相方さんがガンになりまして

渡邉 一代

第1話 癌宣告

「たっくん、たっくん。私、癌になったみたい。それでね、がんセンターか日赤病院紹介するからって言われて、日赤病院にしたよ。近いから。」

 そう僕の相方さんがそう言ったのは、八月のことだった。僕の相方さんはこの言葉を聞くと幼くみえるが、僕より十歳上だ。甘えん坊で、見た目は落ち着いてみえるが、実は天然。いつも落ち着け〜と唱えている。

「ねぇ、病院一緒に行ってね。」

 もちろん、その日は仕事休んで付き添おうと思っている。


 僕は山辺拓実、相方さんの加奈子さんと夫婦で暮らしている。子供はいない。というか作らなかった。結婚したのが三十二と四十二の時だったし、相方さんの持病があったので、無理をしないと決めた。相方さんは欲しがったが、ニ人で生きていこうと、泣く相方を抱きしめたのは六年前のことだ。

 今年八月の始め頃、相方さんがトイレからでてきて、ちょっと生理か不正出血かわからないけどあるから、そろそろ子宮癌検診の頃だし、山田産婦人科行ってくるよと言われた。僕はその時はいつもの定期検査程度にしか考えていなかった。

「いつ行くの?」

「明日、丁度休みだから行ってくる。」

 相方さんは、何か身体に異変が起こるとすぐにお医者様にかかる。だからか、早期発見だったり、ひどくならないうちに薬を飲み始めている。相方さんの持病である線維筋痛症は、付き合いだして三ヶ月頃に発病した。ほっとけなかった。相方さんは別れてくれてもいいと言ったが、クリニックにも一緒に付き添ったり、先生の話しを聞いたりして、僕も覚悟を決めた。

 結婚する前、電話でビデオ通話をしている時突然痛みで顔を歪ませた。どこか痛いのか聞くと、今は両腕が骨折してパンパンに腫らした時のような痛みが突然襲ってきたと言っていた。他にも関節痛や捻挫のような痛み、鞭打ちのような痛み、腰痛や筋肉痛、腓返りのような痛み等痛みの総合商社みたいだよと相方さんは言い、デートの時も手が強張り痛みがあるので、恋人つなぎはできず僕の腕を持っていた。


 翌日仕事をしていたら、産婦人科に行った帰りなのか、相方さんからLINEがきていた。

「十日程で検査結果がでるから電話くださいって。あと今日はシャワーだけだって。」

「お疲れ様。」僕はそう返信した。



 それから一週間程経った夕方だった。突然携帯がなり待ち受けが相方さんだったので、何かあったのかと通話ボタンを押すと、産婦人科から電話あって、精密検査を至急受けるよう連絡があったので、今から行くとのことだった。この時まだ僕は、何毎も起こらなければいいな〜くらいにしか考えていなかった。

 その後も通常通り仕事をし、帰路についた。



 相方さんが精密検査を受けて数日が経った日、僕はその日は休みで家でくつろいでいた。相方さんは朝十時から夕方五時まで仕事なので、帰る時間に駅まで迎えに行こうとしていたところ、相方さんから電話があった。

「たっくん、検査結果でたからすぐ来てくれって言われたから行ってくるね。」

「わかった。」大丈夫だろうか。家で帰りを待つしかないので、僕は気になりながらも、ソファに横たわり携帯を見ていた。

 一時間程経った時、外で自転車が止まる音がした。そしてインターフォンが鳴ったので、玄関の鍵を開けた。

「ただいま。」

「おかえり。」

「たっくん、たっくん。私、癌になったみたい。それでね、がんセンターか日赤病院紹介するからって言われて、日赤病院にしたよ。近いから。」

「えっ?」

「初期の子宮体癌みたい。」

「そうなの?」僕はどうフォローしていいかわからず、それ以上言葉に詰まった。

「ねぇ、病院一緒に行ってね。」

 もちろん、その日は仕事休んで付き添おうと思っている。

「たっくん、明日は仕事何時から?」

「八時三十分タイムカードだから、七時三十分には家出るよ。」

「私も明日は同じ時間だよ。一緒に行けるね。」

 相方さんと僕は同じデパートに勤めている。僕は食品惣菜売り場の主任で、相方さんは本屋でパートをしている。でも、相方さんとの出逢いはデパートではない。出逢いサイトだった。僕は歳上の女友達が出来ればいいなぁ〜と思っていた。結婚には興味なかった。一生独身でいるつもりだった。けど相方さんと出逢い、病気を患っても側にいたいと思い、試しに結婚してみるかと籍を入れ現在に至る。結婚式はその後に沖縄のビーチが見えるホテル内の教会で、列席者なしの二人で挙げた。いい思い出だ。

