1-04 赤煉瓦の街
目を覚ますと、見覚えの無い白天井が目の前にあった。
意識と思考が戻ってくるまでに、数分ほどそのまま天井を見つめていた。
人の声が聞こえる。
何があったんだっけ、と思い出そうとするが、何が現実で何が夢なのかがよくわからなくなっていた。
部屋を照らすのは、ごく普通の蛍光灯。
息を吸うと、消毒液のアルコールのようなにおいがした。
ああ、ここは病院か、と気が付く。
交通事故にでもあったのか―――なんだか、楽しい夢を見ていた気がした。
ドレスのよく似合う、目の綺麗な少女と出会って、旅をしていた。
その子は、花が好きで、自分の故郷が好きで、料理が得意で―――魔女だからと敬遠されたとしても、大好きな母から受け継いだ力は決して否定しない、とても心の強い子だった。
「エリア」
夢とは、思えなかった。
まるで、その出来事は本当に起こったように、記憶に強く刻まれていた。
「―――あ、起きましたね、良かった。ここ、病院ですから、もう大丈夫ですからね。今、先生呼んできます。ちょっと待ってくださいね」
近くにいたらしい看護師らしき女性が、おっとりと話す。
女性は、赤子に向かい合うようにふっと笑いかけて、部屋を後にした。
病室は個室になっているようで、他に患者がいる様子はない。
腕には点滴が打たれていて、迂闊に体を起こしてはよくないということでそのまま横たわっておくことにした。
看護師が立ち去って数秒もしないうちに、見知らぬ青年が病室に入って来た。
白衣こそ来ているが、中に見える柄物のシャツや茶色に染めた短髪の出で立ちは、とても医師には見えない。
おまけに、携帯電話を耳に当てて誰かと通話しながら進入してくる始末だった。
「―――うす。お願いします」
「…あの」
不満気に声をかけると、彼は丁度通話が終わったのか携帯をしまってこちらを見た。
「ああ、すいませんね。俺、医者じゃないんすけど。不審者でもないんで、あんまり怖い顔しないでくださいね」
そういって手をひらひらとさせる男は、白衣の内側から身分証らしきものを取り出した。
「セブレム所属の研究員っす。クロードって言うんすけど、周りからはクロって呼ばれてます」
「セブレム…?くろ?」
クロと名乗る青年は、ん、と首を傾げる。
「あれ、セブレム知りません?国全体でも認知度は高いはずですけど」
「いや…」
「あはは、そっすか。うちらもまだまだっすね」
クロはそう笑った後、「あ、俺はただの場繋ぎみたいなもんなんで。訳有ってこの部屋に居座りますけど、気にしないで下さいね」と壁際の椅子に腰かけた。
固有名詞に、違和感を感じた。
夢から覚めたのに、所々まだ異世界にいるような感覚がする。
そこまで来て、リュックはようやくその記憶が夢では無いと気が付いたのだった。
「―――あっ!ちょ、点滴ッ!!」
青年が慌てて身を乗り出した。
跳び起きてベッドから降りた拍子に、点滴の針が抜ける。
幸い綺麗に抜けたとはいえ痛みは生じるはずだが、彼女はそんなことは気にも留めずに目の前にあるカーテンを開けた。
陽光が目を刺す。
少し時間差で目が慣れて、彼女は漸く窓の外の景色をその目に収めた。
噴水を中心にした広場と、そこから放射状に広がる赤煉瓦造りの建築物。
整然と並ぶ歩道のタイルが照り返す陽射しが、町全体を明るく照らす。
通りは華やかなドレスやジャケットを着た紳士淑女で賑わい、まるで祭りのように出店が連なって装飾品やら何やらをやり取りしている、そんな写真の中のような風景がそこには広がっていた。
思わず、わぁ、と目を輝かせる。
一瞬その景色に浮かれた彼女だったが、近くにエリアが居ないことを思い出して、慌てて気を引き締め、勢いよく振り返って青年に詰め寄った。
