第21話


 レイモンドはあれ以来、アリシアを探し続けている。

 平民に落ちたとは言え、一人で市井に放り出されたとは考えにくい。

 きっと誰かが。自分やアーサーではない、そして父であるバルジット侯爵ではない、誰かが守ってくれていると信じていた。

 でも、それも心もとないことだ。もしかしたら本当に市井に一人、その身を落としているかもしれないのだ。

 今、この時も腹を空かせ寒さに震えているかもしれない。そんなことを思うとたまらない気持ちになる。

 

 自分の手を取ることも出来たかもしれないのに、それをしなかったのは、つまりそういうことだ。

今していることは、アーサーと変わらないとの自覚はある。

 それでもなお、アリシアに会いたい。会ってその手に、髪に、頬に触れたい。

 いま会えば避けられるかもしれない。それでも、動かずにはいられなかった。

 


 レイモンドは騎士として仕事はきちんとこなし、休みを強請ることもしない。

 本来の休日と睡眠時間を削り、街を駆けずり回り探し続けた。

 第二王子の元婚約者であるアリシアは絵姿が出回っていることもあり、王都内で聞き込みをするには問題はなかった。

 朝晩の時間を使い、寝ずに探し回った。どこかの店で働いているかもしれない。金も持たずに、空き家に隠れているかもしれない。生きるために悪事に手を染め、その身を冷たい檻の中で横たえているかもしれない。

 

 白銀の髪の若い娘を見たという声を聞けば何をおいても駆け付け、亡骸が見つかったと言えば心を砕かれそうになり重い足を引きずるように向かった。

 それでも見つからない。どこにいるのか?



 最後に、一番考えたくはない場所に足を踏み入れ始めた。

 女が矜持を捨て、生きるためその身を金に換える店。

 しかし、女性が手っ取り早く金を手にいれるには、最短な方法の店である。

 レイモンドは夜になると春を売る店が並ぶ通りに通うようになった。

 

「白銀の髪の娘が欲しいのだが」

「お客さん、運が良い!ちょうど良い娘が入ったんでさぁ。まだ、客もそう多く取ってない生娘に近い子だ。きっと喜んでもらえると思いますよ。へへへ。

 さあ!お客さんだよ。案内してくれ!」


 そうして案内された部屋には、アリシアとは似ても似つかないまだ幼さの残る娘が一人寝台に腰かけていた。

 顔立ちは全く違うが、確かに髪色はアリシアと同じような白銀に近いものだった。

だが、それは地色なのではなく、長い間の苦労や心労、栄養失調によるものが大きいような気がする。こんな若い娘が、こんな場所で身を売らねばならぬのかと。そして、今この時も同じような境遇にいるかもしれないアリシアを思い、心の臓がえぐられるようだった。


 レイモンドはドアを閉めると、そこに背を預け寄りかかったまま娘に尋ねた。


「ここは長いのか?」

「いえ、まだ1カ月くらいです。お客様の相手をするようになってからは、数日くらい……」


 段々と声の大きさが小さくなっていく。そんな娘の気持ちを汲んでも、男のレイモンドにはわかるはずもない。


「飯は十分食べさせてもらっているか? 睡眠は?きちんと休ませてもらっているか?」

「はい。田舎にいるよりも良いものをお腹いっぱい食べさせてもらっています。お菓子まであるし。睡眠は、お客様がお帰りになった後はちゃんと休ませてもらえています」


「そうか、それは良かった。辛くないわけはないだろうが、その、大丈夫か?」

「……? ここはよその店よりも待遇が良いんだそうです。変なお客さんも今のところ会ったことないですし、だから大丈夫です」


「そうか」

「あのぉ。なんでそんなこと聞くんですか? 私、何か悪いことを?」


 怯えたようにレイモンドを見つめる瞳に「問題ない、君は悪いことはしていない」と告げ、

 娘にそっと近づき、「色々話してくれてありがとう。今日は楽しかった」そう言ってポケットから数枚の金を出し娘の手に握らせた。

娘の手はかつて握ったことのある、愛する女性の手と違い過ぎていた。思いのほか小さいその手は、一カ月では消えないほどの赤切れや擦り傷があり水仕事で酷使してきたのだろう、少し黒ずんで変色もしていた。


「え?こんなに?心づけには多すぎます。お客さん、いけません。私はまだ楽しませる自信がないから。ダメです。これはお返しします」

「いや、今日話ができた礼だ。ここの代金は朝までの分を支払っている。今日はゆっくり休むといい」


「え?どういう、こと?」

「おやすみ」


 不思議そうな顔をして言葉を無くした娘を部屋に残し、レイモンドは店を後にした。


 騎士であり男であるが、レイモンドはこういった店に来たことはなかった。もちろん存在は知っているし興味もあった。だが、真面目過ぎる性格から足が向くことはなかったのだ。

 こういった店の事情を頭では理解していたつもりで、実のところは何も知らなかった現実を突きつけられ、何もしてやれない自分を嘆き苦しさを嚙み締めた。



 身勝手だとは知りつつも、アリシアが彼女と同じ思いをしていないことを心から願った。


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