鶴と亀
渡邉 一代
第1話 今と昔と
私は関東で大学に通う二十二歳の大人の女性です。名前は前田香織。この度卒業論文のテーマについて、どうしようか悩み中です。家政学部の被服学科だから、衣服についてのことを書くと言うことだけは決まってます。
それで私の名前なんだけど、おばあちゃんが考えてくれたみたい。父さんも母さんも凄く気に入ったらしくて、満場一致って言うのかなぁ、すぐ決まったらしい。織物の織って付いてるからかな、衣服が大好き。
あっそうそう、私のおばあちゃんの名前、鶴さんって言うの。ジョーダンで姉妹で亀さんもいたりしてって言ったことあるの。そうしたら、笑いながら妹の名前亀さんって言うんだだって。自分で言ったのに、凄く驚いたよ。そのおばあちゃんも今は老人介護施設に入所してるんだけどね。今度父さんと会いに行くんだ。
ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ、カチッ。もう七時か、起きなきゃ。でも、もう少しだけ…。
「香織、起きなさい。今日はおばちゃんのところに行くんでしょ。」
「うーん。」
「香織、起きないと置いてくぞ。」
「はーい。」
うーん。両手を上げて伸びをした。さぁ、起きるか。
今日は、おばあちゃんに貰ったこのワンピース着て行こうかな。肌触りが優しいんだよね。うん。これでよし。
そして下に降りて、顔を洗って簡単に化粧をしてから、食卓についた。
「やっときたな。」
「もう香織ったら、中々起きないんだから。」
「えっ、今日はすぐ起きたでしょ。」
「いつもよりかは早いわねー。」
「樹貴は?」
「もうでたわよ。」
樹貴は私の弟で今高校二年生。吹奏楽部に入っている。
休みの日もクラブへ行って、コンクールに向けて練習に励んでいる。
「お父さん、何時に出るの?」
「香織の準備ができ次第だよ。」
「あなた、これお母さんに持って行って。」そして、プレゼント包装された包みを父に渡していた。
「いつもありがとう。渡しとく。」そして顔を合わして微笑んでいた。
準備もできたので、いざおばあちゃんのもとへ出発。
お父さんの運転する車で一時間程走らせると、おばあちゃんが入っている施設に到着する。少し足が不自由になったけれど、元気いっぱいで、施設でもムードメーカー的な存在みたい。
お父さんが面会手続きをしている間に施設内を見渡すと、レクレーションルームでお友達と話をしているおばあちゃんがいた。
「あっ、いた。」そう呟くと、お父さんも私の目線の先を見た。
「相変わらず賑やかだなぁ。さぁ、行こうか。」
「うん。」そしておばあちゃんのもとに近づくと、やっと気づいたのか、笑顔で迎えてくれた。
「待ってたよ。いらっしゃい。」
「母さん相変わらずだなぁ。」そして周りの人にも挨拶をしていた。私も挨拶をし、おばあちゃんの部屋に三人で向かった。
おばあちゃんの部屋は南向きで、凄く明るい部屋だ。
お父さんは、お母さんから預かったプレゼントを渡していた。おばあちゃんはプレゼントを受け取ってすぐに、開封して満面な笑を浮かべてた。
「美香さんにも会いたかったわ。」
「仕方ないよ。面会は特に何もなければ、二人までだから。」
「美香さんにお礼言っといてくれるかい?」
「わかった。」
「香織は大学はどうだい?」
「うーん。卒論のテーマどうしようかって悩んでるの。」
「そうなの。どんな分野で考えてるの?」
「衣服関連で考えてるんだけど、何がいいかわからないの。」
「香織は播州織は知ってるかい?」
「播州織?聞いたことはある。」
「香織が今日着ているものも播州織だよ。」
「そうなの?」
「そういえば、母さんの里って播州織の工場営んでたよね?」
「そうよ。今は梅之介兄さんと甥の裕二くんが工場してるわよ。よかったら夏休みでも行ってみたら。私も行きたいけどねー。この足じゃね。」
「おばあちゃん、一緒に行こうよ?」
「私もかい?」
「いいよね?お父さん。」
「その前に、伯父さんに連絡してお伺いたてなければいけないんじゃないか?」
「じゃあ、夏休みまでに聞いてみようかね。久々にみんなに会いたいねー。」
夏休み、おばあちゃんと私は、お父さんの車で兵庫県西脇市にある、梅之介さんの家に向かった。お父さんはまたお盆過ぎに迎えに来てくれるので、私達を下ろすと帰って行った。
梅之介さんはもう仕事はあまりされてなく、相談役の立場で携わっているようだ。おばあちゃんと会うのは十年ぶりくらいと言っていた。
「鶴、元気やったか。香織ちゃんも大きなって、べっぴんさんなったなー。」
「元気よ。梅兄さんも元気やった?」
「おう。」
「おばあちゃん、べっぴんさんって?」
「おお、べっぴんさんか、綺麗になってってことや。」
そう意味がわかると恥ずかしくなってしまい、真っ赤になった私を、二人は笑いながら見ていた。
