第五話  泰平の世の裏側

 レレイシャが俺を案内したのは町の西にある一角、いわゆる貧民街スラムであった。


 平和で豊かな時代が来たというのに、未だにこんなものがあるのか! ――などとショックを受けるほど、俺の頭はお花畑ではない。

 確かに為政者たるもの、万民全てが豊かな生活を享受できるようにと、努力すべきだ。

 ただし、それはどこまでも理想論であり、現実的にはどんなに社会が高度に発展しようと、経済格差や貧困層をゼロにすることは不可能である。

 そのことを俺は知っている。

 否、遥か昔に痛感させられている。


「レレイシャ。おまえが俺に見せたいものとは、まさかこの貧民街だけではあるまい?」

「もちろんでございます、我が君」


 俺のことを知り尽くした忠実なる魔術人形サーヴァントは、こんな「当たり前の光景」を見せるために、わざわざ俺を連れてきたわけではなかった。

 貧民街のさらに奥へと、踏み込んでいくレレイシャ。

 そして、広場と呼ぶほどではないが、大きな四辻に到着する。


 そこで、異様な光景が繰り広げられていた。

 安価な革鎧をまとった兵士どもが二十人ほど、槍を突きつけながら威張り散らす。


「よし、集まったら五列になって並べ!」

「今月で十四歳になる娘は、これで全部だな!?」

「並んだら服を脱げ! 下着もだぞ!」

「モタモタして、オレ様たちを待たせるんじゃねえぞ!?」


 鋭い槍の穂先で脅され、ただでさえ粗末な格好をしていた娘たちが、全裸になっていく。

 街の真っただ中でのことだ。

 娘たちはみな羞恥に顔を染め、中には泣き出す者もいる。


 そんな憐れな彼女らを、兵士どもは下卑た目つきで検分する。

 見目のよさを確かめ、体つきの女らしさを確かめる。

 また口を開けさせては、娘らの歯並びを見て、健康状態を確かめる。

 まるで「商品」の価値を値踏みするようにだ。


 その光景を遠巻きに窺っていた俺は、怒りを押し殺してレレイシャに訊ねた。


「……奴隷制度はかつてこの俺が、禁止にしたはずだが?」

「今でも公には禁止になっております。しかし、貴族どもは『奉公』と称して召し上げたり、金品で売り買いしたりと、事実上の奴隷をたくさん有しているのが現状です」

「……貴族制度も俺が禁止したはずだが?」

「それは二百年前に復活しております」

「誰がさせた?」

「我が君より四代後、皇帝カリスがそのように」

「皇帝だと? 聞き慣れぬ称号だな?」

「王の中の王という意味だそうです」

「ハッ! 僭称も甚だしいわ」


 俺は鼻を鳴らしてせせら笑った。


 王には確かに、ある程度の権威というものも必要だ。

 しかし、真に必要なのは治世実績だ。

 それがない暗君ほど、過剰な権威付けをやりがたる。

 あげく、貴族制度の復活だと?

 臣下に舐められ、御しきれていない証左ではないか!


