第十五話 きみの本心


「……ん?」


 目が覚めたのは二限目の途中。

 教科書を片手にマイペースで授業を進める国語のじじい教師の声だけが響く教室で、ゆっくり目を開けると隣の席からマナがこっちを見ていた。


 でも、目が合うとすぐに前を向いてしまい、特に会話をすることもなく。

 そのまま授業を終えてから振り向くと、今日はどういうわけか後ろの席のアイリもいない。


 ロックも。

 転校早々に休むとはいったいどういうわけか。

 まあ、二人でまた悪だくみしてるのだろう。


「マナ、アイリは?」

「帰ったわよ。洗脳はあきらめたみたい」

「あきらめた? お、俺が寝てる間に何があったんだよ」

「別に。私の弱みに付け込もうとしてたから無駄よって言っただけ。そしたら今日は帰るって。ま、そのうち懲りずに何かしてくるでしょうけど」

「……そっか。なら、とりあえずは安心なんだな?」

「ほんと、肝心な時に寝てるんだから頼りない勇者ね」

「す、すまん。次はちゃんと起きてるから」


 どうやら俺が寝ている間にアイリとマナはひと悶着あったようだ。

 で、何があったかは知らないがアイリがとりあえず言い負かされたと。


 ほんと、そんな大事な話し合いの最中で横でぐーぐー寝てるんだからなあ俺ってやつは。

 マナに好きになってもらえなくて当然だよ。


「あのさ」


 まだ少し眠い目をこすりながら気分を暗くしていると、マナが少し体をこっちに向けてくる。


「今日の放課後、先生に勉強のことでちょっと話があるんだけど、そのあと一緒に帰らない?」

「ああ、もちろん。アイリがどこで何を仕掛けてくるかもわからないし」

「じゃあ、正門で待っててくれる? すぐ終わらせるから」

「了解。またカラオケでも行くか?」

「それはまた今度。今日はまっすぐ帰るわよ」

「はいはい、つれないなあ」


 淡々と話すマナは、どこか吹っ切れた様子だった。

 アイリとは一定の解決を得たのだろうか。

 まだ油断はできないだろうけど、今日もマナと一緒に帰れる。


 その事実だけがまた、俺を元気にさせてくれる。



「お、水瀬君どうしたの? 顔色いいじゃんか」


 昼休み、パンを買いに外へ出たところでゆゆに声をかけられる。


「ああ、いいことってほどじゃないけど」

「彼女さんと仲直り?」

「彼女じゃないって。でも、悪いことは解消されたって感じかな」

「へー。なんかその勢いで付き合っちゃいそうだね、ほんとに」

「だといいけど。ゆゆも、いい相手見つかったら紹介してくれよ」

「そ、だね。うん、でもとりあえずは部活あるから。んじゃ」

「ああ、また」



 そんな二人の会話を草葉の陰で見ていたのは、私。


 智内アイリ。

 かつて、大精霊アイリスとして全世界の人々に崇められた私。


 いいもの見ちゃった。

 なんだ、使えそうな駒があるじゃん。


「ゆゆちゃーん」


 私は早速、ゆゆと呼ばれる彼女に近づく。


「え? あ、君は確か水瀬君のクラスの可愛い子」

「そうそう可愛い私はアイリっていうの。よろしくねゆゆちゃん」

「うん、よろしく。で、私に何か用?」

「実は……もしかしたら近いうちに、魔女……篠崎さんがレイに告白するかもしれないの」

「え、篠崎さんが? それじゃ水瀬君、ついに両思いじゃん」

「あら、あなたはそれでいいの? レイがあんなぽっと出と結ばれて満足なの?」

「え、そ、それは……だって水瀬君がずっと好きだった人でしょ? それに友達の恋は応援したいし」

「友達、ねえ。あなたは、レイの友達でいたいの? 本当は恋人の方がいいんじゃないの?」

「な、何言ってるのよアイリちゃん。私と水瀬君はそういうんじゃ」

「多分あの二人、付き合ったら簡単には別れないわよ? 二人が結ばれてから、ああしておけばよかったとか後悔しても、もう遅いのよ? それでもゆゆちゃんは、笑って二人を祝福できる? 目の前で二人がキスしても、何の感情も抱かない?」

「……それは」

「私ね、レイとゆゆちゃんの方がお似合いだと思うんだあ。だからゆゆちゃんが素直になるなら、二人の応援をしたいなって」

「で、でも水瀬君は篠崎さんのことが」

「ゆゆちゃんの気持ちを聞いてるの。ね、正直に、私にだけ話してくれないかな?」


 見ていればわかる。

 この子は、レイのことが好きなんだと。


 でもいるんだよね、たまに。

 好きな人が幸せならそれでいいとかっていう、偽善者。


 ま、そんなの漏れなく嘘なんだけど。

 自分の本音を押し殺して、傷つかないようにしてるだけなんだけど。


「私は……水瀬君のこと……」

「そういえば今日も一緒に帰るみたいよ、あの二人。今日かもね、篠崎さんが告白するのって」

「……好き」

「え? よく聞こえなかったけど」

「私……水瀬君のことは、大好き。だ、だから、そんなの、嫌……」


 ほろっと、涙と共に彼女の本音がこぼれた。

 

「そ。素直に言えたじゃない。それじゃ、あの二人が一緒になるのを邪魔しないとね」

「で、でもそんなことしたら水瀬君に嫌われちゃう」

「大丈夫、私に任せておいて。ゆゆちゃんは、私の言う通りにすればそれでいいんだから」

「ほんと? そうしたらほんとに私が、水瀬君と付き合えるの?」

「ええ、ばっちり。このアイリ様に任せなさい」


 彼女の心の隙間が開いた。

 私は彼女の目を見て、その隙間に直接語りかける。


 水瀬玲と篠崎真奈の仲を邪魔しろ、と。


「……アイリちゃん、私、どんなことをしてもあの二人を邪魔する」

「あら、随分いい目になったわね。うん、期待してるわよ」


 これで駒は揃った。

 

 レイも、ゆゆちゃんのことは信用しているみたいだから多分隙も多いだろうし、彼女にうまくレイを寝取らせて、あの魔女の心をズッタズタにしてやるんだから。


 で、目が覚めたゆゆちゃんとも気まずくなって。

 一人ぼっちになって傷ついたレイを私が優しく慰めてあげるの。


 ふふっ、我ながら完璧な作戦。

 さあて、今日の放課後あたりに早速仕掛けようかしら。


「待ってなさい、レイ。もうすぐ全部終わるから」

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