第10話 二人の関係性は?
ストノスの風邪も治り、落ち着いた頃。
俺たちは、有名ブランド『ベルンシュタイン』の本店に来ていた。
ステラちゃんに怪盗として会った後、彼女の母親からもらっていた割引券を確認したのだが、そこに書かれていた店名は紛れもなく『ベルンシュタイン』であった。
「ここが、ステラちゃんのお母さんのお店なのね……。」
「あぁ……。そうみたいだな……。」
目の前には、白を基調とした清潔感のある建物がある。ショーウィンドウには、色とりどりの宝石がついたアクセサリーが飾られていた。
「すごいわね……。まるで美術館に来たみたいな気分……。」
「そうだな……。」
エピカは目を輝かせて店内を見ている。そんな彼女を見ながら、俺は苦笑いを浮かべた。
(確かに、この店の品揃えは凄まじいな……。)
高級感溢れる内装に、煌びやかな装飾品の数々。
まさに、大人の空間という感じがする。
「ねぇ、ストノス!早く行きましょうよ!!」
エピカが急かすように言う。
「分かったから引っ張るなってば……。」
俺はエピカに腕を引っ張られながら、奥へと進んだ。
「いらっしゃいませ。」
俺たちに気付いた店員さんが、笑顔で挨拶をする。
「こんにちは!私たち、ミティアさんから招待されて来ました。よろしくお願いします!」
エピカが元気よく言う。
「お待ちしておりました。ご案内致します。」
そう言って、店員は俺たちを応接室まで連れていった。
「では、少々お待ちください。」
そう言い残して、店員は部屋を出ていく。
「……それにしても、素敵なお店ね!」
エピカが目を輝かせながら言った。
「そうだな……。俺は、あまりこういう店に入ったことがなかったから、少し緊張しているけどな……。」
「あら?そうなの?」
「あぁ……。うちは貧乏だったし、こういう場所にはあまり縁がなかったんだ……。」
「そっか……。」
エピカは何か考え込むような表情で、黙ってしまった。
(……なんか、まずいことでも言っちまったかな……?)
俺が不安に思っていると、部屋の扉が開いた。現れたのはミティアさんと、ステラちゃんだ。
「お待たせしてしまって、すみません……。ほら、ステラ。ご挨拶して。」
「エピカさん、ストノスおじさん、こんにちは!」
ステラちゃんは満面の笑みで言う。
「はい、こんにちは。今日も可愛いわね〜♪」
エピカは嬉々として、ステラの頭を撫で始めた。
「えへへっ……。」
「ふふっ……。」
二人はニコニコしている。そんな二人を見て、ミティアさんもつられて微笑んでいた。
「……本日は、来て下さってありがとうございます。店内をご案内いたしますね。」
「そんな……。こちらこそ、呼んで頂いてありがとうございます。」
エピカは、深々と頭を下げた。
「いえ、気にしないで下さい……。それじゃあ、ステラ。お客様をご案内してあげて。」
「うん!」
そう言って、ステラちゃんは俺とエピカを先導するように歩き出した。
***
「ここは、婦人用の洋服売り場です。ステラのお気に入りの場所でもあるんですよ。」
ミティアさんは、ステラちゃんの後ろ姿を見ながら言った。
「まぁ、可愛らしいワンピースがたくさんあるわ!」
エピカは目を輝かせながら言う。
「ありがとうございます。そちらの商品は、全て私がデザインしたものなんです。」
「そうなんですか!?どれも素敵ですね!!」
「ママの考えたお洋服、すっごくかわいいんだよ!」
ステラちゃんも得意気だ。
「本当に、素敵なデザインばかりね……。」
エピカは感心したように呟く。
「……あの、よろしかったら試着してみてはいかがですか?」
ミティアさんが控えめに提案をした。
「いいのですか?」
「はい……。ぜひ、ご覧になってください。」
「では、お言葉に甘えて……。」
エピカは、早速着替えに行った。
俺は、近くの椅子に座って待つことにする。
(それにしても、すごい品揃えだな……。)
俺は改めて感嘆する。
「お待たせ!どう?似合ってる?」
そう言って、エピカが戻ってくる。
「……あぁ、よく似合っていると思うぞ。」
俺は正直に感想を言うことにした。
「……そっか!良かった!ステラちゃんはどうかしら……?」
エピカは自分の姿を褒められたことに満足げに笑い、ステラちゃんに問いかけた。
「うん!すごくキレイだよ!!」
ステラちゃんは笑顔で答える。
「ありがとう!……これ、買います!」
「ふふっ。お買い上げ、ありがとうございます。」
ミティアさんは、嬉しそうにしている。
「ねぇねぇ、エピカさん。私と一緒に遊ぼう?」
「あら!……ミティアさん、よろしいですか……?」
エピカが尋ねると、ミティアさんは頷いた。
「ええ。ステラも、エピカさんと遊べるのを楽しみにしていましたから。」
「ありがとうございます……!……じゃあ、ステラちゃん、行きましょう!」
エピカは楽しそうだ。
「うん!」
ステラは元気に返事をする。
