第4話 大喧嘩の行く末

 依然として喧嘩したままの二人は、別々に行動していた。


 エピカの方はというと……。

(私一人でも、怪盗の仕事はできるんだから!)

 彼女は怪盗ガーネットとして、とある博物館の宝石展に潜入していた。


 だが、警備員の数が多く、なかなか盗むことができない。

(もう!なんなのよ、この警備の数は!?)

 悪態をつきながらも、なんとかして盗み出そうとする。しかし、それは不可能だった。


(スクリームがいてくれれば……。……って、なんでここでアイツの名前が出てくるのよ!)

 ガーネットは首を横に振る。その時、後ろから声をかけられた。


「おい、お前!そこで何をやってんだ!」

 警備員の一人が彼女に近づいてくる。

「えっと……、その……。」

 ガーネットは焦って言葉が出ない。

「怪しいヤツめ!捕まえてやる!!」

 警備員は彼女を捕まえようとする。

(ここは逃げなくちゃ!!)

 ガーネットは走り出す。その速さは尋常ではなく、あっと言う間に、警備員を振り切ってしまった。


「待てー!」

「逃すなー!」

 他の警備員も追いかけてくるが、全く追いつけていない。

 ガーネットは、何とか逃げることに成功した。


(はぁ、はぁ……。ここまで来れば大丈夫だわ……。)

 彼女は変装を解き、普段の『エピカ』の姿に戻る。そして、近くにあったベンチに座った。


(……ストノスのバカ……。どうしてあんなこと言ったんだろう……。)

 エピカはため息をつく。そして、空を見上げた時だった。

「君、どうしたんだい?」

 一人の男が話しかけてきた。


「あ、あなたは……。」

「急にごめんよ。でも、なんだか悩んでいるみたいだったから、放っておけなくて……。」


 心配そうな顔をする彼は、紺色の髪にサファイアブルーの瞳……。『探偵アクシオ』だった。エピカはどうやら、彼のよく来る噴水広場まで来ていたようだった。


(!!もしかして、私が怪盗ガーネットだって、バレた……!?)

 エピカは一瞬焦ったが、アクシオは気づいていないようで、彼女の隣に腰掛ける。


「自己紹介がまだだったね。僕はアクシオだ。よかったら、話を聞こうか?」

(……まぁいいか……。どうせ、今日はもう仕事できないし……。)

「私は、エピカっていいます。実は……」


 エピカは、ストノスとケンカしてしまったことを話し始める。もちろん、自分たちが怪盗であることは隠した。

「なるほど……。それは大変だったね……。」

 アクシオが同情してくれる。

「それで、どうすれば良いか、わからないんです……。」

「うぅん……。そうだねぇ……。」

 二人はしばらく考える。


「……君は、ケンカしたままでも良いと思ってるかい?」

 アクシオは優しく問いかける。

「私は……、このままじゃいけないと思います……。」

 エピカはうつむく。

「うん……。なら、仲直りしないといけないよね……。」

「はい……。そうですね……。」

 エピカは悲しげに微笑みながら答えた。


「その、『ストノス』さんは、君にとってどんな人なのかな?」

(私にとって、ストノスは……。)

 エピカは少し考えてから答える。

「……私の、大切な相棒バディです……。いつも助けてくれます……。」


 ストノスと過ごした日々を思い出す。

 初めて会った日のこと。

 一緒に仕事をするようになったこと。

 彼が、自分のことを認めてくれた日のことを……。

(ストノスがいたからこそ、今の私がいるんだ……。)

 エピカは、改めてストノスに感謝する。


「ふむ……。君の気持ちはよくわかったよ……。」

 アクシオは考え込む。

「ストノスさんのことは、よく知らないけど……。きっと、君を大切に思っているはずだよ……。」

「……だと良いんですが……。」

 エピカは不安げな表情を浮かべている。


「大丈夫さ。君が謝れば、彼も許してくれるよ。」

(……でも、もし許してくれなかったら?)エピカはそんなことを考えてしまう。

「……わかりました。頑張ってみることにします。」

 エピカは決心したようだ。


「よし!その意気だよ!」

「ありがとうございます。アクシオさん!」

 エピカは笑顔になり、軽くお辞儀をして去っていった。彼は少しドキッとしたが、「あ、あぁ……。頑張ってくれ……。」と返事をした。

(……それにしても、『相棒』か……。)

