まさかの急接近

 その日、俺はとてつもなく驚いたことだろう。

 いつもと同じようにツッキーとしてのバイトに励むため、おっちゃんやおばちゃんたちの待つデパートに向かったのだが……まさかこんなことになるとは。


「水瀬由香です。よろしくお願いします」

「藍沢舞です。どうかよろしくお願いします!!」


 由香と舞がデパートの店員が着るはずの服を纏い、こう挨拶をしたからだ。

 二人の自己紹介に周りでは歓声が上がり、老若男女問わずに二人がこの場に受け入れられたということが分かる。


「つうわけで、今日からバイトとして水瀬ちゃんと藍沢ちゃんが加わる。主に仕事は咲夜の手伝いということになるが、もしかしたら人出が足りない部分で呼ぶこともあるかもしれん。そこは二人とも、臨機応変に頼む」

「分かりました」

「は~い!」


 そんなやり取りを見つめる俺に、少し年上の男性が肩を小突いてきた。


「あの子たち、咲夜の同級生なんだって?」

「……うん」

「ははっ、なら良い感じに打ち解けて仕事出来るんじゃないか? 今から暑い時期だしお前のストッパーにもなってくれそうだ」

「それは……って、ちょっと待てい!!」

「お、おぉ……どうした咲夜。ウンコでも行きたいのか?」


 このおっちゃん一発殴った方が良いか?

 って、そんなことはどうでも良いんだよと、俺は二人の前に立った。


「えっと、どういうことなんだ?」

「私たちもバイトというのを経験したかったのよ」

「うんうん♪ それでどこにしようかなって思った時に、咲夜君が居るここにしようって話になったの」


 それから詳しく聞かせてもらったのだが、つい先日あたりからバイトをしようという話はしていたらしく、既に俺の知らないところでおっちゃんとおばちゃんたちに話は通したとのことだ。


「しっかしこうして新たな仲間が、しかもとびきりの美少女とは嬉しいもんだ。野郎ども、無様な仕事ぶりは見せられないぞ!?」

「分かってるぜ!!」

「JKにかっこいいところ見せなきゃな!!」

「……全くこの人たちは」

「あたしたちじゃあ元気は出ないってことかい?」

「そ、そんなことないですぜ!」

「お姉さまたちの存在も活力になりますって!!」


 ……はぁ、一気に騒がしくなったな。

 その後、それぞれの従業員やバイトの人たちが各々の持ち場に向かった後、俺は彼女たちと向き合っていた。


「それにしてもマジでビックリしたんだけど」

「ふふっ、ごめんなさいね」

「でもね? それだけ咲夜君と同じ時間を共有したかったの」

「っ……」


 なんでこの子はこういうことを平気で言ってくるんだろうか。

 もし俺が彼女たちの関係を知ってなかったら大変なことになってたぞ? え、もしかしてこの子俺に気があるのとか気持ち悪く絶対に考えていたから。


「舞だけじゃなくて私も同じことを思ったわ。ずっと眺めているのも悪くないけど、こうして一緒の時間を共有することを望んでたの」

「……えっと、俺を落とすつもりっすか?」

「落とすって?」

「あ、恋に落とすってこと?」


 二人がニヤリと笑ったことで、俺は自分が外してしまったことを理解した。

 俺は真っ赤になった顔を誤魔化すようにサッと背中を向け、ツッキーの着ぐるみを手に取った。


「取り敢えず出てくれない? 今から着替えるから」


 男女共に更衣室はあるものの、この着ぐるみはデカくてこのミーティングルームにしか置かれていないため、基本的に俺はいつも人が居なくなった段階でこいつを装備するのだ。


「あ、そうね」

「待ってるね~!」


 部屋から出て行った二人にため息を吐き、俺は急いでツッキーに変身した。

 廊下で二人はちゃんと待っててくれたので、こうしてツッキーの俺を待ってくれている誰かが居るというのはちょっと新鮮だった。


「よし、それじゃあ行くか」

「えぇ」

「楽しみ!」


 それから二人を外に連れて行きながら仕事の内容を説明する。

 まあ説明するとは言っても俺がやっていることの真似事ではあるんだが、それでもずっと俺を見ていたからかある程度は把握しているようで何よりだ。


「バイトは初めてだからちょっと楽しみなのよ。自分の知らない世界を知れるきっかけが咲夜君だなんて嬉しいわ」

「そうだねぇ。友達の話だとバイトは色々大変って聞くけど、やっぱり咲夜君が傍に居るから楽しみの方が大きいもんね」

「……………」


 二人で仲良く微笑み合いながら言葉を交わす姿は大いに眼福だ……しかし、その口にしている言葉がなんでそんなに俺を持ち上げるようなことばかりなんだ!


