19 狩り大会①

「リナ、今日は頑張ってね」


「絶対に優勝しろよな」


「えぇ、二人ともありがとう。必ず勝つわ!」


 大会の開始前にオリヴィアとセルゲイと選手控室で会話をしていると、


「リナさぁ~ん!」


 グレースを筆頭に同じクラスの十人くらいの令嬢たちがやって来て、わらわらと囲まれた。彼女たちの破壊力は凄まじく、オリヴィアとセルゲイはすっかり外に押しやられて蚊帳の外だ。


 私は顔を引き攣らせながら、


「あ……ありがとう、皆……」


「お礼なんて水臭い! 同じクラスの仲間じゃないの~!」


「頑張ってね、リナさん。応援してるわぁっ!」


「リナさんならきっと優勝よね!」


「そうよ! 数十年振りの特待生だもの。絶対に負けないわ!」


 彼女たちは「リナさん、リナさん」と仰々しく私を持ち上げてくる。普段の姿とのあまりの変わりように頭が痛くなった。な、なんなのこの子たち……。気持ち悪いわ……。


 グレースたちは一通り私への称賛が終わると嵐のように去って行った。はぁ、なんだかもう疲れたわ。


「リナ、大丈夫?」


「あいつらになにかされなかったか?」


「多分なにも……?」


 私は念のため鏡の前でぐるりと回って全身を確認してみた。オリヴィアにも見てもらう。……うん、特になにかされたわけじゃなさそうね。


「ならいいんだが……。あいつらのことだから少し心配だなぁ」


「きっとグレースたちも心を入れ替えたのよ」


「「いや、それはない」」


 私とセルゲイは純粋なオリヴィアの一言を即否定した。

 あのグレースが心を……? う~ん、どう考えたってあり得ないわ。






「やぁ、やっぱりリナ嬢も代表なんだね」


「フレ――王太子殿下!」


 選手の集合場所で出し抜けに思い掛けない方に声を掛けられて、私は狼狽しながらぎこちなく頭を下げた。


「ごめん、ごめん。試合前なのに緊張させちゃったね」


「い、いえ……。あの、やはり王太子殿下も出場されるのですね」


 フレデリック様は昨年も一昨年も代表に選ばれていて、しかもどちらも優勝している凄腕の持ち主なのだ。

 そういえば私がリーズに行ったときは一緒に狩りをしましょうね、って約束したんだっけ。まさかこんな形で実現するとはね……。


「皆、僕が王子だから気を遣ってくれてるのかな」と、フレデリック様は苦笑いをした。


「そっ、そんなことないと思います! だって、殿下は光魔法の持ち主なんですもの。代表に選ばれるのは当然ですよ!」


 この世界の魔法は基本的に火、水、風、土の四大属性からの派生で、光と闇属性の使い手は滅多に現れない。その珍しさに加えて、この二つの属性の持ち主は魔力そのものも他の者より強い傾向があるのだ。


「ありがとう。実は、今年は父上に叶えてもらいたい願いがあるから絶対に優勝したいと思っているんだ。だから代表に選出されてほっとしたよ」


「えっ? 王太子殿下でもこういった機会がなければ国王陛下にお願いができないのですか?」


 私は目を丸くした。

 国王と王子の間柄でも肉親なのだから融通をきかせてくれたっていいと思うけど……。私やお兄様はよくお父様にお願い事をしていたわ。ま、全てが叶うわけではなかったけどね。


「う~ん……なんというか、なかなか難しい願いでね」


「そうなのですね……」


「ま、ということなので、優勝は僕がいただくよ」と、フレデリック様はニヤリと口の片端を上げた。


「それでしたら私も負けるつもりはありませんよ」と、私もニコリと微笑み返す。


「あら、楽しそうなお話ですわね」


「フローレンス様!」


「フローレンス嬢か……」


 振り返ると、フローレンス侯爵令嬢が穏やかな笑みを浮かべてこっちに近付いてきた。どうやら彼女も代表に選ばれたらしい。

 彼女は今日も非の打ち所がないほどに優美で、本当に淑女の鑑のような方だわ。……でも、時折り感じる氷のような冷たさはなんだろうか。


「わたくしも今回は優勝は譲れませんわ。国王陛下に是非叶えていただきたい大事なお願いがありますので」と、侯爵令嬢は意味ありげにフレデリック様に向かって微笑んだ。


「そうか」


 フレデリック様の口調が少し落ちた気がした。お二人はあまり仲がよろしくないのかしら? ダンスのときは悔しいくらいに息ぴったりだったのに……。

 私はまたぞろ湧いてきた黒い考えを急いで奥に閉じ込めた。

 いえ、二人が仲が良くても悪くても平民の私には関係のないことだわ。仮に二人が婚約したとしても、無関係の私はとやかく言える立場ではない。


 侯爵令嬢は今度は私のほうを向いて、


「リナさん……でしたわね? 本日はお互いに頑張りましょうね」


「はい。どうぞよろしくお願いいたします、フローレンス様」


 いけないと思いつつも、私は彼女とまともに目を合わせられなかった。



 こうして、それぞれの想いを秘めて、狩り大会は幕を開けた。

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