068.王家

 カミング家は貴族という分類ではあるが全体から見るとさほど高い位ではない。

 城下町にほど近いとはいえ森で隔離された辺境に居を構えて、屋敷から数日かかるほど遠く離れた領地を治めている。

 領地はあくまで本業のための中間地点。あの家の本業は他国・地方から集めた商品を安く仕入れて高く売る、いわゆるせどりだ。

 やっていることと言えば商社が最も近いだろう。規模は小さく大規模商人や日本の大企業と比べれば天と地の差だが、三方よしを是としているらしく信頼を勝ち得て王家との売買もそこそこあるらしい。


 しかし王家との繋がりがあるといっても弱小貴族での話。城の麓で事務的なやり取りがある程度で実際に中枢と会話する機会はエクレールがふらっと現れた時の雑談しかなかった。


 敷地の門をくぐるのがやっとでお城に足を踏み入れることは以ての外なカミング家。

 俺はそんなお城の内部にある廊下を、先導する女性とともに突き進んでいた。


 カミング家と比較すれば荘厳すぎる廊下を、真っ直ぐ進んでいく。チラリと左を見れば一つとっても相当な額になるであろう絵画や像などの芸術品が並べられ、右を見れば人の背丈よりも高い窓。ずっと視線を下に向けた先に自分が通う学校や寮が見えるが、豆粒のように小さくなっている。

 まるで日本有数の家である"神山家本邸"のような豪華絢爛さだ。俺でも少し緊張した面持ちで歩いていると、先導していた彼女がチラリと気にかけるようにこちらを見る。


「大丈夫ですかスタン様。緊張して足が震えてらっしゃいませんか?」

「いえ、少しだけ緊張しますが、それほどまでは」

「すごいですね。その程度で片付けられたのは勇者様以来です。……私が初めてここを通った時は緊張で胃が逆流したというのに」


 当時のことを思い出すかのように窓から外を眺め遠い目をするレイコさん。きっと大変だったんだろうなと心中察する。

 さすがに神山で耐性が付けられていなかったら同じようになっていたかもしれない。今だって数々の芸術品を誤って落とさないよう過剰に距離を取って歩いている。


「ところでレイコさん、王様がボクを呼んでるとのことですが、理由はご存知ですか?」

「さぁ……我が王は気まぐれなところがありますから。案外"なんとなく"という理由も多いんですよ」


 取り付く島もない理由に俺も窓から豆粒になった景色を眺める。


 早朝の食堂。そこでエクレールに『王が呼んでいる』と勅命付きで伝えられてから早1時間。

 俺は二人に連れられてお城へとお邪魔していた。まるで山のように高くそびえ立つお城はその中も豪華で、俺もつい歩きながら表情が引き締まる。

 エクレールは『着替える必要がある』と何処かに消え、俺はレイコさんとともに王様の待つ場へと足を進めていた。


 しかし流石はお城。徒歩目的階に着いてもまだ遠い。

 階の上下は魔道具でなんとかなったものの、こうも遠いとバイクや自転車が欲しくなるほどだ。


「間もなく着きますので、もうしばらく頑張ってください」

「……もしかして心読みました?」

「いいえ、ですが以前より表情が険しくなり手持ち無沙汰感が増しておりましたので。疲れたのかなと」


 まさに俺の思考が読み取られたタイミングでの呼びかけにドキリと心臓が高鳴ったが、どうやら表情に出てしまっていたみたいだ。

 ムニュムニュと自ら頬をこねながら今一度真剣な表情を作ると、クスリとレイコさんが笑ってみせる。


「あまり気負わなくても大丈夫ですよ。王はおおらかな方なので緊張程度でとやかくいいません」

「そうだといいのですが……」

「この廊下も、もっと短くしたいと毎回思うのですがセキュリティも絡んでいるのです。例えば危険な道具を持っていないかとか、咎人が逃げ去るまでの時間稼ぎとか」

「なるほど……」


 なるほどセキュリティ。それを言われちゃ文句なんてつけようがない。

 デカデカと鎮座する我が国の王城。ここまで豪華な芸術品も並べられて盗人が出たことも一度や二度では無いだろう。

 なんだかんだ合理性のある理由。とりあえずレイコさんとはぐれたら迷子確定だなと思いつつ後ろ姿を追っていくと、ふと彼女の足がとある扉の前で立ち止まったことで俺もその場で立ち止まる。


「おまたせしましたスタン様。王の指定する謁見の間でございます。私は王を呼んでまいりますので先に入ってお待ち下さい」

「わ、わかりました」


 500年続くこの国の王と謁見するための場。

 ゴクリと生唾を呑みながら目の前の扉を開けると、そこは想像より遥かに大きな広間となっていた。


「すごい…………」


 無意識に口にしていた言葉は語彙力もなく、ただただ目の前の光景に感嘆の声を上げていた。


 先日入学式をした学校の体育館。それより一回りほど大きなただっ広い空間。

 違うのはその豪華さ。豪華なシャンデリアにステンドグラス。そして最奥には王のものと見られる玉座が一席鎮座しており、まさしく謁見の間と呼ぶに相応しい佇まいをしていた。


