みんなが美少女だと噂するその女の子、実はみんなが地味子だと笑っていた俺の彼女です。

白玉ぜんざい

第1話


『榊咲斗くん、あなたのことが好きです。わたしと付き合ってください!』


 あれは文化祭の最終日。


 日の沈んだ屋上。グラウンドでは後夜祭で盛り上がる生徒たち。少し遠くで賑わう声が聞こえていた。暗くなり始めたこともあり、そのときの彼女の顔はしっかりと見えはしなかった。


 でも、俺の方をしっかりと見つめていたのは分かった。


 どこにでもある、ありふれた平凡な告白だった。

それでも鮮明に記憶に残っているのは、きっと俺にとってその日のその告白、その言葉一つ一つがたまらなく嬉しかったからだろう。


 その日、俺に初めての彼女ができたのだ。


「おい、咲斗!」


 ぼーっとしていた俺の名前を呼んだのは一人の男子生徒だ。


 帰りのホームルームがいつの間にか終わっていて、周りの生徒は帰り支度を済ませて既に教室を旅立っていた。残っているのは数人。部活もバイトも約束もない暇な生徒だけ。


 目の前にいたのは城戸恭也。

 中学のときからの友達で高校でも最も仲の良い相手だ。短い茶色の髪、いかにもスポーツマンですと言っているような引き締まった体。恭也はバスケ部の期待の新人らしい。


「ん?」


「なにぼーっとしてんだよ。もう放課後だぞ」


「ああ、ちょっと考え事してた」


 俺が言い訳がましく言うと、恭也はやれやれとでも言うように溜息をついた。


「榊は彼女のこと考えてたんだよな?」


「ラブラブだもんなー」


 少し離れたところで、恭也とのやり取りを聞いていたクラスメイト二人――高木と佐藤がからかうようにそんなことを言う。事実なので否定するのも何だか躊躇ってしまう。


「一つ気になってたんだけどさ、訊いていい?」


 そのうちの一人が言う。

 俺は頷く。


「ぶっちゃけさ、なんで香月と付き合ったの?」


「確かに。あんまり可愛くないよな。地味っていうか、根暗っていうか、あんまり喋ってるとこも見ないし、笑わないし。いいとこなくね?」


 香月ひなた。

 俺の彼女だ。


 確かに大人しくて、悪く言うなら地味というのも納得できる。可愛いかどうかなんて人それぞれの好みがあるし、俺は香月を可愛いと思っている。なのでそれは言われてもいいのだが、根暗とか喋らないとか笑わないとか、それは間違いだ。彼女はポジティブだしよく喋るしよく笑う。


 それでいて話も合う。

 俺からすればいいとこだらけなのだ。


「あんまり人の彼女のこと悪く言うもんじゃねえぞ」


 俺が言い淀んでいると、それを察したのか恭也が軽い調子で言う。


 恭也はこのクラスの生徒ではないが、その容姿の良さやバスケの上手さ、気さくさもあって割と顔が広い。クラスメイト二人も恭也の言葉に「悪い悪い」「そんなつもりはないんだよー」と笑って返す。


「ホントに、気を悪くしたなら謝るぞ」


「いや、別に気にしてないから」


 好奇心とかだろう。

 人の恋愛沙汰が気になるのも無理はない。俺だって他の奴らの恋バナには興味あるし。残念ながら周りに恋人持ちがいないんだけど。


「そんなことより、なんで恭也がここに?」


「今更かよ」


 思い返すと、他のクラスの恭也がこのクラスにいるのはおかしい。たまに昼食を一緒に食べたりもするけど、放課後にここに来るのは珍しいことだ。入学してから半年も経ったが、片手で数えれるくらいしかなかった気がする。


「ホントは昼休みに返しに来ようと思ってたんだけど、ちょっと部活のミーティングがあってな。だから部活行く前に寄ったんだ」


 言いながら、恭也はエナメルのカバンから紙袋を取り出して机に置く。その中には俺が貸した漫画が数冊入っていた。


「別に急いでなかったのに」


「いいだろ。なんか返さないと気持ち悪いんだよ。あと、続き持ってきてもらわねえと」


「そっちが本音か」


「まあな」


 と、恭也は人懐っこい笑顔を見せた。そして「じゃあ俺はもう行くわ、遅れると先輩が怖えんだ」と笑いながら言って、早足で教室を出て行った。


「告白って榊からしたの?」


 恭也が出て行ったあと、クラスメイト二人は再び話題を戻す。


「いや、あっちから」


 俺が言うと、二人は驚いたように「まじか」とか「意外だな」とかを口にする。


「仲良かったの?」


「委員が一緒だから、喋る機会は多かったかな。さっきの質問の答えだけど、一緒にいて居心地がいいというか、落ち着くんだよ。それに楽しいし」


 俺の答えに二人は感心したような声を漏らす。そんな感じのリアクションをされると何だかこっちが照れてしまう。この話題はこれくらいにしておくべきだな。


 なんてことを考えていると、教室のドアが開く。

 中に入ってきたのは香月ひなただった。


 それを見たクラスメイト二人は慌てて帰り支度をして「じゃあな榊」「また明日」と軽い挨拶を済ませて教室を出て行った。逃げるように出て行く必要もないだろうに。さっきの発言とかもあって後ろめたかったのかも。


 気にする必要ないのに。


「なに話してたの?」


 黒髪ロングの髪を三編みで纏めるメガネ少女。


 制服のカッターシャツは一番上までボタンを留めているし、リボンもしっかりと締めているところからも彼女の真面目さは伺える。胸はそこそこ。それでも全体的に見ればスレンダーなので気にはならない。


「別に。ただの雑談」


「嘘ね。目を逸らしたもの」


 ジトーっと香月が睨んでくる。


「人間、目を逸らすことくらいあると思うけど」


「榊くんは嘘をつくとき右上を見るのよ」


「まじか」


 知らなかった。

 俺にそんな癖があったとは。


「その反応をするということはやっぱり嘘なんだ」


 言いながら、香月はおかしそうにくすくすと笑う。

 しまった。これは嵌められたッ!


「騙したのか?」


「どうかしら」


 今度は彼女はわざとらしく目を逸らした。

 とはいえ、クラスメイトにどうして香月と付き合っているのか訊かれてた、なんて言えないしなあ。


「別にいいんだけどね。言わないなら無理には訊かないし」


「あ、そうなの?」


「うん」


 どうやら助かったらしい。そういうことなら彼女の気が変わらないうちに話題を変えるとしよう。


「香月はどこ行ってたんだ?」


「ちょっと先生に呼ばれてて。その用事を済ませてたの」


 それで教室にいなかったのか。

 いつも一緒に帰るのに、今日はいなかったからおかしいと思ってはいたけど。


「榊くんは待っててくれたの?」


「うん、まあ」


 俺は即答する。


「それも嘘ね」


 くすりと香月は笑う。


「どうして?」


「目を逸らしたもの」


 訊くと、彼女は俺に期待の眼差しを向けながら言う。


「同じ手は二度も通用しないぞ」


 だから、今度は俺が睨んでやる。すると、香月は楽しそうに笑った。


「それは残念」


 そう。

 香月ひなたは確かに地味かもしれないけれど。

 こうして口数も多いし、よく笑う。冗談だって言うし、前向きだ。


 でもきっと、それは彼氏である俺だけが知っていることなんだろう。周りが香月のことをどれだけ悪く言おうと、俺が彼女のいいところを知っているからそれでいい。


 彼女が俺だけに見せる一面。

 それを知れることが何よりも嬉しいのだ。

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