024.舞台裏と謝罪

「王女様のせい……?」


 彼女から出た言葉は、驚きの一言だった。


『あれは全て、私のせいで行われてしまった』


 先日巻き込まれた誘拐事件。その真の原因は眼の前にいる少女……エクレール王女によるものだという。

 まさか王女様が起因しているとは思わなかった。僅かな数瞬で様々な可能性を考える。


 何故王女様が起因しているか――――"スタン"の正体を知った彼女が族を使ってけしかけたか、それとも我儘続きだったという昔の"スタン"が何かやらかしたか。


 いろいろな可能性が浮かぶがどれも違うと自ら否定する。もしもその可能性が真だとして次の作戦が本人登場はいくらなんでも計画として稚拙すぎる。

 動機については全くわからない、つまり加害者側ではない。彼女もまた被害者だと考えると腑に落ちる感覚があった。


 どことなく王女様が被害者側で関係している、そんな気はしていた。

 誘拐されて目覚めた時、男たちは"オウジョサマ"と口に出していた。つまり俺たち、主にマティを王女様だと間違えるだけの根拠があったのだろう。

 さっき彼女が言っていた、『パーティー以外で顔の公開をしていない』という言葉。つまり俺達を攫った族は顔を知らず誘拐を決行したという線が考えられる。


 そしてもう一つ、彼女が関係していると思われる大きな根拠があった。

 何故今まで忘れていたのだろう。俺の記憶の想起を見通すかのように彼女は懐から"証拠"を取り出してみせる。


「それは……」

「スタン様、このネックレスに見覚えはありませんか?」

「誘拐される直前に拾った……」


 それこそが重要な"証拠"。銀色の十字架が特徴的なネックレス、ロザリオだった。

 何の意図か透明なケースに入ってジャラリと鳴るそれを見て思わず顔をしかめてしまう。


 ロザリオ……。

 今見ても忌々しいズル技筆頭の魔道具だ。

 アレを拾った瞬間に俺達は昏倒して誘拐された。今思い出しても回避不可能だろうと心の中で悪態をつく。


「当時、これを落とした人物に覚えはありますよね?」


 そう、俺はこれを拾う直前何者かとぶつかった。

 あの時も……そうだ。何故思い出せなかったのだろう。あの時麻布のローブを羽織った人がいたはずだ。


「もしかして、あの時ぶつかった子が……」

「私です。そしてこれもローブの力。認識阻害に加え羽織ってる者のことを記憶できない効果が備わっているのです。―――まぁ、記憶の方は中身が誰かさえ分かってれば忘れませんけどね」

「どうりで……」


 道理でフードを見た瞬間、見覚えがあることに気付けなかったはずだ。

 段々と蘇ってくる記憶。思い返せばあの時フードの人物は迷いなく俺の名前を口にしていた。パーティーで顔見知りであったのなら知っていても不思議ではないだろう。


 あれからロザリオの力により昏倒、結果俺達は族に捕まり夜の雨の中逃げることに。

 先日の苦労を思い出しながらふと当時の出来事に違和感を覚え、マティへと視線を向ける。


「マティ、そういえばさっき叩いた件といい、もしかして王女様が関係してるって知ってたの?」

「…………えぇ」


 暫くの沈黙の後、彼女は忌々しく小さく頷いた。

 思い出した違和感……それは雨の中城へ助けを求めようとした時、不自然に拒否られたこと。

 どうやら彼女は王女が絡んでいることを最初から知っていたらしい。その時点で王女に連なるものを信用していなかったのだろう。


「私は前のパーティーであのローブについて聞いていたのよ。だからすぐに王女様が逃げ出してるって気づいたわ」

「どうりで……」


 どうやら彼女はあの時ぶつかった時点で気づいていたらしい。

 加害者側か被害者側かわからない。マティもまた様々な考えを巡らせていたようだ。

 