「エリアはどこ!?」
そのあまりの迫真さに、クロは何故か手を上げて降伏しながら応答する。
「え、えっと、一緒にいた女の子っすよね!?大丈夫、安全なとこに搬送してます!心配いらないっすよ、てか、近い!」
「本当に!?」
「ほんとっス!!嘘つく理由ないでしょ!だからちょい離れて!」
彼は怖がっているというより、恥ずかしがっているように見える。
そんな彼のことなど気にも留めず、リュックは顎に手を添えて部屋の出口を見た。
「あ、私もう元気なんで。エリアの病室教えてください。様子が気になるので」
「嘘つけ!足震えてんじゃないすか、いいから横になっててくださいよ。あと、ここに居てもらわなきゃ困るんです。じっとしててください」
リュックは大人げなくむっとして、座ったままのクロに再度詰め寄る。
「わ、私だって困りますよ!エリアは影に襲われて怖い思いもしてるんだから、きっと今だって心細いでしょ!?私が一緒に居てあげないと駄目なんです!」
「母親かよ!とにかく、駄目なもんは駄目なんです!いいから、さっさとベッドに戻っ―――」
「うるせぇよクロ。病院だぞ、静かにしろ」
ヒートアップしかけたところで、部屋の出口の方から別の男の声がした。
「センパァイ!」
「誰!?」
二人同時に振返る。
そこには、クロと同じような茶髪、ただしぼさぼさな髪型で、死んだ魚のような眼をした眼鏡男が白衣を着て立っていた。
「悪い、待たせたな。俺の名前は―――」
「エリアに会わせてください!」
「人の話は最後まで聞こう?」
初手から自己紹介を遮られた男は、いいからベッドに戻れとリュックを目の前から押し返して気を取り直すのだった。
◇ ◆ ◇
男は、その名前をユアン・クラフェイロンと名乗った。
正体不明の研究機関の所長を名乗る男は、とても一機関の長を務めるほどの年齢には見えない。
ただ、その何かを常に見据えるような、気だるげなようではっきりとした眼差しは、心なしかリュックの居住まいを正させる力を持っていた。
「で、体調はどうだ―――と聞くつもりだったんだが、必要はなさそうだな」
「うん、元気です。だから、早くエリアに会わせて欲しいんですけど」
「ちょっと待てって。俺たちからしたらお前は身元不明の遭難者なんだ、ちょっとくらい聞き取りをさせてくれよ」
「…」
気が逸っていたことを少しずつ自覚し、うぅ、と唸るリュック。
「…わかりました」
「助かるよ」
そうして、リュックは再度ベッドに腰掛けた。
「まず一つ目。名前は?」
「…えっと、リュック、です。仮の名前ですけど」
「仮?」
彼女は、自分が記憶喪失になっていた事、エリアと出会ってからその名乗りを決めた事を淡々と話した。
「偽名だが、詐称する意図はない、と。成程な。じゃあ次。あの高原に倒れるまでの出来事を、なるべく詳細に話せるか?」
「それは―――」
話せる限りのことを話して、幾らかの質問と応答を繰り返した。
ただ、エリアが魔女だと分かるような発言は極力避けた。
エリアが今は安全な所にいるとしても、リュックの応答次第で彼らの顔色が変わることは容易に想像できる。
とにかく、下手なことは言わず、この質疑応答を早く終わらせてエリアに会いに行きたかった。自分が守ってあげられない状況で、彼女の正体がばれる前に。
ただ。話している中で、ふと、重大な疑惑が頭をよぎって心臓が跳ねた。
―――エリアの帽子は取られていないだろうか?
搬送の過程で帽子を外しているのなら、魔女の象徴である羊の耳が見られるのは必然だった。
もしかして、彼は既にエリアのことを魔女だと気が付いていて。私もそれに通ずる何かだと疑って、正体を明かすために問答を繰り返しているのではないか?
だとしたら、エリアは本当に無事なのか?
