第4話
翌日、レイモンドはバルジット侯爵家に馬を飛ばした。もちろん、先触れも無しにである。
門前払いを覚悟で来てみたが、使用人達にも昨日の事は知られているのだろう、すんなりと応接室に通された。
「何も召し上がられていないのでは?」と、執事に問われながらお茶と軽食を用意してもらい、侯爵家の使用人はさすがだなと、感心した。
きっと朝の準備に時間がかかるのだろうと、待たされるのを覚悟していたが、侯爵はすぐに姿を見せた。しかも、夫人とアリシアを連れだって。
見れば、三人は夜に休んでいないことがありありとわかるほどの憔悴ぶりで、顔色も悪く心配になるほどだった。
侯爵と夫人がレイモンドの正面に並んで座り、その脇の一人掛けにアリシアが座る。
顔色も悪く、俯いたまま目を合わせようとはしないアリシアを見て、自分の仕出かした罪の大きさを思い知る。
挨拶もそこそこに、
「バルジット侯爵。この度は私のせいで侯爵令嬢様に多大なるご迷惑をおかけしたことを、深くお詫びいたします」
レイモンドは深く頭を下げた。こんなことで許されるはずはないとわかっている。それでも、誠意を尽くさねばとの思いだった。
「近衛騎士隊の副隊長殿ですね。確か、オーサー辺境伯爵家のご子息だったかと? こうしてきちんとお話をするのは初めてですかな?
此度は娘が大変なご迷惑をおかけしたようで、申し訳なく思っております」
「いえ、そのような、私の方がご迷惑を! 謝って許されることではないとわかっております。この後、第二王子殿下と国王の元に赴き、このわが身を捧げてでもなんとかと思っております」
「あなた様が気にしていられるのは婚約破棄の件かと? だとしたら、今回の騒動とは別物でございましょう。元々アーサー殿下とは不仲だと噂になっておったくらいです。
たまたま、きっかけが今回の件だっただけで、遅かれ早かれこうなっていただろうと思っております」
「そのようなことは……」
確かに、二人は不仲だと貴族間でも噂にはなっていた。
ただの貴族同志での事であれば醜聞としてどうにでもなるが、相手が王族であればそうもいかない。第二王子とはいえ、王子の婚約者の座を狙っている者は沢山いる。
その座から引きずり降ろそうと虎視眈々と狙っている者もいる中でこのような噂が流れては婚約者としても、婚約者を出す家系としても平静ではいられない。
「あなた様も噂を聞いたことは、おありでしょう? 娘がいたらないばかりに、殿下のお役に立てずにいたのです。そろそろ、その役を降りる時だっただけのこと。
どうか、娘のことはお気になさらずに。後は私どもで対応いたしますゆえ」
「どうなさるおつもりですか? このまま、殿下のお言葉通りになさるおつもりか?
それでは白百合の君が、いえ……侯爵令嬢様が余りにも……」
バルジット侯爵は「ふふ」と鼻で笑うと、
「『白百合の君』ですか。娘がそのように呼ばれていることは知っておりましたが、まさか自分の耳で、直に聞くとは思いもしませんでしたよ」
レイモンドは咄嗟に口をついてしまった事を恥ずかしく思い、耳を赤く染めた。
堪らずアリシアを見ると彼女もまた頬を染め俯いており、その姿すら美しく見えた。
「近衛騎士隊副隊長殿。いや、オーサー辺境伯爵家ご子息殿。貴殿が娘を心配してくださる気持ちは十分受け取りました。これから先は、我がバルジット侯爵家と王家との問題でございます。後は当家で事を治めるつもりです。それとも、私では心もとないと?」
侯爵本人にそこまで言われては、これ以上何も言えるはずもない。
レイモンドは引き下がるしかなかった。
帰り際、玄関ホールまで案内してくれたアリシアにせめてもと、
「私に何かできることがあれば、いつでも、どんな事でも声をかけてください。
それこそが、私の望むところです」
「副団長様。お気持ちだけいただいておきます。殿下の婚約者となり、護衛をしていただき大変お世話になりました。ありがとうございました。
副団長様もどうかお体に気を付けて、ご武運をお祈りしております」
アリシアは静かに笑みを浮かべ、レイモンドを見つめた。
「アリシア様。まるで、今生の別れのようではないですか? 何をお考えです?」
「……何も考えてはおりません。しばらくは、何もせずにゆっくり過ごしたいとは思っておりますが。馬鹿なことは考えてはおりません、どうかご安心ください」
レイモンドの目を真正面から見据えて告げる言葉に嘘はないのだろう。
アリシアの言葉を信じるしかなく、レイモンドはその場を後にした。
バルジット侯爵の言葉の通り、しばらくの間、王家とバルジット侯爵家での話し合が行われた。
それから一ヶ月後、バトラン王国第二王子アーサー・バトランと、バルジット侯爵家令嬢アリシア・バルジットの婚約が解消されたと公式発表された。
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