10 フレデリックの手紙①
手紙だけでしか言葉を交わしたことのない相手を好きになるなんて馬鹿げているだろうか?
僕の婚約者のエカチェリーナ・ニコラエヴナ・アレクサンドルは、ここリーズ王国から三つ離れたアレクサンドル帝国の皇女だ。
僕たちは遠い距離を埋めるように、何通も何十通も手紙を送り合った。
正直を言うところ、最初は婚約者としての義務感だったが、彼女からの手紙はいつも楽しくて僕は夢中になって何度も読み返した。
そして、いつの間にか僕は彼女のことを好きになっていた。
手紙から垣間見える彼女の優しいところ、前向きで明るいところ、ちょっと意地っ張りで負けず嫌いなところ、頑張り屋なところ……その全てを愛おしく思うようになった。
だから、いつの日かエカチェリーナと婚姻を結ぶことを本当に楽しみにしていた。
だが、革命のうねりは怒涛の勢いで広がった。
きっかけはアレクサンドル帝国で数百年振りに起こった記録的な寒波だった。元より寒冷の帝国がこの影響で食物が育たずに、深刻な食料不足に陥ったのだ。これに不満を抱く地方の国民が反乱を起こしたのだ。
流れはもう止められなかった。内乱はみるみる帝都まで押し寄せ、ついに現体制は倒れてしまった。
エカチェリーナも、死んでしまった。
新政府から皇女の死亡と婚約の解消の連絡を受けたときは頭が真っ白になった。
その事実を信じられなくて、認めたくなくて、悔しくて、悲しくて、声を出して泣いた。
しばらく失意の日々を送っていたが、あるとき、彼女に関する妙な噂を側近から聞いた。
全員が死亡したと発表された皇族一家だが、なぜか皇女の死体だけは誰も確認していないらしい。
だから、もしかすると皇女はどこかで生き延びているのではないか、と……。
天地を揺るがすような衝撃が襲った。
エカチェリーナは、生きている。
そのことだけが瞬く間に僕の心を支配した。
彼女を、探し出そう。
そう、誓った。
◇◇◇
親愛なるエカチェリーナ様
あなたは今、どこで、なにをされているのでしょうか。
僕はあなたに会いに、ついにアレクサンドル連邦国に足を踏み入れました。
あなたの言う通り、初春の雪解けのドロドロの道を行くには骨を折りました。でも、まだ残る真っ白な雪と新緑のコントラストがとても幻想的で、朝日に光るその景色に心奪われました。
いつか、あなたと二人でこの道を歩けたらと思います。
………………
………………
◇◇◇
僕は今でもエカチェリーナに手紙を書き続けている。いつか彼女と出会えたときに渡すためだ。
彼女は僕の気持ちが重いと苦笑いするかもしれないが、自分の真剣な想いを知って欲しかった。
エカチェリーナと巡り会えた日には、これまでの互いの手紙の感想を述べながらゆっくりとお茶でもしたいなと思う。
彼女の作ったスミレの砂糖漬けを食べながら。
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