🥺
絵空こそら
ぴえん
『ぴえん🥺』
って、投稿するか迷った。
だって麗奈たちは私を置いて遊びに行ってしまったのだし、しかも悪びれない様子でインスタに写真をアップしているわけだし。ここで、ツイッターとはいえ『ぴえん🥺』なんて投稿したら、嘲笑の的になりそうで、なんだか嫌だ。でもそれ以上に、この感情を吐き出す場所も欲しかった。
投稿ボタンをタップできないまま溜息を吐く。いずれにせよ今の私は惨めだ。友達(仮)には置いていかれるし、外の非常階段に一人だし。
「あれ?先客がいる……」
すぐ近くで声がして、驚いた拍子にスマホを落とした。カンカンカン。耳を塞ぎたくなるような音を立てて、金属製の階段を転がっていく。後ろに立っていた人物は、二段三段とばして階段を降り、軽い身のこなしでスマホをキャッチした。
「あぶねー。一気に下落ちなくてよかったね」
はい。手渡される。
「どうもありがとう」
たしか、一組の高遠だ。運動部でもないのに体育祭のリレーでアンカーだったから、目立っていた。
高遠は私の顔をじっと見た。
「その顔、ぴえん、ってレベルじゃなくない?」
反射的に手を頬に当てる。今私、どういう顔してんだろう。
高遠は私の隣に腰を下ろした。なんで隣。話したのも今が初めてなのに。ちょっと腰を浮かせて距離をとる。
高遠は鞄から菓子パンを取りだし、真っ二つに割った。
「ほらお食べ」
「え、要らない」
「いいからいいから。腹が減っては戦はできぬというし」
「戦しないし。親に知らない人から食べ物貰うなって言われてるから」
「小学生か!お堅いな。昼に購買で買ったやつだから大丈夫だって」
言いながらひとりでわぐわぐ菓子パンを齧っている高遠。なぜ今。
放課から一時間以上は経っている。家に帰ったら夕飯が食べられなくなるのでは?
「フフ、やっぱり食べたいんでしょ」
視線の何を勘違いしたのか、仕方ないなあ四分の一あげるよと言って高遠はまたパンをちぎった。要らんと言うに。でも目の前に差し出されたふわふわが美味しそうだったので、観念して頂くことにした。
「高遠くん、何してんの?こんなとこで」
「うん?帰宅前のエネルギー補給」
「家帰った後夕飯入らなくならない?」
「うーん、夕飯ないから」
「え?」
「これ晩御飯」
「嘘」
「ほんと。交通費としてもらってたんだけど、パン買っちゃったよ。家までは歩けば着くけど、飯は買わんと食えんじゃろ」
あまりにも違う家庭環境に愕然とする。交通費なんて親が出すのが当たり前だし、家に帰れば当然のように夕飯が用意されていると思っていた。
「家まで何分?」
「一時間くらい?その間に消化されちゃいそうだけど、何も食わないよりはマシだから」
「なんでそんな大事なもんも人に分けちゃうわけ?」
「だって、ぴえんとか書いてたし。ご飯食べると元気になるでしょ」
馬鹿か。自己犠牲の精神か。幸福な王子か。
猛烈な批判を口の中でぐっと押さえて、「ありがとう」と言った。
「いいっていいって」
口にパンを突っ込んだまま器用にビニール袋を畳み、高遠は立ち上がった。
「俺帰るわ。じゃあね」
「あっ、待って」
急いでスクバの中をまさぐり、投げる。もうだいぶ暗いというのに高遠は見事にキャッチした。
「そんなのしかないけど。パンくれたお礼」
家から持ってきて結局飲まなかった野菜ジュース。高遠は「おー!ビタミン源!」と言って両手を挙げた。
「ありがとう」
暗い中でもわかる。その笑顔の眩しさったら。
カンカンカン、軽やかな足音が聞こえなくなってしまうと、私は膝に顔を埋めて再度溜息をついた。
こりゃぴえん🥺どころじゃないわ。
🥺 絵空こそら @hiidurutokorono
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