第捌話
「あのさぁ、最近夢見が悪くてさ」
いつものように、聞いてもいないのに始まる怪談話。
どうして人間は、怖い話が好きなんだろうね。
聞くのも、話すのも。
了承もしていないのに、突然話し始めるよね、皆。
【線路脇の家】
友人の実家は、線路の側に建っていた。
すぐ脇ではないのだが、線路脇には家四軒分位の駐車場があるだけなので、線路がよく見える。
そして駐車場の横にあるのは電力会社の変電所だった。
高い壁に囲まれている。
そして線路の向こう側は、家庭菜園の貸し出しをしている土地で、こちら側の駐車場の倍以上広い。
その隣は車1台通れる程度の道があり、また変電所がある。
こちらは電力会社ではなく、この路線を管理している鉄道会社の変電所だ。
だから、線路を挟んで変電所が並んでいる。
とても判りづらい説明だが、要は人の目があまり無い場所だとお判りいただければ良い。
そして、件の車が1台通れる程度の道路は、線路の所で終わっている。
但し、踏切は有る。
渡った先は電力会社の方の変電所で、そこへ車の出入りをする為の踏切なのである。
踏切の脇には、人が一人通れる道があり、おそらく住民からの要望で急遽作られたのだろう。
舗装もされていない土が剥き出しの道だから。
多少人の行き来があるので、そこの道に人が入って行っても誰も気にしない。
しかし、人の目は届かない踏切。
もう解っただろう。
そこは飛び込みの多い踏切なのだ。
駅から微妙な距離で、上りはスピードを落とし始める所、下りはスピードを出し始める所にある踏切。
今まで飛び込んだ人が助かったと聞いた事は無い。
「湿った生木が折れるような音が聞こえたから窓を開けたら、外が明るかった。電車が止まってた」と、その友人が夜に電話を掛けてきた事もあった。
事故で停まった電車に別の友人が乗っていた事もあったらしく、「俺に電話くれれば窓から手を振ったのに」と不謹慎な話をしていた事もある。
何となく電車事故の話が日常に紛れ込んだ非日常になってきた頃。
青い顔をした友人が言った。
「あのさぁ、最近夢見が悪くてさ」
踏切脇の家に住んでいる友人だった。
最近は減っていた飛び込み事故だったが、夏休みの真昼間にソレはあったそうだ。
急ブレーキ音の後に、停まって動かない電車。
あぁ、またか……とその時は思っただけらしい。
しかし、いつも以上に長時間停まっている電車。
2階の窓から電車を見ると、側面をブルーシートで隠していたらしい。
初めて見る光景だったのだとか。
そして鉄道会社の制服や作業着を着た大勢の人、人、人。
そして聞こえてきた声。
「揃ったか?」
「あとは右腕だけです!」
友人は急いで窓を閉めたそうだ。
その夜から、奇妙な夢を見るようになったらしい。
髪の長い女性が、暗闇の中で何かを探している。
初めは後ろ姿だったらしいその女性は、日に日にこちらへ近付き、体もこちらへ向いてきているとか。
怖い。
そして昨日、とうとうその女性が完全にこちらを向いたのだとか。
そして左手で右腕の肘の辺りを押さえて聞いてきたそうだ。
「私の右腕、知りませんか?」
と。
目を覚ました友人は、怖くて窓は開けられず、ベッドの上から線路の方向へ手を合わせ、知りません、見ていません、役に立てません、と宣言したそうだ。
その話を聞いてからは何も言って来ないので、多分大丈夫なのだろう。
昨日久しぶりに道でバッタリ会ったので、あの家の事を聞いてみた。
両親が離婚してその家を売ってしまったらしく、今は住んでいないそうだ。
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