第5話 怪盗VS探偵再び

 エピカとストノスが仲直りしてから数日後。


 ───バァン!

「ストノス!」

 ストノスの部屋の扉が勢いよく開いたかと思うと、エピカが飛び込んできた。

(なんか、久しぶりだな……。)

 ストノスがそんな風に思っていると、エピカは慌てたように言い訳する。


「あっ……!ごめんなさい、ノックするのを忘れてたわ……。」

 エピカは申しわけなさそうに目を伏せる。

 ストノスは、その様子がおかしくて、思わず吹き出した。


「フッ……。」

「ちょっと、何よ!?」

 エピカはムキになって反論する。

「いや、悪い……。お前があんまりにも慌てているものだから……。」

 ストノスはクスクス笑う。


「いいじゃない!久しぶりだったから、忘れちゃったのよ!」

(まったく……。)

「それで、何か用か?」

「そうよ!これを見て!」

 彼女が見せてきたのは、一枚のチラシだった。


「どれどれ……。『水晶展』?」

「ええ。明日から開催されるんですって!」

 エピカは瞳を輝かせている。

「行きたいのか?」

「もちろん!……『怪盗ガーネット』として、ね!」

(やっぱりそうか……。)

 ストノスは苦笑した。


「ダメ……かしら?貴方も怪盗でしょう?一緒に来てくれるわよね?ねぇ?ねぇ?ねぇ!?」

 エピカは必死に頼み込む。

「わかった、わかった。行くって……。」

 ストノスは彼女の頭をポンと撫でると、宥めた。


 エピカは嬉しそうな表情を浮かべる。

「やった!ありがとう、ストノス!」

(……ったく。)

 ストノスはため息をつく。


「作戦は、いつも通りで良いよな。……にしても、『水晶展』か。珍しいな……。」

「そうね。『宝石展』ならよく聞くけど……。」

 二人の言うように、水晶に注目が集まることは滅多にない。


「そもそも、水晶って何なんだ?」

「調べてみましょう!」

 エピカは、パソコンを起動させた。

「まずは、水晶の種類だけれど、これは色によって分けられてるみたい。」

 彼女は、画面を指しながら説明する。


「一番多いのが、無色透明ね。」

「これは、俺も知ってるな。」

「色が付いているのは、別の名前があるみたいよ。」

 エピカは、別の項目を開く。

 そこには、様々な色の写真が載っていた。


「へぇ〜。綺麗だな……。」

「黄色が『シトリン』。赤が『ローズクォーツ』……。一番有名なのが紫ね。」

「紫は『アメジスト』か……。」

「そうね。でも、他にもいろんな種類があるみたいなの。」

「ふぅん……。」

 ストノスは興味深げに眺める。


「ちなみに、この紫色の水晶は、他の色の水晶よりも希少価値が高いらしいわ。」

 エピカは不敵な笑みを見せる。

「なるほど……。」

 ストノスは納得したようにうなずいた。


「フフッ!決行は、明日ね!」

 エピカは嬉しそうに宣言する。

「はいはい。」

(やれやれ……。)

 ストノスは呆れながらも、どこか楽しげだった。


***

 そして、当日。

 二人は、怪盗ガーネットと怪盗スクリームとして会場に来ていた。


「じゃあ、作戦通りに頼むぞ。」

「任せてちょうだい!」

 二人は二手に分かれて行動を開始した。


「うっ、何だ……?急に眠く……。」

 スクリームは、いつも通り本物の警備員を睡眠薬で眠らせる。

「ちょっと眠っててくれよ……。」

 そう呟いて、彼は警備員の服と展示ケースの鍵を奪う。そして、警備員に変装してその場を離れた。


 一方、ガーネットは、地味な服装の少女に変装して会場へと入り込む。

(大人の付き添いを装って……。フフッ、成功♪)

 彼女は、急いで展示コーナーへ向かった。


***

 ガーネットとスクリームが、変装して会場に潜入した頃。


「あの二人は、絶対にここに現れるはずだ。監視を怠るなよ!」

「はいっ!了解ですっ!」

 そこには、アクシオと一人の女性の姿があった。


「アクシオさん!私は、どこにいればいいでしょうかっ!」

「君は僕と一緒にいるんだ。」

「はいっ!わかりました!」

 彼女は、元気よく返事をする。


(今日こそは、捕まえてやるからな!)

