第26話 冴無良平

 ダイヤモンドダスト。

 魔法少女スピカの必殺技により須藤王によって生み出された魔物は粉々に砕け散った。

 そして、それと同時に須藤王もまた気を失った。


 その様子をスピカは悲し気に見つめていた。


「なーんだ、スピカちゃん無事だったんだ」


 不意に気の抜けた明るい声が響き渡る。

 スピカが振り返るとそこには隣町の魔法少女である魔法少女シリウスの姿があった。


「隣町のあなたがどうして?」

「どうしてって、魔物の反応が出てるのにいつまでも消えないからさ、てっきりスピカちゃんがやられてるかと思ったんだよ? シリウスちゃん、めっちゃ急いで来たんだから」

「そうだったの。それは心配かけたわね」

「本当だよー。まあ、解決したならいいけど――って、おにーさんいるじゃん」


 そう言うと、シリウスは静かに眠っている冴無良平のもとへ近づく。

 その行動はスピカにとっては意外なものだった。


「知っているの?」

「うん? まーね、このおにーさん今朝海で溺れてたんだよ。バカだよねー」


 良平の頬をステッキでつつきながらシリウスが笑う。

 だが、突然その表情から笑みが消えた。


「まあ、覚えてた理由はそれだけじゃないけど。とりあえず、丁度いいし決めよっか」

「決める?」


 シリウスはステッキの先端を良平に向けながら立ち上がり、スピカの方に顔を向ける。

 その目はスピカがよく知る魔法少女としてのシリウスの目だった。


「うん。もしかして、スピカちゃん気付いてない? このおにーさん、魔が憑いてるよ」


 シリウスの言葉にスピカは息を呑む。

 その宣言は、冴無良平という少年が魔物になりかけているという事実を示していた。



***<冴無>***



『冴無君、お弁当作り過ぎちゃったんだけど良かったら食べないかしら?』

『なんでだよ。俺以外に誘えるやついるだろ』

『でも、それって冴無君を誘ってもいいってことでしょ?』

『……分かったよ』


『どうかしら?』

『……美味い』

『それならよかったわ。ねえ、冴無君。世の中にはこれ以上美味しいものがたくさんあるのよ』

『だからなんだってんだ?』

『食べに行きたくない?』

『はあ? 誰がお前と……』

『あら? 私は別に一緒に行こうとは言ってないわよ』

『……ちっ』


『でも、一緒に行ってもいいわね。だから、来週も学校来るのよ。予定決めなくちゃダメでしょ?』

『……考えとく』

『約束よ』



 夢を見た。

 俺と涼風さんが会話している夢だ。

 夢の中の俺はどこか生気のない目をしていて、涼風さんはそんな俺に生きる希望を掲示しているようにも見えた。


 いや、これは夢なのだろうか?

 夢にしてはあまりに具体的で、俺の性格が違いすぎるように思える。


 須藤は言っていた。

 俺と涼風さんは高校一年生の頃同じクラスで親しくしていた、と。


 もしも、この夢が夢ではないのだとしたら――。


 この記憶が無い俺は何なんだ?


「はっ!!」


 目を覚ますと自室の布団の上だった。

 身体を起こして直ぐに昨夜のことを思い出し、周囲を見渡す。


 全身に痛みは若干あるが、我慢できる範囲だ。病院に行くほどの激痛ではない。

 昨夜、結局須藤と涼風さんがどうなったかを俺は知らない。

 だが、俺が無事でいるあたり須藤の目論見通りになったということは恐らく無いのだろう。

 無いと信じたいところだ。


「ん?」


 手を動かした拍子に指先に何かが当たる感触があった。

 何かと思い、そっちに視線を落とすと、そこには折りたたまれた一枚の紙があった。


 なんだこれ?