「アンタに言わなかったのは悪かったわ。共有したらどこで漏れるか……王女を疑ってるだなんて反逆罪に問われる可能性だってあったのよ」

「わ、私はそんなことしませんよ!」

「王女がよくても他の大人が黙っていないでしょう?」

「うぅ……」


 どうやらマティの指摘に返す言葉も無いようだ。

 王女様は悔しがるように手に持つロザリオをギュッと強く握りしめる。

 あの時の一件。全ての始まりであるロザリオ。いくらケースに入っているとはいえそんな扱いで大丈夫だろうか。

 またいつ発動してしまうかわからない。俺は恐る恐る持ち上げられたロザリオを指さして問いかける。

 

「それ……魔道具ですよね?持っていて平気なのですか?」

「へっ?……あぁ。さすがはスタン様、もうこれが危険なものだと理解しておられるのですね。確かにロザリオを直接持っていると危険ですが、このケースは特別製ですので問題ございません」

「ほっ……」


 どうやらそのケースに入っているうちは平気らしい。

 さすがに危険物だと認識していて簡単に引っかかるような考えなしではないのだとホッとする。


「それにこの魔道具に関しては、もう発動することはありませんよ」

「発動しない?もしかしてスイッチ式とか?」

「いえ、ロザリオに刻まれた紋様を発動するには、対に作られたもう一つのロザリオを利用する必要があるのです。そちらは既に回収して封印処理済み。……ケースに入れられているのは念の為に、ですね」


 そうカラリとケースの中でロザリオを転がしつつ再びローブへしまう王女様。

 あの時俺が拾ったロザリオが彼女の手中にある。そして対になっているというロザリオまで封印済み。


 随分と仕事が早いことだ。

 そして同時に思い至る。彼女のその口ぶりは、まるで全て終わった後のような――――


「あの時問題になった魔道具を回収している……ということは犯人はもう……」

「話が早くて助かります。どうやらあの噂は本当だったようですね」

「噂……?」


 王女様の口から出た思わぬ言葉につい問い返してしまう。

 まだこの世界に来てほんの少し。一体なんの噂が流れているというのだろう。


「えぇ。スタン様が事故に遭って以来、まるで別人のように聡明になったと聞き及んでおりました」

「…………。」


 スゥっと。

 背中に一筋の冷たい汗がつたった。

 何故俺の変化を彼女が知っているのだろう。

 どこからそんな噂が流れた。どういう経緯で王女様まで情報が渡った。無意識に声がワントーン低くなりながらゆっくりと口を開く。


「……。その別人みたいという話、どこから聞きました?」

「あぁいえ、誤解しないでください。ちゃんとした信頼できる筋の者からですよ」

「…………‥」


 信頼できる筋。

 彼女にとって信頼できても俺にとって信頼できるかはわからない。

 日本人が召喚されなくなったこの世界でまた現れたと知られれば、どんな扱いを受けるか未知数だ。


 ジッと真剣な目で王女様を見つめる。

 数秒、十数秒経った頃に根負けしたのか彼女から一つの息が吐かれた。


「……本当は口止めされているのですが……仕方ありません。情報の出どころはスタン様のお母様からです。この事件の報告を受ける際にどれほど息子は凄いのかを、それはもう沢山お聞きになりましたよ」

「………………すみませんでした」


 一体どこから漏れた。出どころによってはこの世界に来た新たな日本人として監視されているかも。国を出ることも含め立ち回りを考えなきゃならない。

 ――――などと考えていた自分を恥じた。


 噂の出どころは母。それも噂というよりただの息子自慢だった。

 早速王女様にまで掛け合ってくれていた嬉しさと、なんてことを話しているんだとの恥ずかしさで顔がどんどん熱くなっていく。


「いいお母様ではありませんか」

「……すみません。振っておいてなんですが本題に戻ってください」

「ふふっ、スタン様がそういうのであれば」


 どんどん熱くなっていく顔を手で覆う俺に、彼女はもはや慈愛に目を向けていた。

 

「それでは話を戻しまして……犯人について、でしたよね?」

「え、えぇ」


 俺も空気を戻すため一つ咳払いをしてもう位置を彼女と向かい合う。


「それでしたら本人に語って貰ったほうが手っ取り早いでしょう。――――レイコ、いますか?」

「…………?」


 パンパン!