 初めて田舎から都会に出てくるとこういう感覚に襲われるのだろう。

 どこもかしこも興味を惹かれる光景。隅から隅まで見て回りたい。そんな思いに駆られながらフラフラとまるで酔っ払いのような足取りでいろいろなものに興味を惹かれつつ中央にたどり着くと、天井に見えるものに思わず目が止まった。


「あれは……勇者と魔王?」


 俺の目に映し出されたのは太陽の光を取り込み輝きを放っているステンドグラス。

 そこには魔王と思しき巨大な体躯の悪魔が倒されていた。一方で向かい合うように剣を高々と掲げている黒髪の人物。それはまさしく魔王を討伐した瞬間を現しているかのよう。


「だ~れだっ!」

「わっ!!」


 まさに職人の技。地球でもそうそう見ることが叶わない見事な細工のステンドグラスに目を奪われていると、不意に俺の世界が闇に覆われた。

 後方から聞こえてきたのは聞き馴染みのある少女の声。広い空間に俺一人から心強い仲間の名前を口にする。


「エクレール?」

「はいっ!ふふっ、正解です。おまたせしましたか?」


 どうやら当たりのようだ。パッと手が離れると同時に明るい光の世界がいっぱいに広がった。

 後方から微笑むような笑い声。早くも着替え終わったらしいエクレールに安堵感を覚え、まるでデートの待ち合わせみたいだなと思いながら振り返る。


「ううん、今きたところ――――」


 デートのようならそれに相応しい言葉を。

 そ冗談交じりに振り返って彼女の姿を目に収めると、思わず言葉を失ってしまった。


 少女の姿はまさしく王女様と呼ぶにふさわしいものだった。

 初めてカミングの屋敷を訪れた時のようなドレス姿。

 肩甲骨まで届く綺麗な髪をしっかりとまとめ上げ、首上で結んだシニヨンスタイルの髪型。


 そしてなにより、身につけた装飾が高貴さを表していた。

 ドレスの上に羽織った薄いローブ。それはローブというよりもマントのようで、どういう材質で出来ているのか、透明の材質で編まれていた。

 ビニールにも近い透明度。しかしそれはレースのようで、レースより更に透き通って見える。

 それでも羽織っていると理解できるのは、あちらこちらにあしらわれた装飾の数々だろう。

 小さな宝石のように光るものが幾つもローブに縫い付けられていて、高貴さとともに不思議な印象を感じさせるその格好にただただ目を奪われてしまう。


「如何ですかこの格好。せっかくスタン様がこちらに来られたのでとっておきを出してきました」

「あ、あぁ……凄く似合ってるよ……」


 高貴や気品。そんな言葉では言い表せない魅力が今の彼女には映し出されていた。

 優雅に笑う姿も、太陽に照らされる金色の髪。彼女を構成する全ての要素が俺の目を奪っていく。


「自信がある格好ですが、そこまで見られると私もちょっと恥ずかしいといいますか……」

「あっ!ご、ごめん!」


 彼女の魅力に思わず目を奪われすぎたみたいだ。

 スッと恥ずかしそうに自らを抱きしめながら半歩下がる彼女に俺も慌てて目を逸らす。


「いえ、他ならぬスタン様なので構わないのですが……。そんなにお気に召したのであれば、今度時間がある時に二人きりの場で……」

「それって……」


 それは、その真意はどこにあるのだろう。

 まさか偽を越えた関係になるというのだろうか。熱の籠る彼女の目が俺を射抜く。シエルと同じ綺麗な蒼の瞳。その唇が何かを発しようと小さく揺れ動こうとしたその時、不意に俺達の間にヌッと黒い影が覆われる。


「お熱いご歓談中失礼いたします」

「っ――――!」

「!! レ、レイコ!?いつの間に!?」


 それは俺達を覗き込むレイコさんの影だった。

 彼女は至って冷静さを保ちながらもどこかニヤニヤと俺達を囃し立てるような言い回しで割り込んでいき、彼女の登場により我に返った二人はバッと距離を取ってその顔を見上げる。


「つい先程。着いたら二人して面白い雰囲気だったので見ていたかったのですが、場所が場所だったのでお声掛けさせていただきました」

「すみません……」


 思わず二人きりの世界を作りかけてしまったが、ここは謁見の間。王様が来られる場所だ。

 ようやく本来の目的を思い出しながら襟を正す。


「お父様の準備は終えられたの?」

「はい。先程会議が終わりましたのでもう間もなく…………ほら、来られましたね」


 まるで俺達の会話を待っていたかのようなタイミングでレイコさんが察したように扉へと目を向ける。

 そこは先程俺が入ってきた廊下へと繋がる扉。彼女が顔を上げてから数秒後、その声に呼応するかのようにゆっくりと扉が開かれ一人の人物が姿を現した―――――。

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