第9話 亀田東里①(亀田視点)

***<亀田>***



 自分が劣っている側だと気付いたのはいつからだろう。

 中学校、いや、小学校低学年の頃には薄々感づいていた。

 他人と同じことをしても、全く上手くいかない。塾に行っても、テストの点数は上がらない。

 最初こそ「次頑張りましょ」と微笑んでくれた母親は何時からか、テストの結果を見る度にため息をつくようになった。

 「東里、今日はキャッチボールしようか」父さんがそう言ってくれたのは、僕が周りと比べて球技が下手だと分かるまでだった。


 クラスの中心的存在の男子や女子に「こっち来るな、ヒョロガリ眼鏡」と罵られ続けて漸く自分は、持っていない側の人間なのだと気付いた。


 運動も勉強も出来なければ、コミュニケーション能力があるわけでもない。容姿だってブサイクに分類される側だと理解している。

 だから、周りがそうするように、僕も僕に期待することをやめた。


 そうすれば楽になれる。そう思ったから。


 僕は出来ないから、やる気が出ないのも仕方ない。最初から出来ないのだから、やらなくていい。

 僕に悪口を言う奴らは、人としてクズの最低人間。

 僕は何も悪くない。僕をこんな風に生んだ親が悪い。僕をこんな僕にした周りが悪い。


 そうやって、自分を正当化することで自分を守っていた。


 けれど、そんな僕にも希望はあった。

 それが、魔法少女スピカであり涼風星羅だった。


 たまたま同じクラスになっただけの彼女はこんな僕にも声をかけてくれた。周りが、僕を存在しないもののようにあるいは、邪魔者のように扱う中、彼女の世界には僕が確かに存在していた。


 そして、魔法少女スピカもそうだった。

 生きる価値がないと自分でさえ思う僕を彼女は魔物という脅威から守ってくれた。僕に、微笑みかけてくれた。


 彼女の姿を追いかけた。彼女だけが僕を受け入れてくれる。

 僕にとって、何より大切で、僕の全てになりつつあった。

 その彼女を、僕は自分のものにしたかった。

 だから、彼女をカメラで撮り続けた。

 カメラだけは昔から好きだった。自分の好きなものを自分のモノに出来るような感覚があるから。


「……僕だって」


 ――やりたくてやったわけじゃない。

 脅迫なんてしなくても、涼風さんに愛してもらえるなら僕はそうしている。

 でも、この世界はどこまでも僕にとって都合のいいように出来ていなくて、僕は持っていない側だから、そうするしかなかった。


『愛されたいなら、愛される人間になろうとしろよ!!』


 冴無とかいう男子の言葉が僕の脳裏をよぎる。


 分かっている。本当は分かっているんだ。

 僕がずっと言い訳して現実から逃げてることくらい。でも、逃げた方が楽じゃないか。

 苦しい現実なんて直視したくないに決まってるじゃないか。


「……ずるいよ」


 そうだ。

 冴無はずるい。僕と同じ立場だって他ならぬ彼が言っていたのに、まるで僕とは違う。

 涼風さんのことを本気で思って、彼女のために懸命に戦っている。

 僕だって、僕だって力があれば……。


 その時、またあのしゃがれた声が僕の耳に響いた。


『そうだ。お前は悪くない。皆、好き勝手生きてる。なら、お前だって好きに生きていいだろう?』


 ――そうだよ。

 僕だって、いい思いしてもいいはずだ。

 そのはずだ、そのはずなんだ……。


『でもな、俺と亀田が傷つけようとした人はそういう人なんだよ』


 うるさい。


『涼風さんの身体が欲しいとは、俺はもう思えねえよ』


 うるさい。

 それは冴無の理屈だ。僕は違う。

 僕は、例え彼女に嫌悪されようとも涼風さんを、魔法少女スピカを僕のものに――。


「うおおお!! 亀田、なんか凄いことになってるぞ!!」


 背後から聞こえた声に、思わず振り返るとそこには冴無がいた。


 凄いこと?

 冴無が指さしているのは僕の身体だ。恐る恐る自分の身体に視線を向けると、得体の知れない黒い靄が僕の身体から出てきていた。


「な、なにこれ……?」

『はぁ、あと少しだったのに、邪魔が入った。まあ、仕方ないか』


 あの声だ。

 また、あの声が聞こえたかと思えば僕の身体から出た靄が、僕の身体を離れ人型の化け物を形作る。

 そこに出来上がったのは一体の魔物。

 僕ら人間を襲う、異形の怪物だった。


 魔物は一番近くにいる人間を襲う。


 魔物は僕に顔を向けると、その巨腕を振りかぶる。

 死ぬ。

 そう分かっているのに、身体が動かない。

 そして、魔物の腕が振り下ろされる――。

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