第6話 呼び出し
「あれが……」
朝からひそひそと話しているのが聞こえる。魔法科の1人で、武術科と渡り合う剣の腕。
だが、彼をどんな人間かを知らない。
故に近づき難い。
「やあ、有名人」
もしもガリウスに近づく者がいるのだとしたならきっと。
「どなたですか?」
物好きなのだと思う。
「僕を知らないのか!?」
「……さあ?」
「魔法科きっての天才! 華麗なる貴公子! グレムリン・ファーバーさ!」
「グレムリン……ファーバー」
聞き覚えがない。
ガリウスが魔法科で名前を覚えているのはクラスメイトの何人か。この学院の生徒の名前を全員分覚えるなど不可能だ。
「はあ、宜しくお願いします?」
「うんうん、よろしく……って、そうじゃなくてだね。まあ、良いや。君、リースは知っているかな?」
「リース? いや、知りませんけど」
「え? マジで? 僕の弟で僕に継ぐ天才なんだけど。入試成績も優秀だったんだけど」
リースはガリウスの学年では有名人な筈だが、彼には覚えがない。
何故カレンの事を覚えていたのかと言う疑問に答えるのならば、事前にジョージに聞いたからだ。ただ、リースに関しては何も聞いていない。
「まあ、知り合う事があったら仲良くしてくれ。もちろん、僕とも」
「……釣り合い取れないですよ、俺なんかじゃ」
「はっはっは! 謙遜は止したまえよ!」
ガリウスの言葉を真面に取り合おうとしないあたりグレムリンの性格がよくわかる。
「素晴らしき人との関わりは良き人間性を形成する。これが僕の持論でね」
「あー、分かりますね」
最悪な人間と絡むと身を滅ぼすことになる。聖慶悟としての人生を思い出して理解が及ぶ。慶悟にとっては宗は間違いなく最悪の類の人間であった。
「僕は弟に誰もに誇れる魔法使いになってほしいのさ」
「なら、グレムリンさんが指導すればいいじゃないですか」
「……兄弟じゃ言えないこともあるだろう?」
「そう、ですね」
ガリウスにはあまり思いつかないが、言いにくいことの1つや2つ。煩わしいと感じる何かは存在するのだろう。
「では、僕は行くよ。君も勉学に励んでくれ。僕は君の行く道に期待している」
「……壮大すぎんか?」
銀髪の青年は廊下をスタスタと歩いて行ってしまった。
しばらく見送っているとドタドタと騒がしい音が聞こえてガリウスは素早く振り返る。
「我がっ! 友ぉおおおおお!!!」
「っ!」
後ろからジョージが叫びながらガリウスの腹に突撃してくる。
「ぐっはぁああ!!!」
踏ん張ったせいか腰に甚大なダメージを負う。ガリウスが若いから問題ないが年を食った身体では耐えられなかっただろう。
「我を置いてくなど……」
「痛てて…………あーぁ、すまんすまん。大丈夫だと思った」
「友! 一緒に登校するのも青春なのだぞ! 蔑ろにしてはならない!」
ジョージは科もクラスも違うから唯一の友達のガリウスと話したいだけだ。
「気をつけるって」
「……うむ!」
ガリウスの答えに満足したのかジョージも満足気に笑みを深めた。
「と、ところで先程はあの男と何を話していたのだ?」
「あー……んや、ただ弟と仲良くしてくれって」
「弟?」
ジョージには誰のことか分からない。
ガリウスも先程の会話から名前を思い出す。
「リースだってよ」
「リース……う〜ん、名前は聞き覚えがあるような気もするが武術科以外の事は知らぬ!」
何とも堂々としている。
とは言え魔法科のことすらあまり知らなかったガリウスは何も言えない。
カツンカツンと地面を叩く音がガリウス達に近づいてくる。
「ガリウス・ガスター……話がある」
学生ではない。
長身の気難しそうな男、黒色がよく似合う。
「え〜と……」
「私の名前か……私はサイモン・シエンだ。一応は教職だが、1年の君と会う事はまずない」
「ちょっと待ってください。……すまん、ジョージ」
ガリウスが謝れば寂しそうな顔をしながらも仕方がないと言った感じで武術科の自身のクラスの教室に向かう。
「それで、サイモン先生? は、俺に何の用ですか? 会う事がまずないって言ったのに現時点で会ってるんですけど」
何かしらの話があるだろうことはガリウスにも分かる。何せサイモンから声をかけてきたのだから。
「そうだな。では、指導室に行こうか」
「…………え?」
指導室。
懐かしい響きだ。
具体的には高校生時代を思い出すような響き。ただ懐かしさと同時に嫌な感覚も噴き出す。
問題を起こしたことはないが、不穏な響きに聞こえる。
「も、もしかして昨日のアレですか……?」
「ああ」
終わった。
悟ったような表情をみせてから、ガリウスはガックリと項垂れた。