「エリアとはどうやって出会ったんだ?」
「―――エリアに会わせてくれたら答えます」
「駄目だ」
「どうして」
「確認が、まだ終わってない」
「確認って、何?」
「…」
煮え切らない態度を取るユアン。
さっきまでの焦りがまた吹き上がって、ついにリュックは彼に掴みかかった。
「ねえ、何か疑ってるならそう言ってくれたらいいでしょ!?まどろっこしい言い方しないで、聞きたいことそのまま聞いたらいいじゃないですか!エリアが何かしましたか!?私のなにが怪しいんですか!?」
クロが「ちょ、ちょっと」と止めに入ろうとするが、ユアンは右手でそれを制止する。
掴みかかられても尚冷静な面持ちを貫く彼は、落ち着いてリュックの眼を見た。
軽く息を吸って、彼はゆっくりと話す。
「…悪かった。わかった、この際単刀直入に聞く。…お前は、エリアの正体を知ってるのか?その上で、人として大切だと思うか?」
「エリアは魔女です。その上で、大切だと思います。当然」
リュックは、迷うことなく即答した。
この後の彼の返答次第では、無理やりにでもエリアの居場所を聞き出して逃走する覚悟で。
「…そうか」
ユアンは、何か決断をするように息をついた。
「知ったうえで、守ろうとしてんだな。―――さっきの言い様で、俺も色々察したよ。…安心しろ、俺達はお前の味方だ。魔女を排斥するような真似はしない」
「…?」
訳が分からず、リュックはぽかんとユアンの目を見つめている。
彼は咳払いをすると、居住まいを正してリュックの目を見据えた。
「悪かったな、改めて自己紹介するよ。俺は中央バルべニア魔術素子研究機構の所長、ユアン・クラフェイロンだ。魔術素子の研究絡みで、影の呪いのあれこれも研究してる。魔女とも縁が無いわけじゃなくてな。―――要するに、お前の味方だよ」
リュックは、驚いて目を見開いた。
クロはなんだか自慢気にリュックの様子を見ている。
少し間が開いた後、リュックはゆっくりと口を開いた。
「―――中央バル…なんて?もう一回お願いします」
当然ながら、突然の急展開と新用語にリュックは着いて行くことが出来なかった。
ユアンとクロは揃ってずっこけた。
呪い、というのは要するに影の獣のことだった。
中央バルなんとかという研究所で、彼はその正体を知るべく研究を重ねていた。
公的な目的は、生活を脅かす影の獣の排除。
影の獣の正体を暴くことが魔女を守ることにも繋がると彼は言うが、それがどういう理屈なのか、そもそも彼はなぜ魔女の味方としての立場を取るのか、彼は「細かい部分の説明については後で」と詳細を省いた。
「回りくどい聞き取りをして悪かったな。実際のところ、疑ってたのはエリアじゃなくてお前の方だったんだよ」
「私?」
「ああ、魔女を騙して悪い儲け方をする輩もいるって聞くからな。お前もそういう類の人間じゃないとは言い切れないから、念のため隔離して個別に聞き取ることにしてたんだ」
「それを言ってくれるってことは、もう疑いは晴れたって事?」
「ああ。質問への答えはエリアの証言とおよそ一致するし、振る舞いをみても悪いことを考えてる様子は無いからな」
そう聞いて、ようやくエリアの無事を知ることが出来たリュックは安堵した。
横から、クロが補足する。
「ていうか、エリアさんからの証言を貰った時点で殆ど疑いは晴れてたんスよ?だけど先輩が、両者からの証言を聞くまでは信用できないっていうから…」
ユアンが横目にクロを見る。
「ちょ、怖いっすよ先輩。わかってますよ、こういうちゃんとした確認と承諾が必要ってのは…。今のはリュックさんを励ますための一言っていうか、ね?」
「別に睨んでねぇよ。ただ、お前はいずれその思考で損するぞって思っただけだ」
「お堅いっすねぇ」
「うるせえ」
その二人の様子を見て、彼らが敵ではないということを再認識するリュックだった。
「エリアはこの病院には居ない。ちょっと離れたところにいるんだ。病院に外出手続きして、さっさと行こう。車で送ってやる」
車があるのか、とか免許取れる年齢なのか、とか色々思ったリュックだったが、情報の多さに若干脳が処理落ちしていた彼女は、うんと頷いてただただ着いて行くのが精一杯だった。
◇ ◆ ◇
運転を担ったのは、ユアンではなくクロだった。
レトロな白い車の後部座席に乗せられたリュックは、窓の外を流れる街並みをぼんやりと眺める。
道路の脇には等間隔に電灯が並んでいて、赤や白の旗が下げられていたり、何かの広告が付いていたりする景色の下、往来では先程病院の窓から見たような紳士淑女が闊歩する姿が見えた。
車に乗せられて、窓から街の景色や空を眺めて―――そんな穏やかに感じる時間が、少し懐かしく感じる。
