088.不穏な塊


 ミドルスクールの3回生。それは貴族が主に通う教育期間で最後の1年間です。

 7割ほどが家の跡を継ぎ、残り3割が進学するこの国では、この1年を有意義にしようと躍起になる方々が数多くいらっしゃいます。

 この学校でできた繋がりをより強固に。そして良い思い出を作るため、勉学も遊びも一生懸命な方々が今日も一日を大切に過ごしていらっしゃいます。


 私はそんな方々の姿を見るのが大好きです。

 この国の王族として生まれ、一度は王の座さえも運命づけられたこの私にとって、貴族平民問わず国民は宝だという意識が強く根付いています。

 宝が楽しい思いをしていると私も嬉しい。反対に悲しい思いをしていると私も悲しいのです。


 だから私は、この学校に入って本当に良かったと思っています。人々の楽しいで溢れ、一生懸命な姿を見れるこの場所が。

 もちろん楽しいことばかりでなく、喧嘩したり意見の対立などでぶつかる様も見てきましたが、それでも最後には両者認めあって円満の終わりを見てきました。


 今日も今日とて私は授業合間の休み時間。いつもの方々と語り合っている教室から一人離れてお手洗いから帰っていると、廊下にて黄昏れている見知った顔がこちらに向かって手を振っていました。