二人は、店内の奥へと歩いていった。
(……さて、俺の方は何しようかな……。)
俺が悩んでいると、ミティアさんが声をかけてきた。
「ストノスさんも、服をご覧になってはいかがでしょうか?」
「はい……。そうさせて頂きたいのですが、何分こういう場所にはあまり来たことがなくて、何を選べば良いのか分からず困っていたところなんです……。」
「なるほど……。それでしたら、私がコーディネート致しましょうか?」
「えっ?……そんなことまでしていただけるのですか!?」
「ええ。もちろんです。」
(さすがに、そこまでしてもらう訳にはいかないだろう……。)
俺は申し訳なく思い、断ろうとした。
「あの……。さすがにそれは……。」
「遠慮なさらないで下さい。」
しかし、ミティアさんは微笑みながら言う。
「いや、でも……。」
「せっかくの機会なんですよ。ぜひ、楽しんで下さい。」
「はぁ……。」
俺は困惑しながらも、結局は彼女の好意に甘えることにした。
俺は、ミティアさんに案内されて紳士服売り場へやってきた。
「こちらが、男性のお客様向けの商品になりますね。」
「……はい。」
「何か、気になるものはございますか?」
「そうですね……。」
俺は辺りを見回す。
「あっ、このジャケットとかカッコいいかも!」
俺は思わず手に取る。
「確かに素敵ですが、もう少し落ち着いた色の方が合うと思いますよ。」
ミティアさんが言う。
「うーん……じゃあ、こっちのシャツとかどうかな……?」
俺が別の商品を手に取ろうとすると、ミティアさんは首を横に振った。
「いえ、そちらは少し地味すぎますね……。」
「そうなんですか?」
(もしや……。俺、センスないのか……。)
俺が肩を落とすと、ミティアさんは慌ててフォローしてくれた。
「い、いえ!決して、そういう訳ではないんですよ……。ただ、今の季節だと、明るい色の方がいいと思っただけで……。」
「あぁ……。そうだったんですね。良かったぁ……。」
俺はホッとする。
「ふふっ……。お役に立てて良かったです。」
そう言って、ミティアさんは笑った。
***
こうして、いくつか服を選び終え、会計を済ませると、彼女は俺に尋ねてきた。
「そういえば、思ったんですが……。ストノスさんと、エピカさん……。お二人はどういったご関係で……?」
「あっ……。」
俺は一瞬答えに詰まる。
だが、ふとエピカが言っていた言葉を思い出した。
──『貴方は、私の大切な
……そうだ。俺とエピカは兄妹でもなければ、父娘でもない。
主人と使用人という関係も、しっくり来ない。友人にしては年の差がありすぎるし、少なくとも俺には、エピカに恋愛感情はない。
ならば、一体何なのか。
「……そうですね。……強いて言えば、相棒……でしょうか?」
俺は、正直に答えることにした。
「相棒、ですか。……ふふっ。なんだか素敵ですね。」
ミティアさんは微笑む。
そこへ、エピカたちが戻ってきた。
「ストノス!ステラちゃんが、貴方とも遊びたいって!」
「ストノスおじさんも、遊ぼう!」
笑顔で駆け寄って来る二人に、俺も思わず顔を綻ばせる。そして、手をひかれるのだった。
***
楽しかった時間はあっという間に過ぎ、気づけば夕方になっていた。
「今日は、ありがとうございました。」
「ありがとう!」
ミティアさんが、深くお辞儀をする。それを見て、ステラちゃんもペコリと頭をさげた。
「いえいえ、こちらこそ。とても楽しい一日になりました。」
「また、いらして下さい。」
ミティアさんの優しい声に見送られ、俺たちは店を後にした。
(今日は、良い一日だったな……。)
そんなことを考えていると、エピカが話しかけてきた。
「ねぇ、さっきの服屋で買った服、早速着てみたんだけどどうかしら?」
見ると、彼女は白いワンピースを着ていた。
「ああ。似合ってるよ。」
俺は微笑みながら答える。
すると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。
「ふふっ……。ありがと。」
「……なぁ、エピカ。」
「何?ストノス。」
「……これからも、『相棒』でいてくれよな。」
「もちろん。当たり前じゃない。」
エピカは、微笑みながら言う。
「そっか……。」
(良かった……。)
俺は安堵のため息をつく。
俺たちは、怪盗としての『相棒』だけではなく、家族としても『相棒』だ。
(エピカも、そう思っていてくれたら嬉しいな……。)
彼女の横顔を見ながら、隣を歩く。すると、ふと彼女はこちらを向き、悪戯っぽく笑った。
「あら、どうしたの?」
「えっ!?……な、何でもない!」
俺は慌てて目を逸らす。
「変なの。」
エピカはクスッと笑い、「ほら、早く帰りましょ。」と言って歩きだした。
「ま、待ってくれよ……!」
俺は、小走りで彼女を追いかけた。
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