 アクシオは、決意を新たにした。


***

 その頃、スクリームは警備員のふりをしながら、水晶を眺めていた。

(おぉ……。実際に見ると、すごいな……。)

 スクリームは、その輝きに見とれる。


(鍵もガーネットに渡せたし、そろそろ盗めてるといいんだが……。)

 そんなことを考えていると、不意に誰かから声をかけられた。


「やあ、また会ったね。『怪盗スクリーム』。」

(………っ!!)

 そこにいたのは、アクシオだった。

(コイツっ……!確か、あの時の探偵……!なぜバレたんだ!?)

 スクリームは、慌てて言い訳を考える。


「……?どうした?顔色が悪いようだが……。あぁ、何故正体がわかったのか不思議に思っているんだな?」

「……!」

 図星をつかれて、思わず息を呑む。

「簡単な話だ。警備員一人ひとりの腕に発信器をつけさせたんだ。君には発信器からの反応がない。つまり、君は偽物の警備員ということだ……!」

「くっ……!」

 スクリームは悔しそうにする。アクシオは更に、こう続けた。


「君がいるということは、『怪盗ガーネット』もいるはずだ。さあ、彼女がどこにいるか教えるんだ!」

「誰が教えるかよ!バーカ!」

 彼は挑発するように言うが……。

(ヤバい……。早く逃げないと……。)

 内心焦っていた。


「そうか……。まぁ、聞かなくても大体わかるさ。彼女は、原石の展示コーナーにいるんだろう?」

「うぐっ……!」

(そこまでバレてんのかよ!……ガーネット、逃げていてくれ……っ!)

 スクリームは祈る。しかし、その祈りはアクシオの言葉によって打ち砕かれた。


「ガーネットの方には、僕の助手を向かわせたよ。『怪しい動きをする人物がいたら、捕まえろ』って伝えてね。」

(なっ……!なんだと!?)

 スクリームは、動揺する。


 その時、「きゃあっ!」と悲鳴が上がった。

(まさか……。)

 嫌な予感を感じ、彼は声の主のもとへ急ごうとしたが、アクシオが立ちはだかる。


「おっと、君は僕が相手だ。

 」

「そこをどけ!」

「それは無理だ。僕は、君の逮捕を命じられているんでね。」

「ちぃっ……!」

 スクリームは舌打ちする。

(ガーネット、捕まるなよ……!)


***

 一方、ガーネットは、展示コーナーにいた。

(うわぁ……。綺麗……。)

 彼女は、目の前の光景に目を奪われる。

 そこには、様々な色の美しい水晶たちが輝いていたのだ。


(スクリームから預かった鍵を使って……。)

 ガーネットは、こっそり鍵を開けて紫水晶の原石を盗み出し、ポケットへ入れようとした。

 その時だった。


 ──『そこっ!泥棒はいけませんよっ!』


(誰!?)

 ガーネットが振り向くと、そこにはすみれ色の髪の少女がいた。


「今、水晶を盗みましたね!アクシオさんの助手の名にかけて、悪事は許しませんっ!」

 彼女は、ガーネットが手に持つ紫水晶─アメジストと同じ色の瞳を持っていた。


「あら……。綺麗な瞳をお持ちだこと。」

 ガーネットは微笑みながら言った。

「なっ……!誤魔化さないでください!」

 少女は顔を真っ赤にして怒る。

「ふぅん……。あなたも宝石みたいに可愛いのに……。残念ねぇ……。」

 ガーネットは、わざとらしくため息をつく。そして少女に質問をした。


「ところで、あなたのお名前は?」

「私ですか?私は、レイアです。レイア・アメテュスト。」

「そう……。律儀に答えなくてもいいのに。覚えていられたら、覚えておくわ。」

 ガーネットはクスッと笑う。レイアは、ハッとした顔になるが、すぐにガーネットをキッと睨み付けた。


「そういうあなたは、誰なんですかっ!」

「フフッ、私はガーネット。怪盗ガーネットよ。それでは、ごきげんよう♪」

 そう言って彼女は変装を解き、その場から逃げようとする。


「待ちなさぁーいっ!」

 レイアが追いかけてくるが、ガーネットは華麗にかわす。


「もうっ!どうして逃げるんですかっ!」

「そんなの、当たり前じゃない。だって、私は悪いことをしているんだもの。」

「うっ……。確かに、その通りですね……。でも、だからといって、見逃せませんっ!」

「ふふっ……。正義感が強い子ね。嫌いではないけれど……。」

「むむむ……。」


(それにしても、この子……。私についてくるなんて、なかなかやるわね……。)

 ガーネットは少し焦りを感じていた。

(早いとこ、スクリームと合流した方が良さそうね……。)


***

 その頃、スクリームは必死に逃げていた。

(くそっ!なんなんだよ!アイツ!しつこすぎんだろ!)

