12. 餞別 ~🐜7匹
六日目。干乾びた兄が地面に投げ捨てられていた。
そばにはサラサラの砂粒が円形に広がっていた。さながらアリジゴクの巣だ。
兄にはまだ息があった。
「丈。俺を、食べろ、全部残さず……」
死を間近にした兄が、予想だにしなかった事を打ち明けた。
兄、
地下世界の蟲の死体から捕れる蜜を飲めば寿命が延びる。
それは先日、阿夢から丈が聞かされていた事だ。
「じゃあ、兄さんは寧夢ちゃんを生かすために……」
宇丈は首を横に振った。
喉から
「俺は次に寧夢を、蟲地獄に引き渡すつもりだった。蜜を飲ませた蟲は腹に溜まるらしい。幻影虫五十匹と引き換えにしても充分足りるくらいには」
ヘンゼルとグレーテルの童話のように、少年を太らせようとした魔女のように、宇丈は寧夢に栄養を与えた。
「阿夢はどうしても寧夢を生かしたかったらしい。『こんな社会では寧夢の素直な性格そのものが財産です。もし誰か一人が生き残れるとすれば、寧夢を残すべきです』
そう頑なに信じていた。
俺は内心嘲笑っていたよ。阿夢の死体の蜜を全部寧夢にあげたのはせめてもの
兄は犠牲を減らすため、毎晩生贄として仲間を一匹ずつ蟲地獄に差し出したと告白した。
先日は同様に阿夢も蜜を与えてから蟲地獄に突き落とした。
丈は怒りに任せて、兄の首を嚙み切ろうと歯を立てた。
が、力を籠めようとして、できなかった。
理解できてしまったからだ。
丈の兄は生き延びるため、何より丈を生かすため動いた、と。
兄は息を掠れさせながら、丈に告げた。
「蟲地獄は、
寒天草に
きっかけは寒天草でも最終的にそれを進んで行ったのは兄だ。
「何をしてでも、丈、お前を手元に残したかった。だって、お前は高潔だ。こんな世界に居続けてなお寧夢を想いやっている」
兄はズタズタの折り紙のように
幼い頃。人間だったかつてに、兄に拾われた事を思い出した。
――手渡された菓子パンを握って右往左往する丈に、青年の宇丈は怪訝な顔をした。
丈は益々恥じ入って赤くなる。
その理由にようやく思い至った宇丈が、慌てて菓子パンに巻き付けていたラップを剥がした。
幼い丈はラップの剥がし方すら知らなかったのだ。
まだ知り合ったばかりの兄は、優しく丈を叱った。
――分からない事は分からないと言え。お前はもっと
「兄さん、あんたほんと最低野郎だよ。ほんっとに、人間としてっ、最低だっ……。
でも、俺も寧夢ちゃんに一緒に謝ってやるから。どんな事でもこれからは俺だって背負うから。
……俺、我儘言うよ。
帰ろうよ、兄さん。一緒に、人間に戻って貧乏なままでもいいから、家に帰ろう……」
それから兄は二度と口を開いてくれなかった。
折小野宇丈のからだは、どろりと金色の液体に溶けた。
さくりと土を踏む足音がした。
振り返れば、背後に寧夢が居た。彼女がはっと息を吞む。
丈は溶け始めた兄のからだを引き摺った。
ともかく蟲地獄の巣から遠くに連れて行ってやりたいという思いだった。
寧夢が手を添えた。懸命に手伝おうとしてくれる。
が、足元が崩れ始めた。
蟲地獄が罠の砂粒渦を広げようとしているのだ。
丈は怒鳴った。
「寧夢ちゃん逃げて! ここはいいからっ……」
「いやです、一人にしないで……! たった一人で生き延びて、わたしどうしたらいいの……?」
弱々しさを隠すように彼女の声は硬かった。
それで、丈は決断した。
兄の崩れた頭部の蜜だけ素早く吸い取り、寧夢の肩を支えながら砂の渦から脱出した。
丈は零れそうな涙を懸命に強がって、飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます