第9話 キャッツパニック!

「ねぇ、ストノス。今度のターゲットは、これにしましょう!」

 パソコンを操作していたエピカが、俺に声をかけてきた。


「ん?どれだ?」

 俺はそれを覗き込む。その画面には、『キャッツアイ』が映っていた。


「おお……綺麗だな。」

「そうよ!今回は、この原石を狙うわ!」


 キャッツアイとは、猫の目のような輝きを持つことから名付けられた宝石だ。


「……で、どこの展示会に出展されるんだ?」

「えっとね……。」


 彼女はパソコンをカタカタと操作して、ホームページを開く。そこには、『キャッツアイ展開催のお知らせ』という文字があった。


「場所は……ここから近いな。いいんじゃないか?」

「フフン、決まりね!作戦はいつも通りでいきましょ!」


 エピカは楽しそうに言った。そんな彼女を見て、俺は「やれやれ……」と思うのだった。


***

 作戦の決行は二日後になった。それまで、俺はキャッツアイについて調べてみた。すると、こんな記事を見つけた。


『キャッツアイには不思議な力があると言われている。キャッツアイを見つめていると、目が離せなくなってしまうのだそうだ。キャッツアイの持つ魔力によって、人は魅了されてしまうらしい。』


 ……なるほど。だからか。キャッツアイの魅力に取り憑かれた人間は、キャッツアイばかりを集めて展示するコレクターになるらしい。

 ……まぁ、宝石のコレクターは、そういう奴らが多いからな……。そういう俺も、原石の魅力に取り憑かれた人間だが……。


***

 そして、作戦当日の夜。俺は『怪盗スクリーム』となって、博物館へ向かった。

エピカは『怪盗ガーネット』として俺の隣にいる。

 今回は夜に盗みに入るので、変装はしなくても良いだろうと考えたからだ。


「それじゃ、私はこっちから向かうわ。」

「おう。俺は反対側から行くぜ。」


 博物館に着いた俺たちは、二手にわかれて原石を盗み出すことにした。

 俺は裏口へ回り込み、エピカはその反対の正面入口へと向かう。


 俺は、警備員に見つからずに中へ入ることに成功した。それから、目的の品が展示されている場所まで行き、さっさと盗んで帰ろうとしたその時だった。


「……ニャーン」

「!?」


 なんと、猫が現れたのだ。その猫は、鳴きながら俺の方へ近づいてくる。


「お、おい……!静かにしてくれ……!」

 このままでは警備員に気づかれて、逃げられなくなるかもしれない。なんとかしなければ……。


 俺は咄嵯に近くにあった掃除用具入れの中へと隠れた。幸いにも、扉の鍵はかかっていなかったため、すんなりと隠れることができた。


 しばらく経ち、辺りが静まり返った頃、ゆっくりとドアを開ける。誰もいないことを確認し、俺はその場から離れた。


 しかし、そこで予想外の出来事が起こった。


「ニャーン♪」

 あの猫だ。しかも、俺の後を追っているではないか。


(まずい……!!)