梅之介さんの家では、ご馳走様が並んでいた。梅之介さんの奥さんのしずさんが、用意してくれたようだ。四人で食卓を囲んで、兄弟姉妹の近況を聞きながら美味しく頂いた。今日はもう遅いので、おばあちゃんと一緒にお風呂を頂き、ふかふかのお布団に入り、緊張が解けたのかすぐに眠りについた。
翌朝、トントントントンという音で目が覚めた。横に寝ているおばあちゃんはまだ眠っているようだった。今何時だろうと、部屋の置時計を見ると五時半を差していた。何の音だろうと布団を這い出し、部屋を出て音のする方へ行くと、キッチンでしずさんが朝食を作っていた。
「おはようございます。」私はしずさんの後ろ姿に声をかけた。
「おはようさん。えらい早いね、まだ寝てたらええのに。」そう言われたが、目が覚めたのでと言って、一旦洗面所に行き顔を洗って身支度を整えに部屋へ戻った。
部屋へ戻るとおばあちゃんも目が覚めたのか、服に着替えていた。私の姿を見ると、トイレかいと聞かれたが音の事を話すと、他所様の家に来て、そんなかっこでうろうろするもんじゃないと叱られた。
私も着替えて布団を畳み、おばあちゃんの指示で押し入れに布団をしまった。その後はおばあちゃんを洗面所に連れて行き、キッチンへと向かった。
「あらあら、もうみんな起きてきたん。」そう言いながら、食卓に四人分のご飯を準備してくれた。私も運ぶのは手伝ったけど。梅之介さんも食卓にきて席についたので、一緒に朝食をとった。ご飯にお味噌汁、卵焼き、納豆、味付けのり、美味しかったー。お魚は焼くの忘れたらしいけど、私はこれだけで十分お腹いっぱいになった。朝食後は洗い物を手伝い、出かける準備をして梅之介おじさんとおばあちゃんと工場へ向かった。
工場へ到着すると、既に裕二さんが機械を立ち上げていた。ただ、機械が動かし始めるのは八時半と決めているみたい。早すぎると近所迷惑になるかららしい。
「おはようございます。」
「おはようさん。鶴おばさんに香織ちゃんやったかな。昨日は車に長時間揺られてきて、疲れでてないか?」
「大丈夫よ。香織としばらくお世話になります。」
「おお、香織ちゃんの大学の卒論のテーマで書くんやろ?」
「はい。よろしくお願いします。」
「まずな、親父に昔のこと教えてもらい。歴史展示してるとこあるしな、現場は後からでもええんちゃうか?」
「そうですね。歴史も知りたいです。」
そしてまず私達は、展示されている会館へ向かった。
播州織は二百年以上の歴史がある。江戸時代に京都の西陣織の技術を持ち帰ったところから始まる。この地域は温暖で、綿花の栽培が行われていたので、農家の副業で機織りをしていたようだ。衣類は自給自足。
そこから、機織りの機械技術が進み、明治や大正の時代、第一次世界大戦の前までは国内での市場で着尺地を専門として扱っていたが、戦後は海外市場向けに先染め織物を専門として扱われるようになった。
「おばあちゃん、凄く歴史があるんだね。」
「そうだよ。機織りの機械も工場のものと違うだろ?」
「そうだね。」そして展示物を見て回っていた。でも先に糸に色を入れようとするなんて、よく思いついたなと考えていた。染める技術も、この地域は水源が豊富だったから発展していったのか。播州織って呼び方は明治時代からで、それまでは播州縞って呼ばれたりした時代があったんだね。色んなことを知ることができた。
「香織、そろそろ戻ろうか?」
「工場に?」
「いやいや、家に戻るんだよ。少し疲れてきたからね。」そして私達は帰りに美味しい蕎麦屋さんで昼食を頂いて、梅之介さんの家に戻った。
家の近くまでくると、ギットンバットンと言う音が聞こえてきた。何の音だろうと思っていると、梅之介さん家の離れの方で音がしている。私は気になって、梅之介さんに聞いてみると、昔ながらの木製の機織りの音らしかった。離れを除いてみると、しずさんが機織りをしていた。
中に上がらせてもらって、お願いして写真を撮らせてもらった。しばらく見ていると、香織ちゃんもやってみるかいと言われたので、体験してみることにした。しずさんに教えてもらいながら、ゆっくりと縦糸に横糸を入れていく。ピンと張りすぎると攣ってしまうし、緩すぎだと柄がうまく出ないので、いい塩梅にするのが難しい。
しばらくさせてもらうと楽しくなってきてしまった。
それでその話を、今日の夕飯時におばあちゃん達に話すと、それじゃあ帰るまでに、生地を一つ作ってみたらと提案された。ただ色んなことを調べてまとめながらなので、できるか不安だったけど、やってみることにした。
翌日は梅之介さんとしずさん、おばあちゃんと私の四人でお墓参りに行った。ご先祖様や、梅之介さんとおばあちゃんの両親や兄弟が入っているらしい。お墓参りの後は、喫茶店によって一息ついた。
「そういえば、亀さんはどこにいらっしゃるの?」
「亀は同じ市内の嫁ぎ先で、播州織工場と店してるんや。」
