第9話 没。やり直し。

<やり直し。>


 薄暗くて埃っぽくて気味が悪いくらいに静かな金融課の小屋に戻ると。机の上に<やり直し。>とだけ書かれたメモが置かれていた。


 アリーザの姿はない。きっと昼休みの間に戻ってきてメモを置いたのだろう。

 

 午前中にまとめたはずの報告書を探したところ、それらしきものの残骸がアリーザの机の下のくずかごから出てきた。


「なんなのよ、これ」


 フレイは怒っていた。


 仕事のやり方も、何のための仕事かも教えずに、できあがったものに対してやり直しとだけ告げる。


 そんな暴挙が許されて良い者だろうか?


 ついさっき、アンに対して辞める気はないと言ったばかりであるが早くも決意は揺らぎかけている。

 もしかしたら、本当に自分は嫌がらせで金融課に配属にされたのでは無いか?と本気で思ってしまった。


 一体私が何をしたと言うんだ。

 面接で舐めたことを言い過ぎたか?

 だったら最初から採用しなきゃいいじゃ無いか!


 そんな感情をすべて飲み込んで。自分に言い聞かせるように言った。

「こうなったら完璧な報告書を完成させてやる!」


 そうやって衛兵の日記を読む作業に戻ったのはよいものの、すぐに手が止まってしまった。


 完璧な日記の報告書って何だ?


 そもそも、この報告書は嫌がらせのために書かされているのでは無いか?


 結局、その日一日かけて完成させた報告書は午前中に作成して没になったものとほぼ変わらない、衛兵の日誌をただ写しただけのものだった。


 衛兵のスキャンダルには相当詳しくなった気がする。


 もうろうとする意識の中で、時計の針の音だけが時間の流れを意識させていた。


 もはやなにも考えることができずに報告書を書いていると、唐突に背後から手が伸びてきて書きかけの報告書を掴むと片手でぐしゃぐしゃに丸めてしまった。


「な、何をするんですか?!課長!」

 そこにいたのはアリーザだった。

「何って没だよ。やり直しするんだから古い報告書はいらないだろ?」

 背後に立つアリーザの表情を伺うことはできなかったが、その声からは明らかに喜色がにじみ出ていた。

「だからって、ここまで頑張ったんです!」

「頑張ってもゴミ増やしてるのか?とにかくやり直しだ」


(ああ、やってられない……)


 フレイは、椅子の横に置いていた鞄を手に取って椅子を後ろに倒すように立ち上がった。椅子はアリーザにあたり倒れなかったが。


「どうしたんだ?仕事はまだ残ってるぞ?」

「帰ります。定時なので……」


 厳密には定時はもう過ぎていた。


「おいおい、まだ進捗はなしだろ? こんなんで1週間後に全部の報告書は上がるのか?」


 アリーザがやや演技がかった言い方で問いただしてくる。しかし、そんなことフレイは知ったことでは無かった。フレイは帰って寝ることしか考えていない。


 フレイは、アリーザの脇を通り抜けて部屋から出て行ってしまった。その際に書物や書類の山をいくつか崩したが気にする様子は見せなかった。


 どうせ、もう戻ることは無いのだから。







 フレイが出て行ったのを見届けたアリーザは、積もった書類を雑にどかして発掘したソファーに倒れ込むように座った。


「なあ、シャス。どこから見てたんだ?」

 フレイが退出し、アリーザの他には誰もいないはずの場所に向かってアリーザは語りかけた。


「おかしいな、完全に隠れていたはずなのですがね」

 返事とともに書架の陰が揺らいで現れたのは、朝にフレイたち新人職員を案内していた妖精のシャスであった。

「あたしはコツをしってるからな。で、もう一度聞く。どこまで見てたんだ?」

「最後の方だけですよ」

「そうか。で、どう思った?」

「あなたのやり方は、人を潰してしまいます。いままでもそうだったはずです」

 言いにくそうに言葉をひねり出したシャスに対して、アリーザはにやりと笑った。

「そうならないように手伝ってくれるんだろ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る