第8話 喫茶店アリス
翌日目覚めると、もうツヨシは出かけていた。朝からバイトの日だったと思い出した。柱に掛けられた時計をふと見ると、二時半だった。驚いて、もう一度見てみたが間違いではなかった。半日以上眠っていたということらしい。
ミコを想って混乱していた割に、布団に横になってしばらくすると眠れてしまった。だから、本当に半日以上眠っていたのだ。今までこんなに眠った記憶はない。
「やっぱりオレは変なんだな」
思わず呟いた。
洗面所に行き、顔を洗った。鏡に映る自分の顔に大きく息をつく。
(ひでー顔)
見ていたくなくて、居間に向かうと、テーブルにメモのような物があった。手に取り、目を通す。
光国
バイトに行ってきます。
無理しちゃだめですよ。
ツヨシ
読み終えると台所へ行き、コップに水を入れて一気に飲んだ。シンクにコップを置くと部屋に戻り、バッグをつかんでそのまま玄関へ向かった。今はここにいたくない。そう思った。
気づいたら、ツヨシのバイト先である『喫茶店アリス』に来ていた。ドアを開けるとマスターとその娘の美代子が笑顔で迎えてくれた。
「光国。いらっしゃい。好きなとこ、座んなよ」
同級生だったこともあり、気安い関係だ。言われるままに奥の席に着いた。ツヨシは他のお客の対応をしている。その様子を見ていると、
「あんた、ツヨシを見に来たの? 注文してくれないと困るんだけど」
美代子の言葉に、つい笑ってしまった。
「光国。何かあったんでしょ。長い付き合いだからわかる。元気ないね」
素直に、「ああ」と答えてしまった。
「そうか。そんな気はしたんだけど。いろいろあるだろうけど、とりあえず甘い物でも食べたら? 心の疲れもとれるかもよ」
「じゃあさ、ミッコ。イチゴのタルトとコーヒー」
「コーヒー、今日はやめておきなさい。今のあんたは、そうだな。ハーブティーかな。適当に入れてきてあげる。絶対飲んでよ」
「はいはい。じゃ、よろしくね」
美代子の後姿を目で追った。が、それもすぐにやめてテーブルをじっと見た。そうと意識してのことではない。ただ、ぼんやりとそうしていた。心のバランスがとれない。
「光国。おはようございます。起きたばっかりなんでしょう。よく眠りましたね。よかったです」
ツヨシが、他の客の対応を終えて光国に話しかけてきた。
「二時過ぎてて、びっくりした。こんなに寝たのは初めてだと思う」
「少なくとも、一緒に住むようになってからは見た事なかったですね」
ツヨシが小さく笑う。
「注文は済んだんですか」
「ああ。ミッコが聞いてくれた。イチゴのタルトを食べる。それから、なんかハーブティーを入れてくるって言ってた」
いつもなら、おどけて話す光国だが、相当まいってるな、と思った。全くいつものようにはいかなかった。
その時、美代子に呼ばれて、ツヨシが行ってしまった。また一人ぼっちだ、と思ったが、ツヨシは光国が注文した物をトレイにのせて戻ってきた。
「お待たせ致しました。イチゴのタルトとハーブティーです。ハーブはラベンダーになります」
仕事用の顔になって言った。
「それから、光国。しばらく光国のそばにいてやりなさい、とミッコに言われました。いてもいいですか」
友人の顔に戻って、言った。
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