「そうなの?何のお店?」
「播州織で作った服や鞄とかを売ってるんや。」
「えっ、行ってみたい。」
「じゃあ、亀にも連絡して都合聞いてみなあかんな。」
「うん。よろしくお願いします。」そしてその後結局お昼を食べてから、梅之介さんの家に戻った。
家に戻ってからは、梅之介さんとしずさんに播州織の歴史について教えてもらった。その後しずさんと、生地のデザインをどうするのかを話をしたけれど、どうすればいいのかまとまらなくって、悩んでしまった。
昨日あれから梅之介さんが亀さんに連絡をとってくれた。そして今日は店もお休みだから、時間を作れるとのことだったので、会いに行ってきた。
亀さんは鶴おばあちゃんよりも背が少し低く、左足がお悪いようだった。
ご挨拶をして工場を見学させてもらった。今日はお店は休みみたいなんだけど、工場は稼働していた。
「姉さんの孫かぁ、もう大学生なんやね。私らも年取るはずや。」そう言って笑っていた。
「亀は元気やね。孫が卒論を書くのにテーマをどうしよかって悩んでたから、播州織勧めたんよ。なので悪いけど協力してやって。」
「そうなんや。ってことは来年就職?」
「そうです。なので帰ってから就職活動再開です。」
「どんな方面とか決まってるんか?」
「服飾なので、衣料品関係のところに行きたいのですが、帰ってから2社受ける予定にしています。」
「そうなん。姉さんの孫だから大丈夫やろ。」
そういいながら笑っていた。
亀さんの工場でも、裕二さんの工場と同じような織り機が並んでいた。デザインは前もって決めて機械にセットしておくようで、昔ながらのデザインや改めて亀さんがデザインしたものがあるようだ。
デザインといえば、昨日しずさんと手織りで生地を作ることになったことを亀さんに話すと、いろんな色の糸やデザイン画を見せてくれた。複雑なデザインもあったが、それよりもシンプルなデザインの方が私好みだった。亀さんは、よかったらこのデザインで作るかいと言ってくれ、デザインをうつさせてくれた。後、糸も好みのものが有ればもって行きなさいと、沢山の糸の中からデザインに合うものを選ばせてくれた。
「香織ちゃん、生地で何作るつもりなの?」
「まだ決めてないです。ワンピースもかわいいし、ストールにしてもいいし、迷います。」
「じゃあ、店も見てみるかい?」
「是非。でもお休みではないですか?」
「いいのいいの。」そして今度は、店に車で向かった。
亀さんはいつもは息子さんの運転で移動しているけれど、今日は梅之介の運転で移動した。凄くお洒落な店構えで、ワクワクした。
店の鍵を開けて中に入ると、色んな商品が並んでいた。エプロンや鞄や、ワンピースにショールにコースター。布で作れる物は何でもある感じだった。それで私あること思いついて、亀さんに話したら一緒にやってみよかって話になって、それを作ることになった。でもまずは織物を織らないと進まないので、卒論の材料を集めながらも、しずさんの指導を受けて、亀さんにもらったデザインと糸でおることになり、翌日から始めることになる。もちろん仕事帰りに亀さんが息子さんの車で梅之介のところまで来て、進み具合も見てくれるようだ。
おばあちゃんは、私が播州織に前のめりになってるのが嬉しかったのか、ずっとにこやかに笑ってた。
次の日から私はしずさんの家事を手伝った。早く手織りの機械に座れるように、おばあちゃんにも手伝ってもらって昼過ぎにはとりかかれるようにした。おばあちゃんは孫の為だからと、一番はりきっていたのには驚いてしまった。
離れで女三人で話をしながら、機織りの機械に糸をセットした。織初めはしずさんにお願いした。ギットンバットンと音を奏でて、機織りが上下した。その様子をおばあちゃんと私はじっと見つめて、期待と不安とワクワクと色んな感情になっていた。途中で私と代わって、ゆっくりだけど織り進めていった。
今日は亀さんが一五時過ぎに手土産にケーキを持ってきてくれたので、女四人で離れでお茶をした。その後私は作る物のデザインについてや生地について、相談をしていた。
「若い人の発想は違うもんやね。」しずさんが感心したように呟いた。私にしたら、こんな若者の意見を取り入れてくれる亀さんは凄い人だと思ってるんだけどね。
「昔はね、決められた通りに生地を裁断して、周りと同じようにしかできんかったからね。こんなに自由に作れる今の時代は幸せやね。」そうおばあちゃんも言っていた。そういえば、おばあちゃんたちの昔話聞いたことなかったなと私は考えていた。それでね、聞いて見たんだよね、おばあちゃんたちが小さい頃のことや兄弟姉妹のこと。そうしたら、話してなかったかな?って微笑みながら三人で話をしてくれた。
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