「たっくん、うちの主任に休み調整してもらわないといけないね。」

「病院は何日に行くの?」

「八月二十五日だよ。」

「わかった。僕も調整するね。」

「うん。…たっくん、怖いよ。癌って。」

 そういう相方さんを僕は抱きしめるしかなかった。


 翌日、僕は出勤後にリーダーの河野さんに勤務の変更をお願いした。まぁ、相方さんの病院の付き添いなので、心配はされたけれど、詳しいことはまだはっきりしてないし、言う必要もないだろうと思って付き添いがいるのでとだけ伝えておいた。

 昼休み、相方さんから休み変わってもらえたとLINEが入ったので、帰ってからまた話し聞くからねと返事した。これから夕方にかけて、惣菜売り場は忙しなくなるので、集中しなければならない。特にダブルチェック、最終確認をして安心安全な商品を提供しなければならないので、神経が削がれて行く。僕はコーヒーを飲み干し、仕事モードに切り替えた。


「ただいま。」

「おかえり、パパちゃん。」相方さんは、今日は甘えモードである。通常モードだとたっくん、甘えモードや拗ねるモードだと、パパちゃんやじじちゃんとか相方さんはそう呼ぶ。僕はかなはんが通常モードで、おばちゃんやばばちゃんとその時により変える。

「今日はどうやった?何かかなのことで言われた?」

「ん?病気のこと?」

「うん。」

「付き添いで休むしか言ってないよ。そっちはどうだったの?」

「癌って伝えた。治療で休んで迷惑かけたりするから。」

 僕はそっかとだけ言い、相方さんの頭を撫でた。そして、いつものようにお風呂場へ向かった。



 八月二十五日、今日は相方さんの付き添いで病院に行く日だ。午後からの診察に合わせて、バスで向かった。我が家は自家用車がない。免許はニ人ともに取得してるが、経費節減の為に公共の乗り物を利用する。相方さんはというと、朝から緊張しながらも、準備したものを何度も確認していた。

 病院に着くとまず地域連携の窓口に行き、紹介状と予約表を見せ、保険証と診察券を出した。その後、診察を受ける産婦人科の窓口で受付し、順番を待つ。病院内は午後でも人が多く、受付番号を呼び出されるまでには時間を要した。

 モニターに受付番号が表示され、診察室に入室した。先生はやや年配の女性で、穏やかな方だった。

 紹介状と、検査したプレートを確認され、内診の為僕は一旦退出。その後入室し、癌の大きさが一センチ程の子宮体癌とつげられた。これから血液検査等の今日する検査の他に、別日にMRI検査、PET検査をするとのこと。ただ相方さんは造影剤を使ったMRI検査はできないようだ。それは気管支にも持病がある為だ。

 あと、この歳だと、癌だけ取り除くのではなくて、子宮と付随する臓器の卵管や卵巣も一緒に摘出するので、このひと月の間で覚悟を決めてくださいとのこと。そして、入院のニ日前にPCR検査を受けるようだ。

 診察や血液検査の後、これから受ける検査にあたっての説明は、入口前の総合案内窓口に行き、看護師の方からMRIやPET検査のことや、それに伴う書類の説明を受けた。PET検査については費用もかかるが、キャンセルの場合も薬剤を含めた費用を取られるので、キャンセルがないように注意された。


「疲れたね〜。」帰ってきて第一声がこれだった。本当に疲れた。

「たっくん、今日付き添ってくれてありがとうね。」

「はいよ。」

「たっくん、あのね、PET検査の日だけまた付き添ってほしい。MRIは一人で行くから。PET検査したことある人が職場にいてね、疲れるみたいなの。絶対に付き添ってもらいよって言われたの。」

「わかった。休み希望だして相談しとくね。」

「今日さ、晩御飯準備して行ってよかった。まさかこんな時間になると思わなかったもん。洗濯物取り込まなきゃ。」

「晩御飯はまだ休憩してからでいいよ。洗濯物入れたら一旦座って休憩しよ。」

 相方さんは、帰ってきてからもすぐに家事をしようとするので、休ませることにした。


 今朝は少し早めに起きた。今日相方さんはMRI検査を受ける日で、相方さんの様子が気になったからだ。案の定、相方さんは起きていて、玄関やトイレ掃除、洗濯機を回していた。