「……違うんですって、勝負を仕掛けてきたのは……」
ブツブツと言い訳がガリウスから漏れ出ているが余りにも声が小さすぎてサイモンの耳には届いていない。
ピシャリ。
指導室の扉が閉じられた。
朝、学院に登校して間もなく。
「さて……」
サイモンは窓側の椅子に座り込んだ。机を一つ挟み対面するように椅子がもう一つ置かれている。
「ああ、ガリウス。座りなさい」
「し、失礼します」
ビクビクとしながらガリウスは用意された椅子にゆっくりと座る。指導室は何とも形容し難い空気が満たす。
「昨日の事だが……」
「すみません!」
ガリウスは勢いよく頭を下げる。
「ん? 何故謝る」
「え?」
「別に責めてはいない。いや、問題といえば問題ではあるのだが……」
サイモンはガリウスを責めるつもりはない。サイモンの手元には1枚の書類。この書類にはガリウスに関する情報が簡潔にまとめられている。
「ガリウス・ガスター、魔法科1年。あれ程の剣技がありながら、どうして武術科に入らなかった」
確かに疑問だろう。
武術科首席のカレンに迫るほどの能力を持つというのに。見方を変えれば単なる怠慢とも思える。
「……剣、嫌いなんで」
「本当か?」
「はい、本当ですよ」
物理的に、生理的に。
「剣が使えて仕事になるのって騎士職とかですよね? なら嫌ですよ、尚更」
規律だとかではなく騎士の仕事を思うと、より憂鬱になる。ガリウスは剣を誉れとし、戦場の死を尊ぶ考えには理解が示せない。
「騎士は嫌いか?」
「騎士ってか……死ぬの怖くないんですか、って話ですよ」
ガリウスは死を忌避する。
痛み、失せていく何か。
恐ろしくてたまらない。
周囲の全てが剣を握る殺人鬼。そんな環境で正気を保っていられるとは思えない。
「ガリウス……君に武術科移動の提案があった」
サイモンは真っ直ぐにガリウスの目を見る。
「…………」
ピタリと空気が凍りつく。
ガリウスは真顔になってサイモンを見つめ返した。
「が、その話はなしだ」
サイモンの目が伏せられ、ガリウスから外れる。
「そうですか」
ガリウスは内心、ホッとした。
武術科への移動などジョージには申し訳ない所もあるが、ガリウスには絶対に有り得ない選択肢だ。
「因みにどうしてですか?」
「どうせ断るだろう」
「そうですね」
今回の話でサイモンもガリウスの感性を大方理解したようで、結論も見えたらしい。
「……ただ、最後にもう一つだけ話をしておこう。進路に関する話だ」
「うげ……今ですか?」
「知っておくだけでも良い。もしかしたらの話だ」
サイモンは深呼吸をして、しばらく間を作ってからゆっくりと口を開く。
「──勇者部隊、知っているか?」
「勇者。……部隊?」
ガリウスにとって勇者という言葉は聞き覚えのない言葉ではない。聖慶悟の記憶には当然のようにあるのだから。だが、勇者部隊という言葉は聞き馴染みがない。
「そう、部隊だ」
「勇者って……じゃあ、何人も勇者を見つけて編隊するって事ですか?」
「いや、勇者とは言うが素晴らしいものではない。響きだけのまやかしだ」
勇者という言葉に踊らされるだけの玉砕部隊。日本で言うのなら神風。勇者部隊の本質は特別攻撃部隊と役割はあまり変わらないのかもしれない。
「それが俺に何の関係が……」
「君は昨日、カレン・ハンネスとの戦いで剣才を見せた」
「はあ……」
「勇者部隊はエリート部隊だ。才能ある者たちが集う精鋭隊」
ガリウスにとっても関係がないとは言えない。一流企業との接点はなかった慶悟としては実感の湧かない話だが、ガリウスには可能性がある。
「君の才能も欲しがられるかもしれない」
「……才能が認められるってのは気持ち的に嬉しいですけどね」
才能だと言われるのは何も気分が悪くなる事ではない。ただ才能を理由に義務化されるのがガリウスには受け入れられない。
「勇者部隊の死亡率は9割を超える。勇者部隊に編成されれば生存は極めて困難となる」
「残りの1割は……」
「……私は生還者は見た事はないが、死亡が確認できない者もいた。彼らは恐らくは逃亡した、と言う認識で間違いないと思う」
ドス黒い闇だ。
この国の唾棄すべき暗黒。
勇者部隊という輝かしき名とは裏腹の犠牲の部隊。
ガリウスは渋面になってしまう。
「君の精神性を考えて話しておいた。参考にはなったと思う」
「ありがとうございます」
椅子からサイモンが立ち上がる。
話は終わったようだ。
サイモンが扉に向かって歩いていくのを見てガリウスも椅子から立ち上がった。
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