 と、王女様が手を叩く音が鳴り響いた。

 それは"レイコ"と呼ばれる何者かを呼びかけるための音。

 もしかして廊下あたりでスタンバイをしていたのだろうか。そう思って廊下につながる扉を3人揃って見るも、開かれる気配すらない。


「――――はい、王女様。こちらに」

「っ――――!?」

「えっ!?あれっ!?どこから……!?」

「……へぇ、やるわね」


 ――――気づけば"レイコ"らしき人物は王女様の真隣に立っていた。


 俺達三人とも、入ってくるであろう扉に目を向けた2,3秒の空白。たったその数秒でいつの間にかこの部屋に5人目が侵入していたことに俺は息を呑み、シエルは驚き、マティは感嘆の声を上げる。


「レイコ、挨拶を」

「はい。御三方ともはじめまして。王女様の従者をしております、レイコと申します」


 淡々と会釈する彼女は俺達の驚きの視線をものともしない涼しい顔。


 レイコと呼ばれた人物は落ち着きを伴った大人……いや、大人一歩手前の年齢だった。

 髪色のせいで判断し辛いが大学生相当とも言えず、中学生ほど幼くない。目算高校生ほどと思われる人物。

 肩まで届く白髪に深い青と緑のオッドアイ。その身は真っ黒なスーツで身を包んでおり、まるでSPかのような雰囲気を醸し出していた。


 未だ突然現れた驚きから抜け出せずにいる俺は「あ、あぁ」と音を発するだけになったが、王女様は気にせず一歩前に出て話を進める。


「まず、事件当日の話をする前にこのロザリオについて話さなけれななりません。……こちらは事件の一週間前、とある貴族から私に贈られました」

「……貴族が、王女様宛に?」

「えぇ、持ち回りのパーティーの際手渡しで。私の悪癖を知っていたのでしょうね。その時必ず役に立つから、と」


 どうやらロザリオは彼女の悪癖に関係しているという。

 ならば悪癖とはなんなのか。その疑問の視線を投げかけると王女様ではなく隣のレイコさんが説明してくれた。


「王女様……エクレール様の悪癖は城を抜け出し1人で城下町へ降りることです。『抜け出す時に役立つ』と」

「ちょっとレイコ!そこまで説明しなくても……!」

「説明しないと話が進みませんよ?それに事件が起こってしまったのだから今更でしょう」

「むぅ……」


 レイコさんに言い負かされた王女様は返す言葉もないように口を尖らせる。

 どうやら二人の間に王女様だとかそういった身分の差は存在しないらしい。


「……コホン、話を進めますね。パーティーでコレを貰った私はお守り代わりに事件当日も持ち出し、お城をこっそり抜け出して街中へと散策しておりました。いつものように認識阻害のローブを使って」


 そう言って小さく持ち上げて見せるのは麻布のローブ。

 悪癖……と言うだけはあって常習犯のようだ。


「けれど行った場所が失敗でした。人通りの少ない路地で一息ついていると、簡単に見つかっちゃたのです。……ならず者に」

「えっ、でもそのローブがあれば大丈夫なんじゃ……?」

「阻害できる道具があればそれを見破る道具だってあるのです。……そうそうありませんけどね。そこで見つかった私は捕まりかけたものの、なんとか抜け出して逃げ果せました」


 自嘲するように小さく口を歪ませた彼女ローブの端をギュッと握る。


「お城の者に捕まるのは構いませんが、ならず者に捕まるのだけは私としても避けたかった。そこで大通りに向かった矢先、路地を出たところでお二人とぶつかってしまいました。その際ロザリオを落とし、それで――――」