「早いね〜。」

「ごめん、起こしちゃった?」

「いや、大丈夫。それよりかなはんは寝れたか?」

「あんまり、寝てない。」

 相方さんは、何かあると眠れなくなったりする。心配毎やどこかに出かけたりする時、例えば僕たちの結婚式の前日も眠れなかったようだ。帰ってきたら、ゆっくり休むように伝えて、僕は仕事にでかけた。

 仕事中に「終わった」と相方さんからLINEが入っていた。僕はただお疲れ様とだけ返した。MRI検査で造影剤使えば、場所や大きさがはっきりするんだろうけど、相方さんの場合、使うことができないから仕方ない。そもそもの癌が間違えだったらいいのにと思うことがある。相方さんと何毎もなく過ごせたらどんなによかっただろう。結婚してすぐの頃、休みの日にはニ人でよく出かけた。近くの城や寺院、テーマパーク、温泉、結婚記念日の旅行。今は懐かしく思う。最近は感染症が蔓延しているので、遊びに行くどころではない。


 家に帰ると相方さんは横になっていた。まだ晩御飯もできておらず、お弁当買ってこようかと声をかけたが、簡単なものでよかったら作るとのことで、ありあわせの鍋になった。余程疲れたのか、食事後しばらくしてからシャワーを浴びてベッドに入っていた。僕はテレビをつけながら、携帯小説を読んでいた。音があるほうがなんだかいいので、いつも見なくてもテレビをつけている。大体がバラエティー番組かニュース番組だ。その内僕も眠気がでてきたので、布団に入って寝た。最近は感染症の予防で、別々に寝ている。相方さんは寂しがったが仕方ない。


 翌日はニ人共朝九時からだったので、一緒に出勤した。今日一日働くと、明日は休みで検査の付き添いだ。相方さんは今日早めに休ませないとと思いながら、今は仕事に集中した。

 九月は休日が多い。最近は家で過ごす人が多いのか、惣菜がよく売れている。お酒のあてになりそうなものをセットで販売したり、子供も喜びそうな唐揚げやエビフライなどを入れたパーティーセットを販売したりする。その他普段の食卓に並ぶ惣菜は変わらず販売している。販売する商品は、その月毎のスケジュールを確認し、作業を進めていく。

「山辺さん、明日お休みですね〜。何か奥さんとご予定ですか?」準社員の中原くんが話かけてきた。僕は苦笑いしながら、奥さんの付き添いで出かけるとだけ応えた。中原くんはバイト上がりで準社員になった子で、今度社員になることを目指して頑張っている、ユーモアのある真面目に仕事に取組む青年だ。たまに、土足で人の心に踏み込むので、モヤっとすることもあるが、そういう時は聞き流している。

 仕事が終わり店を出たところで、今度は食品部門統括の野間課長に声をかけられた。

「山辺くん、お疲れ様。明日奥さんと出かけるんだって?この時期だから、遠出しないでね。」

「……あの、それはどう言ったことでしょうか。僕は明日妻と出かけますが、遊びに出かけるわけではないです。」

「えっ、そうなのか、すまない。中原くんが奥さんと仲良いんですよって、出かける話を聞いたからてっきりデートかと。」

「違いますよ。」デートだったらどんなに楽か。僕はため息をついた。

「山辺、奥さんと何かあったのか?」

「えっ、何かって?」

「ため息ついてるから、相談のるぞ?」

「課長に相談するようなことは何もありません。家で妻が待っているので、僕は失礼します。」

「ああ…。」

 この課長はいつも余計な一言が多い。僕は苦手なタイプだ。前にもトラブルがあったので、あまり関わりたくない。そっとしといてくれとイライラしながら家路についた。中原くんも、余計なことを…。

 家に着き玄関のドアを開けるとカレーのいい匂いがしていた。相方さんに迎えられ、少し落ち着いた。

「今日と明日はカレーだよ。」僕はうんと頷いた。


 PET検査当日、相方さんと朝からバスで向かった。検査はPET棟で行われる。検査は薬剤を体内に入れ時間を置いてからCTの検査台に乗るらしい。放射線の薬剤なのか、本人に直接触れることはできないらしい。待合室には検査を受ける本人と家族以外、人は見かけない。検査室は隔離状態になっていて、家族も入れない。僕は検査中は何もする事がないので、病院本館入口の待合で待つことにした。こちらの方が幾分か気も紛れ、自分のことに集中できる。携帯を出し、読みかけの携帯小説を読み始めた。


