011.人狼ゲーム

「ボク…………は…………」


 マティナールの鋭い視線が俺を見下ろしている。


 静寂が場を支配する屋敷の広間。

 俺、マティナール、シエルの全員が黙ったまま、それ以上の言葉が出てこない。


 目の前には、いまだキッと複雑な感情のままこちらを睨みつけているマティナールの姿が。

 その圧で視線を逸しても彼女は決して逃がそうとはしない。むしろますます怪しいと、その向けられる視線が一層強く感じた。



『アンタは一体誰なの?』


 彼女の真を突いた一言が俺の胸に深々と突き刺さる。


 たった数分の会話で”俺”が”スタン”でないと見抜いたマティナール。

 まるで死角から繰り出されたその右ストレートをモロに喰らったように口から言葉が出せない。


 まさかこんな数度のやり取りで看破されるだなんて思いもよらなかった。

 いや、もしかしたら当然なのかもしれない。幼なじみというくらいだ。きっと彼女とこの身体とは固い信頼関係があったのだろう。

 そう考えれば疑うのは自然だし、すぐに看破して問い詰めるのも当然だ。

 しかし俺としてもバカ正直に『はいそうです』なんて言うことは出来ない。まだ1週間程度でしか無いが、この暖かな家庭から追い出されたくないし、目覚めてすぐ抱きしめてくれたあの父親を悲しませたくない。



 カチ……カチ……。

 時を刻む音だけが、部屋の音を支配する。

 それは完全な静寂の表れ。彼女はその次の言葉を待っているようだったが、俺が何を言わないと判断して息を吐きつつその場から立ち上がる。


「はぁ……もういいわ」

「マティナール……?」


 顔を上げて見れば、彼女はもう俺を見ること無く扉を真っ直ぐ見つめている。

 そしてチラリとこちらを流し目で見るも、すぐに視線を外して再び正面を向き直った。


「もう良いわ。確かめてくる」

「確かめるってどこに……? ちょっと!」


 その言葉とともに歩みを進めた彼女は、向いた正面に見える出口へと。

 そして扉を閉めること無く方向転換するとエントランスへ無言で突き進んでいく。


「まって!マティナール!!」

「ご主人さま!?」


 ガタン!と立ち上がった衝撃で椅子が倒れるのも厭わずに俺も走って部屋の外へ。

 途中シエルの声が聞こえてきたが構っていられない。彼女には申し訳ないが今はマティナールが優先だ。


「マティナール!」

「…………! っ……!」


 チラリと振り返った彼女が俺の姿を確認すると同時に、マティナールは速度を早めていく。

 あっという間だ。瞬く間に角に消え去った彼女を追いかけるために俺も床を思い切り蹴りあげる。


 本来の身体なら――――中学3年の身体なら彼女のスピードとこの距離の程度、ものの10秒かからずに追いついて捕まえることができるだろう。

 しかし今はスタンの身体。彼女と変わらない6歳の身体だ。足は短く筋力もない。どれだけ強く床を蹴っても近づく距離は微々たるもの。


 俺と彼女の距離がほぼ詰めることが出来ない状況が続いても、確実にエントランスとの距離は縮まる。

 ついにエントランスへたどり着いた彼女は向かい合う2人の男性のうち、迷うこと無く一人の男性の元へと近づいていった。


「パパっ!!」

「――――おっと!……どうしたんだいマティ?勢いよく飛び込んだら危ないよ」


 エントランスに飛び出して彼女が真っ先に向かった先は初めて見る男性の胸の中。

 優しそうな雰囲気を醸し出す人物だ。マティナールと同じ赤みがかった茶色の髪を持ち、丸いメガネを掛けた男性。

 呼び名はもとよりその髪の色や『マティ』という愛称から、一目で彼女の父親だということは理解させられた。


「ごめんなさい……。でも今は急ぎなの……おじさま!!」

「私かい?」


 彼女が父親から顔を上げて呼びかけたのは隣で会話していた金の髪の男性……俺の父だった。

 彼も幼なじみというだけあってマティナールのことは知っているようだ。


「えぇ!おじさま!アイツ、スタンは魔物よ!少し話をしてわかったの!今すぐ処刑しないと……!」

「くっ……!」


 距離を縮めることが出来なかった俺は当然彼女の言葉を止めることができず、彼女はその全てを包み隠さずつまびらかにしていた。

 俺が父親たちのもとへたどり着くころにはもう全てを告げてしまい、駆けていた脚も自然と止まる。



 驚きに満ちた二人の見下ろす顔に、俺は諦めの姿を見せつける。


 あぁ………こんなあっけなく終わるのか。

 俺はどうなるのだろう。魔物と判断させられて処罰か、温情があればこの家……いや、この国からの追放か。


 なんとも心残りの多すぎる幕引き。肩を落として二人を見上げていると、父は生やした髭を撫でながら優しい眼差しでマティナールへ目を向ける。


「マティナールちゃん。それは……ゲームの話かな?」

「――――えっ?」


 …………えっ?