「……ボクたちが落とし物を拾って昏倒させられたと」


 結果的に贈られたロザリオは罠。

 彼女の悪癖で1人になった瞬間を狙った誘拐のための道具というわけか。


 重々しい表情で顔を伏せた彼女に代わって俺がくと頷いてくれる。

 それであの件は自分のせいだということらしい。わからないはない。全ての起点はその悪癖。しかし原因を作ったのはどこぞの貴族が渡したであろうロザリオ……魔道具だ。


「魔道具の経緯はわかりました。それでどうしてロザリオがそこに?その渡したとされる貴族は?」

「もちろんこの話には続きがございます。そちらについてはこのレイコが」

「わかりました」


 王女様が視線を向けるとレイコさんは頷いてこちらをまっすぐ見る。

 そこから彼女の出番というわけか。


「お城から抜け出したという知らせは瞬く間にお城中に広がりました。でも、初めてではないのでいつも通り痕跡を辿る魔道具を使って探そうとしたのです。そこでひっ捕らえた王女様は『ロザリオが無くなった』と。そして魔道具を頼りに探すとお二人が連れ去られたであろう倉庫にたどり着きました」


 倉庫……俺たちが連れ去られた場所で間違いないだろう。

 しかし誰かが来たという記憶は一切ない。つまり抜け出した後の話だろうか。


「中には実行犯と見られる2人の男性を発見。その場で捕縛。倉庫には他に誰もおらず、その時はただの窃盗事件として処理しておりました。しかしその後、カミング家の夫妻からの報告があり念のため実行犯に尋も…………優しく聞いたら子供2人を攫ったということで報告と合致。スタン様とマティナール様の被害が浮上したのです」


 淡々と事実のみを告げる彼女だが、その口調は実に言いにくそうだ。


 やはり俺たちが逃げだした後に彼女が来たということで間違いないようだ。

 そして掛け合ってくれた父と母。まさか王家にまで行くとは思っておらず胸の内が思わず熱くなる。

 

「そして事の顛末を知った私が会いに行くということで、今に至ります」


 あの日のことを淡々と告げたレイコさんは王女様と入れ替わるようにスッと後ろに下がる。

 コレにて解決。大団円。しかし最後にどうしても気になる謎が残されていた。


「……ちなみに、贈り物をした貴族も一味ですよね?処罰はどうしたのですか?」

「犯人一味ですか?少なくとも貴族も含め王都周辺に近づけないようにしました。詳しくは…………聞きます?」

「えっ?」


 単なる好奇心。それを聞いたところでなにになるわけでもない疑問を口にすると、まさかの念押しが帰ってきた。

 俺を見つめる彼女は笑顔であるものの目が笑っていない。


「今回の件は私としてもちょっと……随分と見過ごせない一件だったので、あの方々には特別な対応をさせて頂きました。どうしても――――と仰るならお話しますが?」

「いえ、いいです……」


 彼女の笑顔の裏にえも言えぬ恐怖を感じた俺は大人しくそれ以上の回答を横に振りながら遠慮する。

 きっと聞いてはならないものなのだろう。チラリと横を見るとマティがドン引きしている。


「わかりました。 それで謝罪の件なのですが――――」

「え、まだあるの!?」

「もちろんです!むしろこれからが本番ですから!」


 なんだか事の顛末だけでお腹いっぱいになっていた俺はまだ次があるということを知って思わず本音が漏れてしまった。


 そんな俺の驚きをよそに彼女が懐から出したのは2枚の紙。

 パッと見でも本とかに使われる用紙とはまた違う、高そうな紙だ。

 彼女はそれを見せつけながら俺とマティそれぞれに一枚ずつ押し付けてくる。


「こんな形で謝罪になるかわかりませんが……。こちらにあなた方の望みを書いてください。それを王女として、私個人として。全力を持ってその望みを叶えさせて頂きます」

「…………はい?」

「……なんですって?」


 小さなの口から出てきたのは、王女という身分からしてありえない言葉。

 俺たちは『誓約書』と書かれた重苦しそうな紙を手に信じられないような目を、微笑み崩さぬ王女様へと向けていた――――。

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