第22話 石にされた猫戦士

 流太と桜の上で話した日から数カ月が過ぎた年末。この日、空雄はうっすらと雪化粧した竹林の中に1人立っていた。拳を強く握り、両手を前に出して構える。そのまま、一気に地を蹴った。手のひらにエネルギーがグングン蓄えられていく。同時に白い光が拳にまとわりつき、風が引き寄せられていく。空雄は太い竹に両脚をつき、しなる勢いを利用し次の竹へ跳躍、そのまま縫うように竹林を猛スピードで移動し、訓練用のかかしへ拳を振り下ろした。


「白猫拳(はくびょうけん)!」


 突き出した右拳に熱が伝わり、白い光がボワッと大きく放たれた。そのまま振り切り、かかしは激しく傾いて大破した。白丸に憑依された空雄だけが使える猫拳の一撃。これを一発放った後は熱が尽きるため、同じことはできない。また拳を握り、熱がたまるまで時間をかせがなくてはならない。


 猫拳はすさまじい威力だ。鉄でできたかかしの胴体部分が大きくへこむほどに。生身の人間が食らったらひとたまりもない。


 空雄は手応えを感じ拳を見つめた。このままいけば、来年には見回りに出させてもらえるかもしれない。空雄が初めて神社に来て道夫と遭遇して以降、これといって大きな事件は報告されていないが、猫が数体また石にされたとは耳に挟んだ。


 訓練の様子を見に来てくれる流太がきょうは遅かった。また桜の木の上でくつろいでいるのだろうか。様子を見に行こうと竹林を抜け捜していると、白い雪の上に血痕を見つけた。複数の足跡と石段から本殿に向かって続いている。本殿の裏口に続く戸はわずかに開いており、隙間から明かりがもれていた。空雄は怖ろしい気持ちで戸に近づき、奥をのぞいた。血だらけになり、にゃんこ様と条作のそばで苦しそうにうめく鈴音の姿が見えた。空雄は脇目も振らず、彼女のそばに駆け寄った。


「鈴音さん! 何があったんですか! 何がっ」


「あいつにやられたんだよ」


 空雄は恐々と条作を見た。


「あいつ?」


「分かるだろ、石井道夫だ」


 鈴音の腹部には包帯が巻かれていたが、傷が深いらしく血がドバドバ出ていた。顔色も悪く目もうつろだ。地獄でも見ているのか。あんなにかわいらしく笑っていた子が、今じゃ生気もない。


「あなたになら、できるんでしょう?」空雄はポツリと言った。「早く治してあげてください。このままだったら鈴音さん……」


「私には治せない」にゃんこ様は言った。「午前0時を、待つしかない。神様だから、なんでもできるなんて思ったら大間違いだ」


 空雄はギリリと歯を食いしばった。ふと冷静になる自分がいた。


 にゃんこ様がなんでもできたら、こんなことにはなっていなかった。にゃんこ様1人では、鳥居の外に出ることも、石井道夫を滅ぼすこともできない。それなのに、何を期待しているんだ?


 空雄は鈴音の血に染まった自分の手を見た。


「そんなに……強いんですか、石井道夫は」


 条作は否定せず目を細めると、ポケットから直径10センチほどの石を出した。自然な造形は途中でスッパリと機械で切られたみたいに切断されている。


「やつの黒い爪は、どんな硬い物も切り裂く」


 空雄は絶句した。この石を切った? 爪で? あまりにもきれいな石の断面に、石を人間や他の動物に置き換えて考えただけで血の気が引く。道夫は猫や猫戦士を石に変えられるだけかと思っていた。それが、なんだ? 爪一つでここまで?


 鈴音の腹部を見てやっと理解した。彼女は道夫の怖ろしい爪によって切り裂かれた。もはや狂気の沙汰だ。そんな兵器にも相違ない化け物を相手に、猫戦士たちは拳一つで戦わなくてはならないのか。さっきまでささいな成長に喜び、うかれていた自分がみじめに思えた。


「唯一道夫の爪を防げるのは、猫拳を発動し硬化した拳だけ。俺たちはな、弱いんだよ。あんな化け物と比べたら、くそみたいに。力の差は一目瞭然。俺たちは、腕を、脚を、首を切られたって再生し、それでも戦い続けてきた。白猫と黒猫さえそろえば大丈夫なんて、俺は思っちゃいない。麗羅(れいら)が石に変えられた時みたいに、今度はお前も……」


 これが間違いであったら、どれだけいいだろう。それじゃあ、彼らは何度、傷ついてきた? 腕や脚、首すらも道夫の鋭利な爪に切り裂かれたというのなら。例え死んでも、24時間でリセットされる体によって再生し、戦い続ける。終わりのない地獄を見るように。身震いした。それに今、条作はなんと言った?


「麗羅って、誰……ですか」


「戦いに負け、石に変えられた猫戦士の名前だ。お前と同じ、白丸に憑依された人間だった」


 流太は長い間白猫の憑依体は現れなかったと言った。自分が初めて選ばれた白丸の猫戦士じゃなかったのか? 空雄は初めて聞く名前に動揺した。


「弱いなんて言わないで」


 口から血を垂らしながら鈴音は必死に言った。


「みんなで力を合わせれば、いつかきっとできるよ。そのために、流太や条作たちがいるんだから」


 つらいはずなのに、鈴音は条作と空雄を見て小さく笑んだ。


「空雄。今、見てこい。麗羅は地下にいる」


 条作は畳の下に視線を送り真剣な顔で言った。空雄は立ち上がり、鈴音に寄り添う条作から離れた。部屋の隅には地下に続く階段があり、そこだけ暗い雰囲気に満ちていた。


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