車が止まってふと前方を見る。信号ってあんな形だったっけなぁ、と考えていると、歩道の方から誰かの声がした。
「センセェー!!」
助手席に座るユアンが、面倒そうに自分側の窓を開ける。
「せんせー何やってんの?こんな時間にドライブとか珍しくない?」
ユアンに話しかけているのは、リュックよりも年下に見える女の子だった。
黒い髪とやや低い背丈、周りの人々と比べてやけにカラフルな衣服。
肩に届かない程度の髪の長さとその言動から、少し手に余るほどの元気さを持つ少女であることが伺えた。
「仕事だよ仕事。こんな騒がしい昼間に街中ドライブなんて誰がするか」
「なんだ、つまんないの。ちょっとこっち寄ってってくれたらよかったのに」
「どうせまた意味不明なお絵かき教室が始まるんだろ?暇でも行かねぇっての」
「またまたぁ、そう言っても結局来るくせにぃ」
「前のはクロがうるせぇから行っただけだっつの」
「ふぅん」
少女は、少しにやつきながら鼻を鳴らした。
「先輩、信号変わるんで進みますよ」
クロが横目に伝えると、ユアンは「おう、行け行け」と急かした。
去り際に彼が少女に手を振る。
「ばいばい、カミヤちゃん」
「ばいばーい」
少女は、クロの笑顔に合わせてにっと笑って手を振った。
車が出る瞬間、一瞬だけその子とリュックの目が合った。
特にやりとりはなかったのだが、何故かお互いに、その瞬間見た相手の表情を忘れられないでいた。
しばらくその女の子のことを考えているうちに、車は目的地に着いたようだった。
「ほら、行くぞ。寝てたのか?」
「あ、いや。大丈夫」
そう言いつつも、車を降りるときリュックは少しふらついた。
降りた先に見えたのは、鉄柵の門と、花畑のような広い庭。
その更に先には、いかにもお金持ちが住みそうな邸宅が構えられていた。
「ここにエリアが?」
「ああ。ここの家主は俺の知り合いで、話の通じる医者だ。頭に布被せて入院させるより、こっちに連れてくる方が安全だったからそうしたんだよ」
「なるほど」
ユアンは、門の横にある機械のようなものに手を伸ばす。
「マリー、来たぞ。開けてくれ」
ユアンが機械に向けて話すと、女性の『はーい』という声の後、鉄柵から鍵が開くような音が聞こえた。
「え、インターホンあるの…?」
「何か変か?」
「い、いや、別に…」
想定外に現代的な光景の連続に、リュックの感じていた新天地に対する世界観のようなものは大分崩れていた。
「行くっすよ、リュックさん」
クロからの声掛けに気を取り戻したリュックは、慌てて二人を追いかけて邸宅へと向かった。
再会は衝撃的なものだった。
「あ、リュック!元気そうでよかったぁ!」
そう満面の笑みで告げるエリアの口の周りは、生クリームで大変なことになっている。
「えっと…エリア?どういう状況…?」
状況を飲み込めないリュック。傍らで、ユアンとクロも大分呆れた顔をしていた。
「見て見て!これ、シュークリーム!こんなにカスタードいっぱいなの、初めて食べたよ!?すっごい美味しいの、リュックも食べて!」
「いや、食べ物のことではなく…もごもご」
抵抗できずに差し出されたシュークリームを咥えるリュック。
エリアの目は、リュックと出会った時と同じくらい輝いていた。
「知り合いのお店のやつなんだぁ、気に入ったら今度買いに行ってみてね」
奥のテーブルから呑気に声を掛けるのは、綺麗な白い髪をした女性。
「マリーさん、なんだか楽しそうっすね」
クロは、耐えきれず笑ってしまっていた。
「うん、エリアちゃん、すっごくいい子なんだよぉ。聞いてみたら、お医者さんに憧れてるんだって。名前呼びでいいって言ってるのに、私のこと先生って」
「やっぱ、先生呼びされるのって嬉しいんすかね?」
にやりとユアンを見るクロ。ユアンは若干恥ずかしそうに「うるさいな」と目を逸らす。
「こんにちは、その、リュックです。エリアと一緒に旅をしてました」
「待ってたよ~。私はそこのメガネくんの研究に協力してる、マリー・ラカミエ。気軽にマリーって呼んでねぇ」
「は、はい。よろしく、マリー」
「よろしくねぇ」
ゆっくりと話すマリーの口調に調子を狂わされて、リュックはやけに緊張して挨拶を交わす。
その間、エリアは夢中で二個目のシュークリームを食べていた。
「―――んじゃ、まあ二人揃った訳だし。今後の話でもするか」
呑気におやつタイムに入りかけていた一同だったが、ユアンだけは至って真面目に話を続けようとする。
そんな彼の気など知らず、お菓子に目が眩んだクロとマイペースなマリーはてんで協力する様子を見せなかった。