「どうかなさいましたか? イリス様」


 その2人とはミドルスクールに入って新たに知り合った友人、イリス様でした。

 廊下の窓に身体を預けていた彼女に近づくとフランクな挨拶を交わしてきます。


「やっほー王女様! 元気?」

「はい。元気ですよ」

「いつも一緒に居る3人がいないなんて珍しいね。何してたの?」

「私だってそういう時もありますよ。お手洗いに行って戻っているところです」


 私の周りに人がいないことが珍しかったのでしょうか。真っ先に聞いてくることと言えばそのことでした。


 いつもの3人とはスタン様にシエル様、マティ様のこと。

 もう長いこと一緒にいるのでセットで扱われることが多くなってきてしまいました。

 最初はスタン様だけが男性で随分好奇な目で見られましたが、今となっては当たり前の光景。むしろあの方も女性扱いされてるんじゃないかと思うくらいです。


 そしてこの方は極端な例ですが、皆様と2年ちょっと一緒に過ごしていると随分とフランクに接してくれるようになりました。

 最初は緊張してらっしゃってましたのにね……ふふっ、懐かしいです。


「そっかー! ごめんね?急いでた?」

「いえ、全然構いませんよ。どうかなさいましたか?」

「うんうん。 ほら、アレ見てアレ!」

「アレ…………? あぁ」


 彼女がその言葉とともに視線を向けたのは窓の外――――グラウンドでした。

 外をグルっと回るように線が引かれた芝生のランニングコースがただただ広がっている場所です。

 いえ、きっと設備の話じゃないでしょうね。グラウンドには数多くの生徒たちが走って居るのが見受けられます。


「きっと2コマ連続の授業なのですね。マラソン……でしょうか?」

「多分そうだよ~。いやぁ、嫌な季節になったものだねぇ」


 一層低い声を上げながら、イリス様が苦虫を潰したような顔を浮かべます。

 冬の定番、マラソン。それは生徒たちにとって歓迎する者と嘆く者、評価が真っ二つに分かれるカリキュラムです。

 体力に自信がある者は前者。逆に自信がない者は後者。もちろん書類仕事の多い貴族にとって後者が優勢です。

 だからマリー様の嫌がる理由もよくわかります。私はどちらかというと好きなのですけどね。


 マラソンが嫌だということを伝えるために呼び止めたのでしょうか……いえ、きっとまだあるのでしょうね。

 私はもう少し目を凝らして走っている方々の姿を収めます。すると「あぁ」と、その理由が何となく理解できました。


「あの方々、前に入学した1年生ですね」

「そう! もう2年も前の私達だよ~。懐かしいねぇ~」


 昔を懐かしむように窓から腕を放り出したイリス様は目を細め、当時を思い出しているようです。


 2年前。ミドルスクールに入った当初。

 この学校は以前のエレメンタリースクールよりも遥かに大きいです。

 それは生徒が格段に増えるから。エレメンタリーに入らなかった者や他国からの者、そして一部平民の方々も受け入れているからその数は相当なものになっております。


 そして私はこの国の王女。私が入ることによって初めて見る顔ぶれなどからも様々なイザコザがありました。

 平民の方々や他国の方など、私が入学していることを知らない人が多いみたいですからね。

 色々あった結果、無事皆様にご挨拶することはできたのですが、当時スタン様が私のことを「まるでヤクザの親分みたいだな」と言っていたことを覚えています。ヤクザってなんでしょうか?


「今回も王女様のこと知らない人たちが増えたからさ、ナンパとかに気をつけてね!」

「いえ、私なんてとても……。イリス様のほうが可愛らしいじゃないですか」

「えぇ~!?そこで謙遜はないよ~! スタン君も言ってたよ。『王女様は黙ってたらすごく綺麗だ』って」

「!! それ、本当ですか!?」

「っ!?」


 まさか出るとは思っても見なかった彼の名前。そしてあろうことかまさかの評価に思わずイリス様に詰め寄ってしまいます。

 目の前に見える彼女の瞳は大きく見開かれ、私の方へと目を寄せていました。

 そこで私は自分が思わぬ行動をしてしまっていたことに気づきます。


「す、すみません。 つい……」

「ううん、いいのいいの。気にしないで。 そっかぁ……王女様もナンパ待ちかぁ」

「……? いえ、ナンパなんてとても――――」

「スタン君の、ナンパ待ちかぁ」

「~~~~~!! もうっ!知りませんっ!!」


 なんでナンパ待ちなんて言葉が出るのでしょう?

 そう思って否定しようと思ったのですが、間髪入れず告げられた次の一言に私の顔が真っ赤に燃え盛ります。

 たしかに……確かに間違ってないですけどっ!!


 彼女はいつもの方々に加え、私の好きな人を知っている数少ない人物です。

 だから偶にこうやってからかわれることもあるのですが……。


「ごめんごめん。でも気をつけてね。 今年の入学生はなかなかヤンチャな子が多いらしいから」

「ヤンチャな子……ですか……」


 私はもう一度窓からグラウンドを眺めます。

 見えるのは線に沿って走っている生徒たちがそこらにポツポツと。

 そのいくつかは数人の塊になって談笑している方が多いです。一部ではもう歩いてしまっている方も。

 あとは一人で黙々と走っている方や全力で望んでいる方など、様々な姿が見えます。


「まぁ、王女様なら大丈夫でしょ! それじゃあ私ももう行くね。 ばいば~い!」

「あ、はい。 次の授業、頑張ってください……」


 きっともう授業までの時間が迫ってきているのでしょう。

 イリス様はそれだけを言い残してこの場を後にしてしまいました。

 ただ一人になった廊下。私は考えにふけろうとして…………やめます。


「まぁ、なんとかなるでしょう」


 思考放棄。問題の棚上げ。

 きっとスタン様の得意技が移ってしまったのですね。そんな責任転嫁をしつつ自信の変化に嬉し恥ずかしの感情を抱いて私も教室への残り道中を歩きはじめます。


 そしてもう一度、歩きながら窓から見える景色を眺めると見える、走っている光景。

 その中のいくつか。走っているけれど走っていない。黙々と走っているただ一人の生徒を追いかけている女生徒の塊を、私は不穏な空気を感じ取って眺め続けていました――――。

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前世で抑圧されてきた俺がドラ息子に転生したので、やりたい放題の生活をしていたらハーレムができました 春野 安芸 @haruno_aki

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