 疑問に思いつつ紙を開く。そこには綺麗な文字で「今日の夕方に公園で待ってます」という言葉と共に涼風さんの名前が書いてあった。


 よかった。

 この手紙があるということは間違いなく涼風さんは無事なのだろう。

 何故夕方なのか気になるところではあるが、話とはほぼ間違いなく須藤の一件のことだろう。

 俺も須藤が言っていた高校一年の頃のことが気になるし、それとなく涼風さんに確認してみるか。


 そうと決まれば、夕方までのんびり待つだけである。

 そういえば、亀田も大丈夫なのだろうか。


 試しにSNSで亀田にメッセージを送ると、大丈夫という旨のメッセージが来た。

 それなら一安心である。


 そこから何度か亀田とメッセージのやり取りをした後、朝ごはんを食べた。

 今日が土曜ということもあり、夕方まではかなり余裕がある。


 そこで、俺は自分の写真フォルダを元に改めて冴無良平という人物について考えることにした。

 だが、そもそも俺が写真をあまり撮影するタイプではないからか、スマホにはここ二年の写真は殆ど無かった。


 だが、中学時代の写真は割とあった。

 その多くが姉の写真だった。


 俺は確かにシスコンだった。

 だけど、姉が亡くなって――あれ? そういえば、俺の姉はなんで死んだんだ?

 いや、そもそも両親が健在なのにどうして俺は一人暮らしをしている?


 気に留める必要も無いかもしれない小さな疑問。

 だが、俺のことなのにそれを思い出せないというのは明らかな異常事態だった。


 そうこうしている内に、いつの間にか時間は流れ涼風さんに会う夕方がやって来る。

 心の中に出来たしこりのようなものを感じながら公園に行くと、涼風さんは既に俺を待ち構えていた。





「すいません、待ちましたか?」

「いいえ、私もさっき来たところよ」


 そう言うと、涼風さんは立ったまま俺の方に視線を向ける。


「それにしても、人が少ないですね」

「ええ、そうね」


 土曜の夕方にも関わらず公園には人気が殆ど無かった。

 そのことに違和感を感じたが、涼風さんは平然としていた。


「ところで、冴無君は私と初めて会った日のことを覚えている?」


 不意に、涼風さんがそう問いかけて来た。


 俺が涼風さんと初めて出会った日……。

 言われて気付く、思い出せない。


 いや、だが普通に考えれば入学式とかじゃないのか。

 特に涼風さんほどの美少女なら俺が入学式に涼風さんを認識していてもなんら不思議じゃない。


「入学式じゃありませんでしたっけ?」


 俺の返答を聞いた涼風さんは目を瞳を閉じる。


 その反応はどっちだ?

 あたりか? はずれか?


 だが、涼風さんは答え合わせをする前に魔物について語り始めた。


「冴無君は魔物が発生する原因を知ってる?」

「え……」

「はっきりとはしていないらしいけど、魔法少女たちの間ではこんな仮説があるの。魔物は人の欲望が具現化したものじゃないかって」


 確かに、言われてみれば須藤と亀田の時は須藤と亀田から魔物が生まれたようにも見えた。

 だが、その話にどんな意味があるというのだ。


「そして、多分魔法少女も同じ。誰かを助けたい、大切なものを守りたい、誰かに助けて欲しい。そんな人の欲望が魔法少女になる力を生み出した。だから、私たちはそんな人の欲望を”魔”と呼んでいるの」


 関係ない話だ。

 だって、俺は魔法少女でも魔物でもないただの一般人なんだから。

 なのに、何故心臓の鼓動が早くなる。


「”魔”が魔物や魔法少女を生み出すという話をしたけれど、それはつまり魔物は単純に化け物の姿をしているものだけではないかもしれないということを表しているわ。魔法少女の様に、普段は普通の人のように振舞う魔物がいたっておかしくない」


 ここまで行けばもう話が見えてくる。


「現に私もそういう魔物と戦ったことはあるわ。そして、そういった魔物は欲望から生まれているからこそある特徴があるの」

「そ、その特徴は……?」

「全く同じ存在を生み出すことは相当難しいのでしょうね。そう言った魔物には、存在しない記憶がある、あるいは、一部の記憶を失くしていることが多いわ」


 心臓の音がどんどん大きくなる。

 対照的に涼風さんの声が遠くなっていく。


 そんなバカなことがあるか。

 俺は、俺は――。


「もう一度だけ聞くわ」


 その言葉と共に涼風さんの身体を淡い光が包み込む。

 そして、その光が収まる。


「私とあなたが初めて出会った時のことを覚えている?」


 そこにいたのは一人の魔法少女。

 だが、その表情にはいつも俺を安心させてくれるような微笑みではなく、険しい真剣な顔つきだった。

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