 どれくらい経っただろうか。そろそろ終わりかと思い、検査が行われているPET棟の待合室に向かった。まだ相方さんの姿はなく、空いているソファーに腰をおろした。少し待ったところで、検査室の扉が開き相方さんが顔を見せた。少し疲れた印象で、僕は相方さんに寄り添い、本館で会計を済ませ病院を後にした。お昼がまだだったので、帰る前にハンバーガーショップに立ち寄り、お昼を済ませタクシーで家路に着いた。


「疲れたね〜。たっくん、今日ついてきてくれてありがとう。」

「いえいえ。かなはん、ちょっと横になったら?」僕がそういうと、ベッドで横になってた。

「あのね、今日検査で注射してもらってね、その後リクライニングソファのある個室っぽい控室に通されて、一時間くらいしてからね、CT室で画像撮ってもらって、また控室に戻って休憩してたんよ。トイレね、ニ日くらいは、蓋をした状態でニ回水を流してくださいだって。そうじゃないと、家族に影響出るらしい。たっくんにも触れる事できない。嫌だな〜。」

「今日は疲れてるし、お互いゆっくりしましょ。」いつもハグをするので、それができないのが嫌らしい。

「次診察二十二日だっけ?」

「うん。転移してなければいいな〜。」

「そうだね。」その後お互い無言になり、横になった。

 次の診察日までは、変わらず過ごした。



 今日は検査結果を聞く日だ。どういったらいいのだろうか、まだ癌と言われてもピンとこない。相方さんも、癌じゃなかったらいいのにな〜と淡い期待をしているようだ。

 病院に着き、受付を済ませ産婦人科で番号を呼ばれるまで待っていた。ほとんどニ人共無言だ。予約時間から少し過ぎたくらいで、受付番号が表示され、診察室に入った。

「お名前お願いします。」

「山辺加奈子です。」ニ人で席に着き、石先生の言葉を待っていた。

「検査の結果ですが、ステージ1Aの子宮体癌です。転移は見られないです。本当に出来てすぐで、進行のスピードも遅いです。」

「転移なくてよかったです。」

「手術して子宮と付随する臓器をとります。腹腔鏡での手術を予定してます。ただ、癒着とかがあった場合に回復手術に急遽切り替えます。」

「癒着ですか?神経性の虫垂炎と言われてニ回程薬でちらしたことはありますが、問題ありますか?」

「あ〜そうしたら、回復になる可能性あるね。炎症起こした部分が癒着しているかもしれないからね。腹腔鏡だと手術して五日程で退院だけど、回復だとニ週間はかかるから、開けてからになるね。」

「はぁ。あっ、先生薬なんですけど、山金先生に癌になったこと伝えたら、一種類薬減らされました。免疫を抑える薬らしいです。」

「そうなんやね、山辺さんの場合、持病があるから山金先生とこちらと連携をとって、あと呼吸器も診察受けてもらって、手術の準備進めて行きますね。あとね、手術までに5Kg痩せてくれる?今でギリギリなんよ腹腔鏡の手術。最低3Kgね。」

「はい。5Kgか〜。」そして相方さんは僕の顔を見た。僕は苦笑いした。

「手術日は、十一月十七日入院の十八日手術ね。」

「えっ、十月じゃないんですか?」

「そうするつもりやったんやけどね、山辺さんより進行している人がいて、先にそちらをしないと行けないから、その日まで空いてないのよ。」

「はぁ、わかりました。」

「他に聞いておきたいことはありますか?」

「えっ、何かある?」

「いや、今のところは。」

「ではこの後、入退院センターに行って、栄養指導受けて帰ってね。」

「はい、わかりました。」

「では、受付でお待ちください。」

「ありがとうございました。」そして診察室を出た。

 その後受付で書類をもらい、入退院センターへ行き食事指導や手術までの間に歯科へ行くことや、身長体重の測定、入院に関する書類の説明を受け、病院を出る頃はもう夕方五時を回っていた。


 やっと家にたどり着いたが、二人とも疲れ切っていた。

「ダイエットか〜。」

「いい機会なんじゃない?」

「まぁそうなんだけど、5Kgか〜。大丈夫かなぁ〜。」

「頑張りなさい。」

「うん。まずウォーキングだね。後病院からもらった運動冊子みながらの運動だね。」

「あと、食事でしょ?どうするの?」

「明日、職場で本見て来る。そうじゃないと、カロリーわからないから。」

「うん、そうだね。旦那さんも協力してくださいとは言われたんだけど。ご飯作るのはかなはんだから。僕は何でもいいよ。」

「うん。」そういいながら渋い顔をしていた。

「まぁ今は帰ってきたところだし、ゆっくりしよ。」

 そして僕らはお茶を飲んで一息ついた後、床に横たわりしばらく眠っていた。

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