クランクハイト 6
俺が部屋に入ると、ミアは上体を起こしていた。ムーテルが彼女の両肩を押さえていて、立ち上がらせないようにしている。
「動いたらだめ。今は落ち着いて」
ムーテルがミアを宥める。
「この音、レヴォルツィオンのときと同じだよね。四年前の。またあれが起きるの?」
ミアはベッドから立ち上がろうとする。火傷が疼いたらしく、ミアは右手を抱えてうめいた。
「……みんなを逃さないと」
痛がりながら、ミアはつぶやく。俺はミアのいるベッドのそばに近寄った。 彼女の頭に手を載せる。
「さすが、みんなの姉さんだな。けど今はじっとしていてくれ。アルザスが様子を見ているし、エリスだってそんなに馬鹿じゃない」
ミアの震えが収まっていく。
「もしものことがあっても、絶対にあれは使ったらだめだよ」
ミアも、アルザスと同じようなことを言ってくる。ついさっきクランクハイトの能力を使って、とんでもない目に遭ったばかりだ。
「大丈夫だ。使わない」
四年前に見た光景を思い出す。逃げ惑う人達をいたぶり、殺す様子を、俺は見てきた。人が焼けるにおいも嗅いでいる。
相手はレヴォルツィオンではなく、共和国軍。だが相手が変わったところで、これから起きることは四年前と大して変わりない。
エリスやミア達には、何の罪もない。傷つけられ、殺されるというのなら、俺はそれを許さない。
「一方的な暴力に、ミア達を巻き込んだりはしない。させてやるか」
思わず、俺はそんなことをつぶやいていた。
くすっ、とムーテルが笑みをこぼした。
「ナオトもかっこいいセリフを吐くようになったんだね。もっとおとなしい子だと思っていたんだけど、ちょっと惚れた。エリスから寝取ってしまおうかしら」
俺の頬に熱が帯びてきた。
「お、おおお前、子供の前でなんてこと言うんだ」
しかも非常事態のこのときに。
「ナオト、ウワキはだめだよ」
ミアまでこんなことを言い始めた。ミアは照れくさそうに毛布に半分顔を埋め、さらに、
「……私となら、いいけど」
「子供が変なことを言うな! ああ、もう! ムーテルが余計なセリフを吐くから」
俺が咎めても、ムーテルがくすくすと笑い続ける。
きっと、ミアが必要以上に怯えないように、俺が気負わないように、彼女なりに気を遣ったのだろう。
こうしている間にも、砲弾が建物を破壊する音が響いている。
「遠くみたいだね」
少しは落ち着きを取り戻したミアが、耳を澄ましながら言う。
「ここらじゃなくて、街の反対側、西部地区の辺りかな」
ムーテルが言う。
隔離街第一区でも特に治安が悪い一帯だ。入手源の不明な銃といった武器が非合法に取引されている。四年前のレヴォルツィオンの残党が多く潜んでいるという噂もある。共和国の隔離政策に対する不満が高まっているのに乗じ、不穏な動きをする輩が潜んでいるのは確実だ。あそこが攻撃されてもおかしくはない。
それでも、あまりにも突然の攻撃だ。これからどれほどの犠牲が出るのか。
なぜ、今になって事前警告もなしに攻撃を……?
「ねえ、ナオト」
ミアの声で、俺は我に返った。
「どうした?」
「エリス先生のこと、ちゃんと守ってね」
「当たり前だろう。どうしてそんなことを?」
「先生、何か隠しているから。みんなの前だと強気に振舞ってよく笑っているけど、本当は何かに怯えているから」
エリスは家でも、防疫壁の外側の情勢、レヴォルツィオンについて話題になると不安そうにしていた。口数が極端に少なくなり、俺の目をまっすぐに見なくなった。
そして決まって、翌日はいつも以上によく笑い、明るく振舞った。
何かを隠そうとしているかのように。
「何となくだけど私、先生が何かのきっかけでどこかに行ってしまいそうな、そんな気がしてるの」
「大丈夫よ。エリスはいなくなったりしない。ミア達のそばにいるよ」
ムーテルが、俺の不安も知らずにミアを励ましていた。
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