19.怖いもの知らずなお年頃
―― 台所では数名の使用人達が、入れ代わり立ち代わりで介抱に使う物を準備していた。
ケーレン医師の令により、体温を下げるための冷やしたタオルを大量に作っておくように指示を受けていた彼女達は、乾いたタオルを各所から掻き集めてくると皆で濡らして、できた者から駆け足で冷蔵倉へと運んでいった。
しかし……部屋の
「ハァ……まだコレ作んないといけないのぉ? こんなにたくさんあっても使わないでしょ……」
そう愚痴をこぼしたのは、いつも食堂でイリファスカを嘲笑っている二人組の片割れ……ピアスーだ。
いつもつるんでいるメリヒェルと共に侯爵家で
真剣さに欠けている二人を、イリファスカはじめ、ユタル家令や他の年長の使用人らが叱らない……いや、
ともかくセルヴェンの怒りどころが分からない屋敷の関係者にしてみれば、少女らはとにかく面倒で、“触らぬ神に祟りなし”といった存在なのだ。
メリヒェルはぼんやりとした子で、他人に流されやすいという欠点を除けば、平凡な少女であった。
問題なのは、ピアスーの方だ。
ピアスーは若くして
―― だらだらと乾いたタオルの山から一枚引き抜き……雑にしぼっては、荒い動作で完了済みの
「おばさん、ホントに死んじゃうのかなぁ……?」
「死ぬでしょ。お医者様がヤバいって言ってんだから。あーあ……あの人が死んじゃったら、あたしらの見習い期間どうなっちゃうんだろ? 免除か継続ならいいけど、また別のお屋敷でイチからやり直しなんて言われたら……たまったもんじゃないよねー」
あるじの生死が懸かった状況でとんでもなく非常識な発言をするピアスーに、後方で作業していた他の使用人達は驚愕の面持ちで二人を振り返ったが……当人達は突き刺さる視線に気付きもしない。
ピアスーの文句を聞いたメリヒェルは、手元を止めて“ん〜”と唸りながら、考えを整理した。
「それって他の子よりも遅れて貴族学校に入学するってこと……?」
リスイーハ王国に暮らす貴族の少年少女は一定の年齢を越えると、十五歳になるまでの数年間、家格が上の貴族の屋敷で行儀見習いとして使用人の役をこなさねばならなかった。
それは貴族のしきたりや礼儀などの基礎的なことを学ぶためであり、見習い期間を終えた子供達は貴族学校へ入学した後、十八歳の成人を迎えるまでの間、各々が身に付けてきた教養をさらに
メリヒェルは貴族学校に通う日を楽しみにしていた。
何と言っても学校は“共学”。同い年の友達をたくさん作って人脈を広げ、華々しい結婚生活を送るために素敵な男性を捕まえる―― !
……はずだったのに、自分だけ入学時の年齢が他の生徒より進んでいると、いくら正当な理由があっても悪目立ちは避けられない。
そう考えると、メリヒェルはわずかながらに抱いていたイリファスカへの思いやりの気持ちも、どこかへ失せてしまった。
「うぇぇ……それ最悪ぅ〜〜!! ってかピアスーってば、普通こんな非常事態に自分の将来の心配する? アンタってば人の心なさすぎぃ〜〜!」
……染まりやすいメリヒェルは、生活を共にしていたピアスーの気質にすっかり
ピアスーはケラケラと笑うメリヒェルに鼻を鳴らすと、また一枚タオルをしぼって籠に放り投げて言った。
「だって無理して熱出したおばさんが悪いんじゃん。ずっと休め休めって注意されてたのにさぁ、それでブッ倒れたって自業自得でしょ? 勝手に病んだババアのせいでウチら夜ごはん抜きで仕事させられてんだから……もしかしたら夜中もこうやってタオルしぼり続けさせられるかもしれないんだよ? ハァ〜〜ッ……ホントいい迷惑っ! 死ぬならさっさと死ねよって感じ!」
「キャハーーッ!! その発言はヤバすぎぃ〜〜っ!! アンタ絶対祟られるよぉ?」
「あんな気の弱いババアに何ができんの? 睨んだら余裕で撃退できそぉー」
「キャッハハハハ!! ザコ幽霊じゃんっ!! 死んでも何もできないとかウケるぅ〜〜!!」
……キャッキャとはしゃぐ声を耳にした使用人達は、少女らを“人ならざるもの”のように見つめ、不快感を露わにしていた。
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