 アクシオは、空を見上げる。


(俺にも、相棒と呼べる相手がいたら、何か変わるのだろうか……。)

 彼は、ずっと一人きりで探偵の仕事をしてきた。だが、エピカの話を聞いていて、思うことがあったようだ。


「助手でも雇おうかな……。」

 アクシオは小さく呟いた。


***

 一方、ストノスはというと……。

(はぁ……。なんで俺、あんなこと言っちまったんだろう……。)

 彼は自分の部屋で後悔していた。


(いくらなんでも、言い過ぎた……。相手は17歳の女の子だぞ……。大人げねぇ……。)

 ストノスは、エピカに酷いことを言ったことを反省しているが、同時に、彼女を心配しての言葉でもあったのだ。


「はぁ……。」

 もう、何度目かわからないため息をつく。

(気晴らしに、あそこに行くか……。)

 ストノスは、出かけることにした。


***

 彼が行ったのは、工事現場の近くの公園だった。そこは、彼のお気に入りの場所だった。


(やっぱり、ここは落ち着くな……。)

 ストノスはベンチに座り、空を見上げる。

(エピカとも、一緒に来たっけ……。……いやいや、そうじゃなくて……。)

 彼は首を横に振る。

(……あいつ、今頃どうしてるだろう……。)


 ストノスは、また、エピカとの思い出に浸ってしまう。

(俺は、本当にどうすれば良いんだろうか……。)

 ストノスは悩んでいた。すると……。


「ストノスおじさん……?」

 声をかけられた方を見ると、そこにはステラがいた。彼女の母親─ミティアも一緒だ。

「ストノスさん、どうしたんですか……?」

「元気ないの?」

 二人は、心配そうに彼の顔を覗き込んでいる。


「い、いえ……。何でもありません……。」

 ストノスは慌てて否定するが、二人は納得していないようだった。

「本当ですか?無理しないでくださいね……。」

 ミティアは優しく微笑むが、どこか悲しそうだ。

 すると、ステラは芯をついたことを尋ねた。


「エピカさんは?」

(……っ!)

 ストノスは言葉を失う。

「……いないんですか?」

「えっと……。少し喧嘩してしまって……。」

「そうなんですか……。」

「ケンカしたら、謝らないとダメだよ!」

「うっ……。」

 ステラの純粋な言葉が、ストノスの心に刺さる。


「そうですよ。早く仲直りした方が……。」

「うぅん……。」

 ストノスは困ったように笑う。

「どうすれば良いのか、わからないんですよ……。」

「そんなの簡単だよ!ちゃんとごめんなさいすれば良いんだよ!」

「そうですね……。私もステラと同じ意見です。」

「……でも、許してくれるでしょうか?」

 ストノスは不安げに尋ねた。すると、ミティアは微笑んで答える。


「ストノスさん、前にエピカさんのことを『相棒』だ、って教えてくれましたよね。」

「はい……。」

 ストノスは、かつて自分がエピカに対して言った言葉を思い出した。


「きっと、エピカさんも同じ気持ちだと思うんです。」

「同じ気持ち……?」

「はい。」

 ミティアは、ゆっくりと話し始める。


「私たちも、親しい人とはよくケンカをするでしょう。でも、お互いのことを大切に思っているからこそ、そういうことになると思うのです。」

「大切に思っていれば、ケンカしても大丈夫なんですか?」

「もちろん、すぐには許せないこともあるかもしれません。でも、お互いに相手のことを考えているうちは、まだ間に合うと思います。」

「なるほど……。」

(確かに、俺はエピカのことを考えていたな……。)

