第7話

 その日の夜、珍しく広太くんから電話があった。


「わぁ、久しぶり。どうしたの?」


 お風呂上がり、自分の部屋で濡れた髪をタオルで拭いている。


「……。最近、直央と勉強してんの?」


「うん」


「そっか……」


 本当なら「一緒にどう?」とか社交辞令でも誘うのが正解なんだろうけど、そこでもし「やる」って言われちゃったら、カノジョも一緒についてきそうだから言えない。


スマホの向こうで、ガサゴソという衣ずれが聞こえる。


「広太くんも寝てんの?」


「うん。ベッド」


「あ、私も」


 ゴソゴソと、自分のお気に入りの体勢を整える。


「なにしてんの?」


「ん? いや、別に……」


 ごそごそ、ごそごそ。


「あ、もういいよ。大丈夫」


「だから何がだよ……」


 そんなこと言われても、私から特に話すことはない。


スマホはすっかり静かになった。


「今日さ……」


「うん」


「……。なんで手ぇ振ったの?」


「は? それはこっちのセリフでしょ、最初に振ってきたのそっちだったし」


「そうだっけ」


「そうだよ」


 だってカノジョも手を振ってきたから……。


ちょっとイラッとしたし。


「いつも誰待ってんの?」


「は?」


「だって待ってるでしょ。あ、千香ちゃん?」


「なんの勉強してたの? 今日」


「え? 日本史」


「もしかして小テスト?」


「そう」


 ヤだな。


あんまりここから深入りしてほしくない。


「俺も勉強しないとヤバいな」


「はは。そうだね」


 今日の、直央くんとの会話を思い出す。


どうしてこんなにも、何もかもが上手くいかないんだろう。


自分が可愛くないのは分かってる。


だから努力してる。


必死に話しかけてるし、わずかな可能性だけにすがりついてる。


気分はもう限界に近いのに、何一つ自分の思い通りにはならない。


「……。なんか、さ……」


「うん」


 広太くんの低い声が、耳に響く。


「私ね、直央くんが好きなの」


 そうやって打ち明けてしまえば、急に何もかもが軽くなって、思ってもみなかった涙が流れてくる。


「な、なんかさ、1年の時から気になってて……。だけど話しかけられなくて……。グスッ……。ちょっと頑張ってみたんだけど……。なかなかさぁ~……」


 こんなこと、広太くんに話してもしょうがないのにな。


「泣いてんの? なんで?」


「分かんない。涙が出てきた」


 それからしばらく、私は何にも話せなくなって、しばらくグズグズ泣いていて、それでも広太くんは電話を切らずにいてくれた。


「……。ゴメンね」


「なにが?」


「変な電話に、付き合わせちゃって」


「……。別にいいよ」


 彼の口からため息が漏れる。


「で、明日も一緒に勉強すんの?」


「多分……」


「それでもやるんだ」


「だってやめたくない……」


「あっそ。じゃあもう好きにしろよ」


「うん」


 すぐに切られると思った通話は、すぐには切れなかった。


なんとなくこっちから切るのも申し訳ない気がして、もうしばらく待つ。


「……。切るよ」


「おう。さっさと切れ」


「……。じゃ、おやすみ……」


「おやすみ」


 私から電話を切った。


ベッドに潜り込む。


朝起きたら、顔が腫れてるかな? 


そしたら、駅で直央くんの出待ち出来ないな。


明日はやめとこうかなぁ……なんて、そんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていた。

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