第4話 彼と彼女と原石と

 とある日のこと。


「ストノス!……あら?いない……。」

 私は、ストノスに声をかけようと部屋の扉を開ける。しかし、そこには誰もいなかった。

(おかしいわね……。いつもならいるはずなのに……。)

 不思議に思った私だったが、すぐにその理由が分かった。


「……寝てるし。」

 机の上に突っ伏しながら、彼は眠っていた。

(まったく……。昨日は遅くまで本を読んでいたみたいだし、疲れているのかしら?)

 私は、ストノスの顔を見た。

「気持ち良さそうに眠っているわね……。」

 私は彼の顔を見ながら呟いた。


「んん~……。」

 ストノスは目を覚まし、欠伸をしながら背伸びをする。こちらに気付くと、彼は驚く。


「!?エピカ……?」

「おはよう!よく眠れたかしら?」

「あぁ……。おはよう……。って!いつの間に入ってきたんだよ!」

「今よ!ノックしても返事がなかったから、勝手に入らせてもらったわ!」

「そういうことか……。まぁ、いいけど……。それより、なんでここに?」

「暇だったから、遊びに来ただけだけど……。」

「はぁ……、お前は……。」

 ストノスは呆れたような表情を浮かべる。

 そんなストノスを尻目に、私は彼の部屋にある棚を物色することにした。


「おい……。」

「なにか面白いものはないかなーっと……!」

「人の話を聞け……。」

「えへへ……!」

 私は彼の言葉を無視して、探し続けた。すると、ある一冊の本が目に入る。その本の題は『原石図鑑』。興味を持った私は、手に取ってみることにした。


「これ面白そう……。」

 表紙には綺麗な原石の写真が貼られていた。

「……どうした?」

「なんでもないわ!ちょっと見てくるだけよ!」

「あっそ……。好きにしてください……。」

 私は、椅子に座っているストノスに近づきながら声をかけた。


「ねぇ……。これ見てみてもいいかしら?」

「別に構わないが……。」

 パラパラとページをめくる。そして、一つの写真を見つけた。それは、青い宝石のような輝きを放つ原石のものだった。


「これは、なんていう名前の原石なのかしら?」

「ああ……。それは、アクアマリンだ。」

「ふぅん……。綺麗ね……。」

(これ、どこかに展示されてないかしら……。)

「気に入ったのか?」

「ええ……。近くの博物館とかにないかしら?」

 私はパソコンを持ってきて、検索をかけてみる。


「そういえば、少し離れたところだが、アクアマリンを展示しているところがあるぞ……。」

「ほんとう!?」

「嘘だと思うなら、自分で調べてみろ……。」

 彼の言葉を聞いて、私はパソコンを操作し始める。

(あったわ!ここから、近い場所にあるみたい!)


「ねぇ、ストノス!ここに行っても良いかしら?」

「まぁ、いいんじゃないか……。」

「やった!」

「でも、盗むのは駄目だからな……。」

「え~……。いいじゃない……。ちょっとぐらい!」

「駄・目・だ!」

「ケチ……。」

 私は頬を膨らませながら言う。

 ストノスは、そんな私の様子を見て、ため息をついた。


「まったく……。ほら、行くぞ……。」

 そして、彼は部屋を出ていく。

「待ってよ!」

 私も彼を追いかけるようにして、部屋を出た。


***

「着いたな……。」

「そうね……。」

 私たちは、受付の女性に入館料を支払う。そして、中へと入る。


(わぁ~……!)

 目の前に広がる光景に、思わず感動してしまう。

(すごいわね……!)

 そこには様々な種類の原石が置かれていた。


「さっきのが、アクアマリンね……。」

「そうだな……。」

「他にはどんなのがあるの?」

「そうだな……。例えば、アレはラピスラズリというやつだな……。」

 彼が指差す先には、瑠璃色の美しい光を放つ宝石があった。

(綺麗……。)

 私は心の中で呟く。


「他にも色々な種類があってな……。例えば、アレは……」

 ストノスは楽しそうな表情を浮かべている。

 私も彼の話を聞きながら、ゆっくりと見て回る。


(この子たちも可愛いかも……!)