 彼は、警備員のふりをしながら、アクシオを振り切ろうとしていた。


(このままじゃ、ヤバい……。早く、ガーネットと合流して逃げないと……。)

 スクリームは、展示コーナーへと急ぐ。すると、ガーネットがこちらに向かってくるのが見えた。


「ガーネット!」

「スクリーム!ここから逃げて!!」

「はぁ!?」

 スクリームは一瞬とまどったが、すぐに彼女が言った理由がわかった。

 ガーネットの後ろから、助手と思わしき人物が追いかけてきていたからだ。


「止まりなさぁーーいっ!!」

 彼女は、すごい速さで走ってくる。そして、アクシオの姿を見つけると、叫んだ。

「アクシオさん!挟み撃ちにしましょうっ!」


 ガーネットも、スクリームの後ろにアクシオを見つけた。

「……!サファイアの探偵さんじゃない。私を捕まえに来たの?」

 ガーネットは、余裕たっぷりな表情で言う。

「……ガーネット……っ!」

 アクシオは、彼女を見てすぐさま警戒した。


「あら……。嫌われちゃったみたいね……。」

 ガーネットは、残念そうな顔をする。

「ガーネット!君を逮捕する!大人しくしろっ!」

 彼は、ガーネットに手錠をかけようと手を伸ばす。しかし、ガーネットは軽々と避けた。


「ふふっ!捕まるわけないでしょう?探偵さん?」

 ガーネットは、アクシオの腕を掴んだ。アクシオは、思わず怯む。

「………っ!?」

「それにしても、本当に綺麗ね……。まるで夜空に浮かぶ月みたいに……。」

 ガーネットは、アクシオの瞳をじっと見つめる。その時、アクシオは、自分の心に電流が走ったような感覚になった。

(なんだ……これ……。胸が苦しい……)


「ねぇ……もっとよく見せて……?」

 ガーネットは、彼の瞳に映る自分を見ていた。

「ガーネット……っ!やめてくれ……っ!」

 彼は手で顔を隠す。

「ふふっ……。やっぱり素敵♪」

 彼女は楽しげだった。


 スクリームはというと……。


「ちょ、ちょっと、ガーネットさん!?こっちも、なんとかしてくれ~!!」

「泥棒は、許しませんっ!」


 レイアの相手をしていた。

(この嬢ちゃんも、容赦ねえな……!)

 レイアは、隙をついてスクリームの腕を掴もうとしてくる。スクリームは、それを素早くかわす。


「はぁ、はぁ……。……なぁ、ここまでにしないか?」

「何を言っているんですか!?あなたは、怪盗ですよね!捕まえるまで諦めませんっ!」

「いや、だからさ……」


(ダメだ……。話が通じそうにもないし……。どうすればいいんだ?)

 スクリームは、困り果てていた。すると、レイアが何かに気付いたように叫んだ。


「……アクシオさん?アクシオさーんっ!」

 スクリームが彼の方へ振り向くと、ガーネットに詰め寄られている姿が見えた。彼女は純粋な好奇心から行動していたのだが、端からみれば、もてあそんでいるように見えた。


(ガーネットのやつ……。何したんだ……?)

 スクリームは不思議に思ったが、ガーネットの「こっちに逃げて!」という声を聞いて、彼女の元へ向かった。


 レイアは、アクシオの肩を揺さぶって、「アクシオさん、しっかりしてくださいよっ!」と言っている。

 アクシオは、何やら呻いているようだったが、怪盗二人には聞こえなかった。


「スクリーム、逃げましょう。そろそろ潮時だわ。」

「あぁ……。なんだかよくわからんが、逃げるなら今のうちだな。」

 二人は、その場から走り去った。


 彼らが去った後には、レイアの声だけが響いていた。

「アクシオさん!!しっかりしてくださーいっ!!!」

 そして、彼はというと……


「…う、うぅ……。」

まだ放心していた……。

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