 早く逃げなければ……と思った時だった。目の前に人影が現れる。その人物は、猫を抱き上げた。


「あら……可愛いじゃない!野良猫かしら?」


「ガーネット!」

 現れた人物はガーネットだった。俺はホッとする。


「よかった……。気づかれたかと思った……。」

「もう、何してるのよ!遅いじゃない!」


 ガーネットは頬を膨らませて怒った様子だ。でも、すぐに笑顔になって言う。


「ふぅーん……ま、いいけどね!それより、この子どうしたの?」

「ああ……それが……。」

 俺は事情を説明した。


「……そうだったのね。まぁ、いいわ。この子、おとなしいみたいだし。」

 猫は、ガーネットの腕の中でゴロゴロと喉を鳴らしていた。

 ……さっきまで俺を追いかけ回していたくせに、随分と懐いているな……。


「それより、キャッツアイの展示場所はどこかしら?」

「……あぁ、それならこっちだ。」

 そして、俺たちは展示場所へ向かった。


***

 展示ケースには、当然だが鍵がかけられていた。


「警備員から鍵を奪うしかないな……。」

「そうね……。」

 俺たちがそう話していると、ガーネットの腕の中にいた猫が、急に飛び出した。


「きゃっ!……ちょっと、どこに行くのよ!」

 ガーネットの制止の声も聞かず、猫はどこかへ行ってしまった。


「まあまあ、今はこっちが先だ。どうする……?」

「う〜ん……。」


 2人で悩んでいると、背後に人の気配を感じた。振り向くと、そこには警備員の姿があった。


「君たち、何をやっているんだ?ここは関係者以外立ち入り禁止だ!」

 ヤバいな……これは逃げるしかなさそうだ。そう思った俺は、ポケットに手を入れる。そして、そこからあるものを取り出した。

 それは、睡眠薬の入ったビンだ。俺はそれを警備員に向かって投げつけた。


「な、なんだ……!?……うっ……。」

 睡眠薬を浴びた警備員は、そのまま倒れてしまった。


「よし、今のうちに鍵を奪うぞ!」

「ええ!」

 俺たちは警備員の服から鍵を奪い取り、キャッツアイが展示されている部屋へと向かった。


***

 キャッツアイが展示されている部屋に着き、早速ケースの鍵を開けて、原石を手に取る。キャッツアイは、まるで生きているかのように輝いていた。


「綺麗ねぇ〜」

 キャッツアイを見つめながら、ガーネットは感嘆の息をつく。そんな彼女を見て、俺は思わず笑みを浮かべてしまう。


「そうだな。さて、そろそろ帰るか。」

「ええ。早くしないと、警備員さんが起きちゃうかもしれないわね……。」


 俺たちは、キャッツアイを持ってその場を離れようとした。その時、後ろから声をかけられた。


「待て!!」

 振り返ると、そこに立っていたのは、さっきの警備員だった。

 ……もう起きてきたのか……。


 警備員はこちらへ向かって歩いてくる。

「お前ら、キャッツアイ泥棒か!逃がさないからな……。」

 そして、俺とガーネットの前まで来た。


「……その服装は、『怪盗ガーネット』と『怪盗スクリーム』だな!」

 警備員はそう叫んだ。


「ご名答!俺は怪盗スクリームだ!」

「私は怪盗ガーネットよ!キャッツアイは頂いていくわ♪」


 俺とガーネットはそれぞれ答える。すると、警備員はポケットから拳銃を取り出した。

「……なっ!?」

 俺は驚き、一歩後ずさる。


「動くな。キャッツアイを置いていけ。」

「嫌だと言ったら……?」

 俺は、恐る恐る聞いた。

「こうするだけだ……。」

 そして、銃口を俺に向け、引き金を引こうとする。──その時だった。


「ニャオーン!!」

 なんと、先ほどの猫が警備員に跳びかかっていったのだ。


「ぐあっ……!……このクソ猫めぇ……!邪魔をするんじゃない!!」

 猫に襲いかかられた警備員は、猫を振り払おうとするが、猫は離れようとしない。

 それどころか、「シャーッ!」という威嚇音を出し始めた。

……もしかしたら、この猫は俺たちを守ろうとしているのではないか……と思った。


「……スクリーム!チャンスよ!今の内に逃げましょう!」

 ガーネットは小声で言った。確かに、猫のおかげで隙ができたようだ。


「……ああ。」

 そうして、俺たちは博物館から脱出することに成功したのだった。


***

 博物館から脱出した俺は、ガーネットと共に路地裏に隠れていた。


「はぁ……。なんとかなったな……。」

「ええ、そうね……。」

 俺たちは、お互いの顔を見る。

「……ふぅ……。」

 俺は安堵のため息をついた。


「よし、今度こそ屋敷に帰ろう。」

「それがいいわね。」


 俺たちはそう言って、屋敷へと向かおうとした。すると、暗闇の中に光る目が浮かびあがり、こちらへ近づいてきた。


「……な、なんだ!?」

 俺は警戒したが、すぐにその正体がわかり、ホッとした。


「ニャーン♪」

 それは、さっきの猫だった。


「あら、着いて来たの?」

 ガーネットは猫を抱き上げる。猫は嬉しそうに鳴いた。

「……はぁ、仕方がないな……。」

 俺はため息をついて言う。


「ま、いいじゃない。……それより、早く帰りましょ!」

「ああ。」

 こうして、俺とガーネットは帰路についたのだった。


***

 次の日の朝。俺はエピカの声で起こされた。


「ストノス、見て!この子、とても綺麗な瞳をしていたのよ!」

「うぅ……。朝からうるさいな……。」


 俺は目を擦りながら、ベッドから体を起こす。エピカは、俺の目の前で猫を抱いていた。


「ほら、この子よ!」

 エピカは俺に見せるように猫を差し出す。その猫は、白い毛並みに、綺麗な金色の目を持っていた。


「へぇ……珍しい色だな……」

 エピカの腕の中で気持ち良さそうな表情をしている猫を見ながら呟く。


 エピカは俺の言葉を聞いて満足げに微笑むと、「フフン」と言って猫の頭を撫でた。猫はゴロゴロと喉を鳴らす。

……それにしてもこの猫、よく懐いているな……。昨日初めて会ったばかりなのに……。

 俺がそんなことを考えていると、エピカは俺に話しかけてくる。


「それでね、この子をここで飼うことにしたのよ。」

「えぇっ!それは、大丈夫なのか?」

「もちろん、プロムスにも許可はとってあるわ。」

 エピカはニコニコしながら答えた。


「……そうか……。まぁ、いいんじゃないか?」

 俺はそう言いながら、猫の方を見た。猫は俺のことを見ると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら近寄ってきた。……可愛いな……。


「名前は、白いから『ブラン』にしようと思うのだけど……。いいかしら?」

「いいんじゃないか?」

 俺は猫を撫でながら答える。

「フフッ……それじゃあよろしくね、ブラン!」

「ニャオーン♪」


 ──そう鳴いたブランの瞳は、昨日盗んだキャッツアイのように、金緑色に輝いて見えた。

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