 ストノスは、ミティアの言葉の意味を理解したようだ。


「だから、まずは謝りましょう。」

「謝るのは大事だよ!」

「そう、ですね……。」

 ストノスは、決心したようだ。

「ありがとうございます!ミティアさん!ステラちゃん!」

「ストノスおじさん、またね!」

「仲直り、できるといいですね!」

「はい!では!」

 そうして、ストノスは二人に手を振って去っていった。


「お二人は、仲が良い方が素敵ですよ……。」

 ミティアは呟いた。

「仲良しがいちばん、だね!」

「ふふっ、そうね。」

 ステラとミティアは、顔を見合わせて微笑んだ。


***

 ストノスは、屋敷に帰ってきてすぐ、エピカの部屋に向かった。


(エピカは今頃、どうしているだろう……。もう、怒ってはいないかな……。)

 そして、ついに部屋の前にたどり着く。

(よし……!)

 ストノスが覚悟を決めて、扉をノックしようとした時、エピカが帰って来た。


「ストノス……!」

 彼女は少し驚いたような顔で、彼の名前を呼ぶ。

「エピカ……。」

 ストノスは緊張した様子で応える。

「あの……。その……。」

 エピカは何か言いかけたが、口をつぐんでしまった。しかし、しばらくして、意を決したように話し出す。


「わ、悪かったわよ……。あんなこと言って……。」

 エピカは、恥ずかしそうに目をそらす。

「俺の方こそ、ごめん……。お前を傷つけるようなことを言ってしまって……。」

 ストノスも謝罪する。


「べ、別に、気にしてないけど……。」

 エピカは、強がるように言う。

「そっか……。」

「そうよ……。」

(よかった……。)

 ストノスは安心した表情を浮かべる。すると、エピカは真剣な目つきになった。


「ねぇ、ストノス……。」

「どうした?」

「やっぱり、一緒に怪盗を続けてもらえるかしら……?私一人じゃ上手くいかなくて……。」

(なんだ、そんなことか……。)

「あぁ、いいぞ。」

 ストノスは即答した。

 エピカの顔がパッと明るくなる。


「本当!?ありが……」

「ただし!」

 ストノスは彼女の言葉を遮った。

 エピカは不思議そうに首を傾げる。

「条件がある。」

「条件……?」

「そうだ……。」

 ストノスはニヤリと笑う。


「これからも二人で怪盗を続ける代わりに、無茶はしないでくれ。怪我とかしたら、すぐに知らせるんだ。」

「えっ……。」

 エピカは戸惑いの表情を見せた。


「それから、俺の知らないところで危険なことはしないこと。約束してくれ。」

「ちょっ……。ちょっと待って!」

「どうした?」

「それって、どういう意味……?」

「そのままの意味だ。」

(この人は、本当に……。)

 エピカは呆れたようにため息をつく。


「わかったわ……。でも、それはアンタも一緒だからね!」

「もちろんだ。」

「よろしい!」

 エピカは満足げに笑みを浮かべる。


 そして、二人は顔を見合わせて笑い合った。


***

 夕食の時間になり、エピカとストノスは向かい合って座った。二人は、楽しげに会話しながら食事している。


「ストノス、今度また一緒に出掛けない?」

「あぁ。いいぞ。」

「やった!今度はどこに行こうかしら?」

「うーん……。」

「ねぇ、どこに行く?」

「そうだな……。」

「あっ!あのね!最近新しくできたカフェがあって……。」

「へぇ〜。」

 エピカは嬉しそうな笑顔を見せる。


(こうして、また二人で出かけることができるなんて……。)

(エピカのこんな笑顔が見られるなら、もっと早く謝れば良かったな……。)

 二人の顔には自然と優しい微笑が浮かぶ。


「どうしたの、ストノス?」

「いや、なんでも……。」

「ふぅん……。変な人ね。」

「そういうお前だって笑ってるじゃないか。」

「うるさいわね……。」

 エピカは照れくさそうに顔を背ける。

「ほら、冷めるから食べましょ。」「そうだな。」

 二人は再び向き合って食べ始めた。


 それを見ていた使用人たちは、

「お嬢様、よかったですね……!」

「ストノスさんも、これで一安心ですね……!」

 などと喜び合ったという。

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