14. 姉妹 ~🦋6頭
作家、
我ながら変かもしれないと思ったりする事もあるようでないようであるのだが、この感覚を体験するには独特の手続きがある。
我思う故に我あり。
デカルトの有名なこの言葉の、哲学的意味合いに立ち返りたい。
自分の周囲に広がるものをまずは疑う。偽物ではないか。虚像ではないか。
そして、疑った果てにどうしても自己の存在だけは疑えないことに気付く。
――目を瞑る。闇。だが完全ではない。まだ瞼の向こうに光源を感じる。
自分に問う。私は誰か?
名が浮かぶ。五百旗頭というペンネームと、その奥に透けて本名も。
この名前は誰だ、と考える。五百旗頭、という人物が自分から切り離されていく。
概念が消える。
職業、立場、年齢、住まいもない。名前、性別、一人称、二人称、三人称もない。日本人も、日本語もない。言語という概念がない。
自己の表層に関する意識も遠ざかる。
顔、身体感覚、暑さ、寒さもない。
情報を不思議に思う。
あらゆる概念が消えたはずなのにいまだに理解できる概念という概念が奇妙で堪らない。
概念が消えると大抵真っ暗だが、明るいという概念も暗いという概念もないのでただ
宇宙? 世界がなく、自分と世界の境もないのだから、宇宙もない。
ここは何をする場所でもない。
止まり木だ。人間から、現世から、離れたくなった時の止まり木。
五百旗頭の執筆活動の、源。
あの世とこの世のどこでもないこの止まり木で、自分の器――現世に表出している自分に言葉が蓄積するのを待つのだ。
そうして蓄積した言葉を繋ぎ合わせて、五百旗頭は小説を書いた。
それがこれまでの創作活動だった。
それは心地良く、虚しい。
例えるなら志向を凝らし過ぎた
アイデアに頼る事が楽しくなってついつい加減を図らず、知育菓子のアイデアを取り入れりなんかしちゃったりして、何だかんだで作るのが難しくて、即席じゃなくなってしまったり。
即席じゃない即席麵の
このポリポット世界は特に需要を無視した仕組みだ。
やけに虚無感が募るが、本来の世界もそう変わらないのかもしれないとも思う。
「
五百旗頭はふと、隣の破れかぶれの翅に話しかけていた。
これまでごくごく当たり前に会話してきたような調子だな、と他人事のように思った。
「……あの子は、私の妹、ですよ」
長らく沈黙を守ってきた彼女から、簡潔な返答があった。
「では、その、あの、君はちゃんと翅としての無情を楽しんでいたのかい?」
「はい」
蟲地獄が度々寒天草の翅を千切りに来た。
毎度それを寒天草は許容した。
何かありそうとは思っていたが。
「君は妹に栄養を与えて生かそうとしたのだね。だが、蟲地獄となった君の妹は食べて生きようとはせず、子供たち――幻影虫の何匹かに分け与えていた」
寒天草は緩慢に笑んだ。
心身の綻びを受け入れ、超越した諦観が死に際の彼女を美しく飾っていた。
「先生」彼女特有の、甘やかな瑞々しさを湛えた声音だ。
「私の名前、寒天草
だから、私と面識があった宇丈さんや阿夢さんの人生を、引っ掻き回そうとした……」
その夜、
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