第6話 初仕事は日記の閲覧

 課員がいないとはどういうことだろうか?アリーザ一人ですべての業務をやっているのだろうか?

 

 もしくは。金融課とは名ばかりの資料整理係で気に入らない人をやめさせるためのいわゆる追い出し部屋?


 フレイの混乱をよそにアリーザは資料の山を移動させて机を出現させた。

 本やバインダーが積み上げてあってよく見えないだけでこの部屋にはいくつかの事務机に加えて、応接用セットや仮眠用のベッドまであるらしい。


「ここがあんたの机だ。ところで名前は?」

「あ、フレイです」

「そっか。じゃ、フレイ。これを今日中に」

 そう言ってアリーザはバインダーの束を机にのせた。

 部署の案内も、仕事の概要の説明もなしにである。もっとも部署の案内に関しては案内する場所も案内する人もいなそうではあるが。


「どうした?いつまで突立ってんだ?」

 フレイが慌てて席につきバインダーを開くと、それは街の衛兵の日誌だった。


「えっと、これって何ですか?」

 資料を間違えたのでは無いかと思いおずおずと訪ねると、ちらっと視線をずらして資料を一瞥したアリーザは当たり前のように答えた。

「なにって衛兵の日誌だよ。ほぼ日記みたいなものさ」

「わたしは、この日記を読んでなにをすればいいんですか?」

 正直に言ってギルドの職員が衛兵の日誌を読む意味が分からなかった。ギルドはダンジョンに関する強大な権限を持っている一方で、ダンジョン内部での犯罪にかんして衛兵の介入を許さないことから衛兵との仲は悪いというのがフレイの認識であった。


「あんたは日誌を読んで、冒険者が起こしたり関わっていたりする事件を資料にまとめておきな。ちなみに、日誌はこの山10個分あるから、まあそのつもりで。あ、冒険者の一覧はこの資料だから。今日中にこの一山は片付けておきな」

 そう言いながらアリーザは追加でバインダーを7,8個積んでフレイの机に山を作った。

 

 果たしてこれはギルドの仕事なのだろうか?百歩譲ってギルドの仕事であったとしても、これは金融課の仕事なのだろうか?


「じゃ、あたしは出かけてくるから。サボるんじゃないよ」

 フレイが資料の一ページ目を眺めながら放心しているのを尻目にアリーザはのしのしと資料の隙間を歩いて小屋から出て行ってしまった。


 バタンと大きなをたてて扉が閉まると、部屋は静まりかえった。


 中庭の真ん中という立地故に周囲のオフィスや冒険者の喧噪も聞こえない。

 どこかに埋もれているらしい時計がチクタクと時を刻む音だけが鮮明に聞こえる。


 思いっきり息を吸う。

 そして。

「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 息が続く限り発した声は、膨大な紙の山のせいで反響せずに吸い込まれていった。


「仕方がない。仕事をしよう」

 

 主に自分に言い聞かせるように独り言を発して資料に目を落とす。


<今日の朝御飯は豚骨らーめんだった。昨日の晩ご飯の残りだが、2食連続の豚骨ラーメンはおなかに悪い気がする>


 バインダーをそっと閉じた。

 きっと、資料の中に私的な日記が混ざっていたに違いない。 そう思い、別のバインダーを開いた。


 <5月15日、今日も街は平和である。>

 <5月16日、今日も街は平和である。>

 <5月17日、今日も街は平和である。>

 <5月18日、今日も街は平和である。>

 <5月19日、出勤中に犬の糞を踏んだ。それ以外は平和である。>

 <5月20日、今日も街は平和である。>


 同じ内容と、どうでもいい個人的な不幸が全ページにわたって書かれていた。

 読みながら衛兵に転職すれば良かったかもしれないと思い始めたが、後の祭りである。今のフレイの仕事は衛兵の日誌を読むことだ。


 時折、喧嘩の仲裁をしただの、飲み屋で騒いでいただのの記載があった。

 その箇所だけ書き出して、冒険者の名簿に合致する名前があれば報告書に書くという作業を繰り返しているうちに昼休みの鐘がなった。


 ほとんどの時間は衛兵の私的な日記を読んでいたので今度衛兵とトラブルになったら脅迫のネタにしてみようと密かに決意をした。 

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