 マティナール父の視線を受けながら出ていた俺の父の言葉に俺達は揃って同じ反応をしてしまった。

 しかし父は自信満々に、なんてこと無く話を続けていく。


「ほら、あっただろう?みんなで話し合って村人の中から化けた魔物を探すっていう古い遊びが」

「あぁ、勇者様が広めたっていうあの……。懐かしいなぁ、僕たちが学生時代だった頃に流行ったゲームだったね。もしかして二人はそれで遊んでいたのかい?」

「そうじゃないかい?マティも懐かしい話題を出してくれたものだ」


 父の懐かしむような言葉に父親二人はともに当時のことについて花を咲かせてしまう。


 二人の言葉を受け呆気にとられたのは俺達子ども二人だった。

 昔流行ったそのゲームって……もしかして人狼ゲームのことか?


 そして全く見当違いの答えを提示されたマティナール本人はパニックになりながら「えっ……!?」や「ちがっ……!」と抗議しようと口を開くも過去の花咲く昔話に夢中で入り込めてはいない。


「パパっ!違うの!アイツは……スタンは本当に魔物で……!」

「こらっ、いくら友達だからって人を魔物扱いは失礼がすぎるよ」

「でも…………」


 再三伝えようと試みたマティナールだったが最終的に父親に窘められ言葉を失ってしまった。

 ドレスのスカートをギュッと握りしめる彼女を優しく抱きしめた彼は俺へと意識を向ける。


「おやスタン君、久しぶりだね。元気だったかい?」

「えと……ご無沙汰しております。この度はわざわざおいでいただきありがとうございます」


 見た目どおりの物腰柔らかな口調。メガネの奥に見える翠色の瞳を細めながら微笑む彼に会釈すると、驚いた様子で隣の我が父を見る。


「おぉ……!確かに聞いていた通り挨拶もできるいい子になったじゃないか!頭1つぶつけるだけでこんなに変わるとは……!」


 どうやらマティナール父は俺の所作に驚いているようだ。感嘆の瞳で父を揺らし、父は「だろう?」と肩を上下させた。

 たった一つの挨拶こんなに驚かれるなんて、もとのスタンはどんな人物だったのかと自分でも恐ろしく思う。


「パパ!そうじゃなくってコイツは――――」

「――――そうだ! 2人も久しぶりに会ったんだし街中を散策してきたらどうだい?」

「……散策?」


 それでも諦めず声を上げようとするマティナールだったが、今度は彼女の父が遮るように、新たな提案をしてきた。

 散策とはどういうことだろう。そう首を傾げると彼は自らのバッグから革袋を取り出してみせる。


「久しぶりに会ったんだ。もう学校に行ける年でもあるのだから二人で街に遊びに行ってきなさい。もし喧嘩したのなら一緒に遊んで仲直りすること。ほら、お金」

「ぁ……ありがとう、ございます……?」


 どうやら取り出した革袋の中身はお金のようだ。突然ジャラリと手のひらに置かれるズッシリとした重い袋。

 コレがお金……?どうもお札という概念はないのか触れた感覚だと全部硬貨のようだ。


「そうだね。 マティも行ってきなさい」

「パパ!でもアイツは……!」

「あんまりワガママ言うとママにいいつけるよ?」

「……はぁい」


 彼の言葉に何度も逡巡する様子を見せたマティナールだが最後の言葉がトドメになったようでつまらなさそうに頷いた。


「スタンも。メイドのあの子にはちゃんと伝えておくから。くれぐれも馬車には気をつけるんだよ?」

「……はい」


 どうやら二人は最初からそのつもりだったようだ。

 背中を押されて2人揃って外に出ると、これみよがしに待機していた馬車と運転手が一礼してくる。

 それは逃げ場なんてないという証明。振り返ってエントランスに目を向ければ手を振っている二人の父親。


 突然追い出された屋敷。

 そして隣に立つマティナールは今にも飛びかからんとしていて、1人空を見上げてため息を吐くのであった。

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