第15話 五大猫神使

 条作と鈴音が部屋を出て行った後、空雄は部屋で1人きりになった。今頃小春たちはどうしているだろうか。明日、一度電話をして無事であることを伝えよう。


 空雄はもんもんと家族のことを考えながら布団の中でうずくまった。こんなに何もしない夜は久しぶりだった。以前は勉強をするかゲームをするか、とにかく暇なんて探す方が難しかった。でも今は、部屋ですることがない。人間が普段、どれだけ多くの暇をつぶしているのか分かった気がした。


 ぼんやり過ごしていると、体が軽くなる瞬間があった。さっきまで全身が重たくて仕方なかったのに、元通りになっていた。時計を見ると、午前0時。体がリセットされたのだ。


 流太の部屋をのぞくと、驚くべき光景を目の当たりにした。あぐらをかいて座っていた流太の左手に、切り落とされたはずの親指が再生していたのだ。ちょうど第二関節まで再生し、数秒で爪先まで元通りになった。細胞の一つ一つが丁寧に形づくられていく様は、この世のものとは思えなかった。


 空雄は夜明けとともに流太と外に出た。昨日にゃんこ様からもらった着物を着て、黒い手袋を着けるよう流太に言われた。連れてこられたのは人気のない竹林で、早朝の爽やかな風が吹いていた。


「あんたに戦い方を教える。猫戦士に刀や弓といった道具は必要ない。なぜなら、石男である石井道夫を滅ぼすためには、拳が最適だからだ。試しに俺の手を殴ってみな」


 空雄は戸惑いながら右手をグッと握った。またあの感覚だ。手の内にエネルギーがこもるような、徐々に熱くなっていく感覚。空雄は覚悟を決め、彼の手に右拳をぶつけた。


 こて。そんな効果音がしそうなほど小さい拳だった。


「もっと強く」


 今度は少し強く拳を押し出した。内にあるエネルギーが、今度は手の甲から指表面にかけて移動し、突き出した方向に伝導していった。手を開いてみると、また手のひらがぼんやりと白っぽく光っていた。気のせいか、どこからともなく風が吹いていた。しかも不自然に、自分の体に吸い寄せられていくみたいだ。


「拳を握ることで、エネルギーを生み出す。拳をぶつけることで、エネルギーを対象物へ放つ。簡単に言えば、内でため、外で放つ。これが猫拳(びょうけん)の基本だ」


 空雄は真剣に聞いていた。猫戦士から人間に戻るための第一歩。今の空雄は前向きかつ向上心と挑戦心にあふれていた。こんなに早く戦いのすべを教えてもらえるとは思わなかったが、問題解決は早い方がいいに決まっている。


「前に、五大猫神使(ごだいびょうしんつかい)の話はしたよね。猫神使が持つ五大原理によると、それぞれ引、斥、爆、止、渦という力をもつ」


 いんせきばく……しか?


 頭の中で意味不明な単語がふわふわ流れる。もしかして、あれでは? 理科の授業で習う水兵リーベ、ぼくのふね、七曲がる、シップス、クラークか。五大猫神使にも1~20の元素記号があるとか。


「俺、あんま理科得意じゃないんですが。20元素ならギリ言えますけど」


「なんの話?」


 空雄は空気の抜けた風船みたくしぼんだ。


「引力の引(いん)、斥力の斥(せき)、爆発の爆(ばく)、止めるの止(し)、渦(うず)の渦(か)。あんたは引。そして俺は斥」


「は、はぁ」


 説明を受けつつちんぷんかんぷんなので返答に覇気がなかった。


「引力ってことは文字通り吸い寄せる力ってことですか?」


「そう。斥は押し出す力のこと。爆は放出力、止は断絶による突発力、渦は巻き起こす力。この中で最も強力なのは、引と斥を合わせた引斥力。すなわち、俺とあんたの力をかけたものだ。白丸と黒丸に選ばれた俺たちは、五大原理の重鎮。力を合わせれば、石男を滅ぼすことだってできる」


 そうは言っても、と空雄は気難しい顔になった。


「イメージが湧きません。他の原理だって強そうなのに、どうして引と斥だけが特別なんですか?」


「世の中、説明できないことの方が多い。猫神使が俺たちを選んだ本当の理由も、なぜ五大原理が存在し、5匹の猫が猫神使なのかも。俺たちにできることは、にゃんこ様の言いなりになって戦うことだけ。そうそう、一つ言い忘れていた。猫拳を覚える上で大事な要素になるのが石男の弱点だ」


 戦う上で相手の弱点を知ることは重要だ。空雄は次に流太が何を言うのかじっと耳を傾けた。


「心臓」


 流太は言った。


「猫拳で心臓を貫け。そうすればやつを葬り去ることができる」


 ついさっきまでシャーペンとスマホを使いこなしていた高校2年生には、あまりに酷な話だった。空雄は人を殴ったことも、誰かを殺したこともない。現実に誰かの心臓を貫けば、確実に死なせることになるし、罪に問われる。だが、相手は猫を石に変える人間ならざる存在。自分も24時間で再生する体。お互い人間ではない。そこまで考えたところで空雄はため息を漏らしていた。


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