナーを守って安全運転しましょう。作中の爆走行為を真似しちゃだめだぞ。
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