「ん、ユアンも一個くらい食べてからにしたら?美味しいよぉ」
「そっすよ先輩。リュックさんもエリアちゃんもちょっと休みたいと思いますよ」
「お前らさぁ…」
呆れて頭を押さえるユアン。「じゃあ、気の済むまでコーヒーブレイクしてくれ」と言って上座の椅子に座ったユアンは、特に何か食べるわけでもなく彼らが休憩する様子を見ていた。
「ええと」と、少し申し訳なさそうに周りを見渡すリュック。
「その…助けてくれて?ありがとうございました。あのままだったら多分、私たちはまた危険な目に遭ってた」
エリアも、はっとして「ありがとうございました」と頭を下げる。誰に向けてお辞儀をすればよいかわからなかったのか、円を描くようなおかしなお辞儀をした。
「ああ、それはまた今度会うエドってやつに言ってくれ。あいつ、エリアが魔女だと気付いて弾丸みたいに救出しに行ってたからな」
ユアンがどこか遠くを視るように視線を流す。
「エド?」
「ああ、この街の衛兵団、哨戒部隊長だ。そいつと俺、マリーの3人は特に心配しないで魔女の話をしてくれていい」
「ちょ、先輩。俺は?」
「お前は助手だからな。相談の窓口にはならねぇだろ」
クロは「えぇ~」と不満げに食い下がった。
ユアンの言葉を聞いて、エリアは少し嬉しそうな顔をした。
同時に、この街のみんなが同じように接してくれる訳ではないのだと認識を改めた。
のんびりとお菓子に手を伸ばしつつ、おおまかな二人の状況が整理される。
高原に倒れていた二人は、エドという人物が率いる部隊によって救出された。
彼によって、エリアの素性は隠されたままこの街まで搬送される。
身元不明のまま連れてこられた二人のうち、エリアについては、保護対象としてマリーが自宅へ受け入れた。
リュックについては、魔女を引き連れていた怪しい人物として、病院の個室に隔離する形で入院することになる。
この街に着いてから、二人とも丸一日近く眠っていた。
エリアはリュックよりも少し早くに目覚め、ユアンとマリーに事の顛末を話していた。二人が出会ってから今に至るまで、おおよそ包み隠さずに。
初対面の相手に対してここまで詳しく話したのは、リュックに疑いの目が向けられている状況をどうにか打破したかったからなのだという。
自分が今こうして無事に話せているのも、この街に来ることが出来たのも、全てリュックのお陰なのだと彼女は必死に弁明した。
リュックと再会する際に異様に上機嫌だったのは、自身が魔女だという事実を開示しても受け入れてもらえる場所に出会えたこと、その環境に出会わせてくれたリュックと無事に再会できたことの喜びが爆発した結果であった。
勿論、シュークリームが美味しかったことも理由の一端ではある。
因みに、リュックの頭の傷は並みの人間とは思えないほどの速度で回復しており、外出手続きの際に医者から「なんで平気なの?」と本気で困惑されていた。
「―――そっか、ありがとね。エリア」
「あ、う、うん」
エリアはだいぶ恥ずかしそうに顔を下げる。
リュックは一瞬エリアにハグでもしようかと考えたが、状況を考えて笑いかけるだけに留めた。
「それで、ここは何ていう街?フルリール?」
リュックがそう聞くと、マリーは「え」とユアンの顔を見た。
「…あれ、俺、言ってなかったっけ」
「ユアンくん?」
「わ、悪かったって。セブレムの正式名称で十分わかるかと…」
ユアンは咳払いして、改めて説明を加える。
「ここは、薔薇色の街バルベナ。首都パリに次ぐ大都市で、フランス一の研究機関を擁する先進都市だ」
「…バルベナ」
その名に聞き覚えは無かったが、他の単語にリュックは聞き覚えがあった。
「フランスって、この国の名前?」
「…記憶喪失とは聞いたが、そこまで忘れてんのか。ああ、その通りだよ」
そもそもこの国がどこだかわかっていなかったという事実に、エリアは「あっ?」と変な声を出していた。
「もしかして、リュックってこの国の出身でもないの…?」
マリーが小さな声で「じゃあ、ブリテンのほう?」と呟くと、ユアンは「ブリテンだったら言語から違うんじゃないか?」と指摘する。
「…ううん、どっちでもない気が」
リュックがそう小さな声で答えると、ユアン、クロ、マリーの三人は「え?」と揃って首を傾げた。
「え…何?私、変な事言った?」
「いや、だって」とマリーは周りと目を合わせる。
「フランスとブリテン以外に、国があるの?」
彼女は、決して冗談を言うような表情をしておらず。
エリアは、なんにもわからないという面持ちで次のシュークリームを口に咥えた。
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