 私は、とある原石の前で立ち止まる。その原石は鮮やかな青色をしていた。


「どうしたんだ?」

 私が見ていることに気が付いたのか、ストノスがこちらに近づいてきた。

「コレって何?」

「ああ……。ブルートパーズっていう名前らしいな……。」

「へぇ~……。綺麗ね……。」

(うぅ……。加工してみたいわ……。でも、今日は盗まないって約束したし……。)

 私は、仕方なく諦めることにした。

 それから、二人でいろいろな場所を見て回った。

 気が付くと、外は暗くなり始めていた。


「そろそろ帰るか……。」

「そうね。あまり遅くなると、プロムスがうるさいから……。」

 私は、プロムスの説教を想像する。怖くはないが、面倒くさい。


「そうだな……。」

 ストノスは苦笑いを浮かべる。私たちは屋敷へ帰ることにした。

 その道中、私はストノスに問いかけた。


「ねぇ……。」

「なんだ……?」

「貴方って、どうして、原石が好きになったの?」

「ああ……。そういうことか……。」

「うん……。」

「俺はな……。昔、貧しい生活をしていたんだよ……。」

「そうだったの……?全然知らなかった……。」

 ストノスは、どこか遠い目をしている。

 彼は続けて語る。


「俺には、家族がいた……。父と母と姉が一人いてな……。まぁ、仲は良くなかったけどな……。それで、両親は俺がちょうどお前ぐらいの年齢の時に、事故で死んでしまったんだ……。」

「…………。」

 私は何も言わずに彼の話を聞いていた。


「残された俺たちは、生活のために仕事を始めた……。でも、うまくいかなかった……。金を稼ぐために、いろんな仕事をした……。」

「そう……。」

 私は、彼の話を聞くたびに胸が苦しくなった。


「そんな中で、俺は中学生くらいの時に読んだ、原石図鑑のことを思い出したんだ。あの本を読んでいた頃は、まだ幸せだったからな……。」

「そうね……。」

「その時に、思ったんだ……。『この世に無駄なものなんてない』って……。」

「そう……。」

 私は彼の言葉に涙が出そうになる。私は必死に堪えていた。


「それから、ずっと原石の図鑑を眺めるようになった……。そして、いつか自分の手で原石を加工したいと思うようになった……。」

「それが、今の仕事に繋がるわけね……。」

「まぁ、そうだな……。」

 彼は少し照れくさそうな顔をしている。


「でも、まさか、こんなにも早く原石泥棒になる日が来るとは思わなかったな……。」

「ふふっ……。確かにそうかもしれないわね……。」

 私は彼の隣を歩きながら、微笑む。


「それにしても、よく、あんなに簡単に盗めたわよね……。」

「まあな……。」

「最初は、もっと大変だと思ってたんだけど……。」

「それは多分、お前の実力だろ……。」

「そうかしら……?」

「そうだよ……。お前の腕が良かったからこそ、簡単だったんだ……。」

「そっか……。じゃあ、次はどうしようかな~……。」

(やっぱり、原石泥棒としては、原石がたくさんあるところに盗みに行きたいわね……。)

 そんなことを考えていると、ストノスが口を開いた。


「おい……。また、変なこと考えてるだろ……。」

 ストノスはジト目で私を見る。

「べ、別に、何も考えていないわ……。」

 私は、慌てて誤魔化す。


「はぁ……。お前って、本当にわかりやすいな……。」

「うぅ……。」

(ストノスにだけは言われたくない……。)

 私は心の中で呟く。


「とにかく、もうすぐ着くぞ……。」

「ええ……。ねぇ、ストノス。また、一緒に盗みに行きましょ!」

「あぁ……。って、また行くのかよ!」

「そうよ!犯行を重ねて、捕まらないのが怪盗なんだから!……フフッ、覚悟しておきなさい……。」

 私は不敵な笑みを浮かべる。


「はぁ~……。わかった……。わかりました……。」

 ストノスは呆れたように言う。そして、私たちは屋敷へと帰っていった。

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