 怒りで俺の心がざらつく。

 不快だ。本当に不愉快だ。

 しかも兵士どもは、さらに不埒な愚行に及ぼうとしていた。


「隊長、オレもうタマんねーっすよ! ちょっとくらいつまみ食いしてもいいでしょ!?」

「これだけ裸の女を目の前に並べられて、お預けとか殺生っすよ!」

「おいおい、この街中でか?」

「「それが燃えるんすよ!」」

「仕方のない奴らだな。ラーケン様に見つからないよう、早く済ませろよ?」

「ひひひ、隊長ってば優しいから好きっす」

「愛してるっす」


 たわけたことをほざきながら、兵士のうちの何人かが、好みの娘を見繕い、往来のど真ん中で組み敷こうとする。

 娘たちが金切り声で悲鳴を上げる。


「我が君。あの人のふりをしたサルどもを、惨殺する許可をくださいませ」

「許さぬ」


 そんな真似をすれば、大変な騒動に発展する――などという理由はどうでもいい。

 大騒動? 歓迎だ。いくらでもやってやろうではないか。


「あのサルどもを虐殺する喜び、貴様にはやれんな。レレイシャ」


 俺は四辻へと向かって歩き出す。

 レレイシャが三歩下がってついてくる。


「やあ、兵士諸君! 貴様らに殉職する名誉を賜ろう」


 哄笑する俺に気づいた連中が、娘を襲う手を止め、一斉にこちらを向いた。


「なんだ、こいつ……?」

「頭がおかしいのか?」

「……おい、よく見ろ。こいつ、絹の服を着てやがるぞ」

「かっ剥いで売ろうぜ!」

「それに後ろにいる女! 見たこともねえほどの上玉だ!」

「ひひひ、こんな痩せ細った小娘どもより、よっぽど楽しめるぜ!」


 兵士どもは口々に勝手なことをほざくと、槍を携え、俺たちへと向かってくる。


「誰がしゃべってよいと許可した? それに、頭が高い。流血王の御前であるぞ」


 俺は先頭の兵士の頭頂部をつかむと、そのまま吸血鬼の怪力を以って引きずり倒し、顔面を地面に叩きつけ、埋め込んでやった。

 無論、即死だ。

 こんな連中を屠るのに、魔術を使ってやるまでもない。


「きっさまああああああああああ!」

「オレたちはラーケン様に仕える帝国兵だぞ!?」

「逆らったらどうなるか、わかっているのか!?」


 逆上した兵士たちがわめき散らす。


「知るか。ついでにラーケン某のことも知らん」


 俺は鼻で笑って答える。


「ラーケン様はこの町を支配するお代官様だ!」

「帝国が誇る魔道士団の一員だ!」

「貴様、楽に死ねると思うなよ!?」


 わめていている暇があったら、その槍でさっさと突きかかってくればよいものを。


「不死不滅となった俺を殺すだと? 面白い。ぜひとも試みて欲しいものだが――物事には順序というものがある。まずは貴様らが死ね」


 俺は手本を見せるように、まごまごしている連中を、さっさと鏖殺していった。

 拳で顔面を陥没させて殴り殺し、手刀で胸を刺した後心臓をにぎり潰し、また頭を両手でつかんでねじ切った。

 吸血鬼の真祖トゥルーブラッドが持つ強大な身体能力を、遺憾なく発揮した。


「うわあああああああああああっ」

「こ、こいつ、バケモンだっ」

「来るな! 来るなああああああああああっ」


 仲間たちが異常な死に方をしていく様を目の当たりにし、まだ生きている連中が恐慌状態に陥る。生存本能に衝き動かされ、俺に向かって槍を突いてくる。


 その矛先を、俺はわざわざよけなかった。

 避ける必要がない。

 吸血鬼の不死身の肉体は、どれだけ刺されようと痛痒も感じないし、すぐ全治させてしまう。


「に、逃げろおおおおおおおおっ」

「こんなん、オレたちじゃ敵うわけがねええええ!」

「ラーケン様にやってもらうしかねええええ!!」


 とうとう兵士どもは槍を投げ捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「レレイシャ」

「はい、我が君」

「飽きた」

「では、残りは私にお任せあれ」


 レレイシャは恭しく一礼すると、右手を軽く振った。

 ただそれだけで、背中を見せた兵士どもが全員、バラバラ死体と化した。


 魔術人形サーヴァントたるレレイシャには、両手の指から鋼糸を伸ばし、自在に操る機能を与えている。

 彼女はそれを用いて、娘たちの間を縫うようにして走って逃げる、兵士たちのみを正確に、しかも一瞬、一振りで斬殺してみせたのだ。


「見事な手前だ。三百年の間に、錆びついてはいないようだな」

「お褒めに預かり恐悦至極ですわ」


 また丁重に一礼したレレイシャに、俺は鷹揚にうなずく。


 残ったのは、現実に思考がついていかず、立ち尽くす娘たち。

 そして、血の海と化した四辻。


 俺は遅れて、兵士どもの血臭に気づいた。


。とうてい啜る気にはなれんな」


 極上の味を提供した、ミルの血とは大違いだ。

 どうやら相手によって、風味はまるで変わるらしいことを俺は知った。

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