(……ヤバいな。何だかんだドキドキしてしまう)


 着ぐるみの中に居て良かったなと俺は安心した。

 さて、そんなこんなで二人と一緒にバイトの開始だ。


「お姉ちゃんたちあっちに座ってた人たち~?」

「そうよ。今日からツッキーの仲間として一緒に働くの」

「そうだよ~。だからよろしくね~!」


 子供たちのウケも悪くないし、大人たちからも良い反応をもらえた。

 とはいえ、あんな美少女たち二人だとしても一部の幼い子供たちからすれば少し警戒心は残るらしい。

 俺の体に引っ付くようにして由香と舞から距離を取る子供が何人か居るので、俺は苦笑しながら大丈夫だとみんなの頭を撫でた。


「あの二人は凄く良い人たちだから大丈夫だぞ~。これから一緒に仕事をすることも増えると思うけど、ゆっくりで良いから慣れてってくれな?」

「……分かった!」

「うん!」


 よしよし、本当に良い子たちだ。

 それから俺は二人の傍に居ながらツッキーとしての仕事を熟しながら由香と舞を見ていたが、本当に特に心配は何もなかった。


「ふぅ、少し暑いわね」

「うん。って、咲夜君は大丈夫なの?」

「……あちぃ」


 休憩がやって来たので二人と一緒にベンチに座っていた。

 夏が近づいているのでそれなりに気温も高くなり、着ぐるみの中はより一層温度を増している。


「こういう時でも頭すら外さないの?」

「子供たちを夢が崩れるだろうが」

「それはそうだけど……ちょっと温度を逃がした方が良いと思うけどなぁ」


 一応、熱中症対策の為に暑くなったら休憩は多めに取るようには言われてるし、厳密に着ぐるみの一部も脱いではならないと言われているわけでもない。


「ま、ちょっとくらい良いか」


 俺は周りに人が居ないことを確認し、少しだけ頭を取った。


「……ふぃ」


 それなりに汗も搔いていたので、外から入ってくる空気の気持ち良さが半端ない。

 それでもいつでも被れるようにはしているのだが、そんな俺の頬を流れる汗を由香が拭き取ってくれたのだが、続くように舞もハンカチで拭いてくれた。


「サンキュー」

「良いのよ」

「っ……汗の匂い……こほん! 全然良いんだよ、というか本当に暑そうだね」

「本当にじゃないって。ガチで暑い」


 この時期がやってくると着ぐるみの中のケアもしないとけいない。

 何もしなかったら汚れるのは当然だし、何より汗臭くなって凄くしんどいことになってしまうからだ。


「っていうか二人とも、なんで俺を――」

「はいは~い。間に挟むなとか言わないの~」

「むぐっ!?」


 俺を間に挟むなと、そう言おうとしたら舞に口を押えられた。

 ただ指をツンと置かれるだけでなく、手の平をそのまま押し付けられる強引さである。


「別に良いじゃないの。こういう時くらい何も言わずにね?」

「……………」


 何を言っても無駄そうだなこれは……。

 けど、こうして二人と一緒にバイトをすることになるとは思わなかったな……というよりも、ここまで仲良くなることすら予期していなかった。


「二人とも、これからよろしくな」

「えぇ♪」

「うん♪」


 ……くそっ、この頬の暑さは気温のせいだと思いたい。


「ねえねえ、ちょっとそれ貸してくれない?」

「え?」


 俺の被っていたそれを舞が手に取ると、彼女は何を思ったのかそれをいきなり被ったではないか。

 俺の匂いが充満しているツッキーの頭を被られるのは流石に嫌だったので、取り返そうとしたが由香に止められた。


「舞ったらずっと憧れていたのよ。ツッキーの頭を被ることに」

「なんだよその憧れは……」

「っ……やばっ♪」


 いやいやマジで返してほしい。

 だってめっちゃ体をビクビク震わせるくらい臭いってことじゃないのか!? その後、すぐに返してくれたが舞の顔はそれはもう高熱が出てるのではないかと言わんばかりに真っ赤だった。


「……良い匂いだな」


 彼女が被った後のツッキーの頭……ちょっと良い香りだった。

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